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平成26年の年賀状・「本を読むことこそ我が人生」・「ヘミングウェイの『移動祝祭日』と石原さんのこと」

Japan In-depth / 2023年11月16日 12時26分

以前、鷗外を愛読していたころには、漱石という人はなぜああも三角関係が好きなのかと不思議な気がしていた。しかし、今はわかる。別に漱石は三角関係が好きだったわけでも、いわんや自分の人生のなかで三角関係を実践していたわけでもない。色恋への興味ではない。





「私は倫理的に生きてきた男です」と『心』のなかで先生が言う。漱石の心のなかには、いつも倫理的であるとはどういうことかという問題意識があったのだろう。明治の日本における倫理的とはどういうことか。





それは、漢文学と江戸趣味に育った新興日本の青年が、イギリスという西洋の代表に学びに行くというとことに胚胎しているのだろうと思っている。解決が得られたとは思えない。それどころではない。バブル崩壊から30年。日本は改めての『普請中』なのである。





上記の『門』からのの引用部分は、亡くなった芳賀徹の引用された文章を読んだときに強く印象付けられた部分だった。「青竹をあぶって油を絞るほどの苦しみであった。大風は突然不用意の二人を吹き倒したのである」という表現の引用をしてくださった芳賀徹のおかげで、私は漱石についての新しい目を開かれた思いがしたのである。その感激が年賀状での引用になっているのだ。





芳賀徹は、伊東俊太郎とともに、私の尊敬する平川祐弘先生の小学校からの同級生である。平川先生の出版記念会でお目にかかったことがある。平川先生以外のお二人については、その偉大さを知らず、伊東先生にご専門の分野をうかがって、ご本人から「僕はそれほど有名じゃあないからなあ」と言われて平川先生ともども笑われてしまった。伊東俊太郎の名著『12世紀ルネッサンス 西欧世界へのアラビア文明の影響』を拝読したのは、その直後のことである。





この本には驚いた。読んだのは2014年8月1日のことだが、今に至るも私の歴史認識の基本的な骨格の一部になっている。アラビアが、古典ギリシアを保存・発展させたのみならずイベリア半島のトレドの街でヨーロッパに伝えたことが、のちの西洋ルネサンスを用意したとは。そういうことだったのである。そういうことがかつてあったのである。もちろん、こう書きながら私はコルドバにある建築物、赤と白の大柄な縞模様の、奇妙に脚の細いアーチの連続、メスキータを思い出している。観たことはない。しかし画像は世に溢れている。





スペインによるレコンキスタの前、あのトレドの街で、イスラム教の人々とキリスト教の人々はどのように一緒に暮らしていたのだろうか。ロメオとジュリエットのように恋に落ちたカップルもあったのではないだろうか。





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