平成26年の年賀状・「本を読むことこそ我が人生」・「ヘミングウェイの『移動祝祭日』と石原さんのこと」
Japan In-depth / 2023年11月16日 12時26分
その証拠のようなエピソードを高見氏はその解説の冒頭に書きめてくれている。
「それは、彼女にとって忘れがたい会話だったことだろう。一九六一年三月のある日、夫とともにアリゾナ州で休暇を過ごしていたハドリー・モーラーのところに一本の電話がかかってきた。声の主は三十四年前に別れた最初の夫、アーネスト・ヘミングウェイその人だった。ヘミングウェイは言ったという。実はいま、君と暮らしたパリ時代の思い出を綴っているんだが、二、三、どうしても思い出せない事柄があるんだ。あの頃、若い作家たちを食い物にした男女がいたんだが、なんという名だったかな?」
その男女の名前を答えながら、「ハドリーは久方ぶりに聞く前夫の声に、深い疲労と悲哀の色を感じ取って胸を衝かれたという。ヘミングウェイ死す、の報に彼女が接したのはそれから三カ月余り後のことだった。」
もちろん、ヘミングウェイは『移動祝祭日』を書き終えようとしていたのである。高見氏は「本書自体ハドリーに対するオマージュだと見るむきがあるのもうなづけよう。」と評する。
そのとおり。若かった自分のそばにいた女性へのオマージュは若くて、無名で、野心に駆られていた自分自身へのオマージュにほかならない。
作家は自分にしか関心を持たない。我が侭な生き物である。
私自身、27年前に『株主総会』を出版したそのあとがきに、自らのうちにあった抑えがたい欲求として「年齢的に若くなくなったこと」をあげている。「人生は移動祝祭日の連続ではありえず、必ず終わりがある。」と記しているのだ。今となると出版した47歳は若い。私も若くて、野心的で、飢えて、悶々としていたのだ。
私はこの本を読むたびに石原慎太郎さんのことを想う。ヘミングウェイと石原さんは似ている。なによりも、我が侭一杯の人生を生き切った男として。石原さんの『「私」という男の生涯』は、その間の事情を語って余すところがない。あれが石原さんの我が生涯なのである。
実は、心ある文学史家が、その石原さんの書いた我が生涯の事実について探求し、ここが違う、これが真実だと書いてくれることを私は愉しみにしている。つまり、加藤周一における『加藤周一はいかにしして「加藤周一」となったか』(鷲巣力 岩波書店 2018)であり、江藤淳における『江藤淳は甦える』(平山周吉 新潮社 2019)である。
私は石原さんについて『我が師石原慎太郎』(幻冬舎 2023年)を書いた。尊敬する平川祐弘先生にお贈りしたら、
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