平成26年の年賀状・「本を読むことこそ我が人生」・「ヘミングウェイの『移動祝祭日』と石原さんのこと」
Japan In-depth / 2023年11月16日 12時26分
キンドルについては、知り合いの米国人弁護士に、本の保管スペースの要求に耐えられないのでキンドルにして10年になる。快適この上ないと言う。配偶者も弁護士である彼にとっては、双方の本が自宅のスペースを占拠してしまうことを防ぐ最良の策として始まったそうだが、快適なだけではない。たとえばマークした部分だけを抽出したバージョンを作ってくれというとすぐにできあがる。それを眺めれば、自分がなにを読んだのか、どういうことに感じ入ったのかが一挙にわかるというのだ。
私は、キンドルが出たときに関心をもって調べたところ、その記憶、すなわち本の内容そのものが自分のものになるのではなく、キンドルの記憶装置のなかにしか存在しないということに大きな抵抗があって、相変わらず本を買い続けてきた。
だが、どうやら私にとっても事態は本の大量所有を許されそうにないことになってしまって久しい。次々と買うからどんどんと増える。単調増加である。整理はできない。ゲラの校正の方から引用の該当頁を確認するように言われても、本そのものが見当たらないという哀れなことになってしまうことが重なる。もう一冊買うしかない。しかし、そこにはマーカーも上端を折られた頁も付箋もない。検索機能のある状況で仕事をしている身には恨めしいことである。
それでも、本に触る人生から抜け出ることができるのかどうかわからない。ヘミングウェイのキューバの自宅書斎には9000冊の本があった。石原慎太郎さんの大量の蔵書も寄付されたと聞く。本はそれ自体の生命をもっているかのようである。
本を読む。たとえば漱石の『門』を読む。漱石は何回も繰り返して読んでいる。『心』は毎晩のように聴く。
「低い雲を黄に赤に竈の色に染めた夕陽」という年賀状の一文は、『門』の主人公である大介が人妻である御米と出逢ってしまったとき、性関係を持ってしまう直前の、御米の夫であった主人公の友人と3人で旅行したときに眺めた情景である。
その後、「山の上を明らかにしたまだらな雪がしだいに落ちて、あとから青い色が一度に芽を吹いた。宗助は当時を思い出すたびに、自然の進行がそこではたりととまって、自分も御米もたちまち化石してしまったら、かえって苦はなかったろうと思った。事は冬の下から春が頭をもたげる時分に始まって、散り尽くした桜の花が若葉に色を変えるころに終わった。全てが生死の戦いであった。青竹をあぶって油を絞るほどの苦しみであった。大風は突然不用意の二人を吹き倒したのである」
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