平成26年の年賀状・「本を読むことこそ我が人生」・「ヘミングウェイの『移動祝祭日』と石原さんのこと」
Japan In-depth / 2023年11月16日 12時26分
「彼女以外の女を愛する前に、いっそ死んでしまえばよかったと私は思った。」(アーネスト・ヘミングウェイ 『移動祝祭日』高見浩訳 新潮文庫 299頁)
もちろん、「私」、すなわちヘミングウェイは死ななかった。であればこそ、62年足らずの人生で4回の結婚をすることができたのだ。この印象的な一文にひかれてヘミングウェイの妻たちについて書いた本があるほどである。(『ヘミングウェイの妻』(ポーラ・マクレイン 高見浩訳 新潮社 2013)
「ニューヨークで用件をすませてパリにもどったとき、私は、オーストリアまで自分を運んでくれる最初の汽車をつかまえるべきだった。けれども、そのときパリには愛している女性がいて、私は最初の汽車にも、次の汽車にも、その次の汽車にも乗らなかった。」
そのことについて、上記の後悔の文章を35年も経った後になって遺作『移動祝祭日』に書くことになる。それを我々は読むのである。
ヘミングウェイ26歳。パリにいて、ヘミングウェイをオーストリア行きの汽車に乗せなかった「愛している女性」とは、彼の二人目の妻になるポ-リーン・ファイファーである。4歳年上である。ヘミングウェイは26歳、「愛している女性」は30歳である。
オーストリアにいたのは第一の妻であるハドリー・リチャードスンである。ヘミングウェイ22歳、ハドリー30歳のときに結婚し、3か月後には新婚の二人はパリに行く。一人目の妻は8歳年上、二人目の妻は4歳年上ということになる。年上の女性に惹かれる性向があったのだろう。
『移動祝祭日』の訳者である高見浩氏によれば、
「駅に積まれた丸太の山をかすめて汽車が進入し、線路脇に立つ妻と再会したとき」のわきあがった胸のうちが冒頭の引用である。
その感慨は、こう続く。
「彼女は微笑んでいた。うららかな日を浴びている。雪と陽光で焼けた愛らしい顔。健康そうな肢体。赤身を帯びた黄金色に輝く髪。それは冬のあいだに野放図に美しくのびていた。そして、並んで立つバンビ君は、金髪の、ずんぐりした体躯もあどけなく、リンゴのような冬のほっぺたをして、ファアアールベルグの元気いっぱいの男の子のように見えた。」
二人の間の男の子はヘミングウェイ24歳のときに生まれている。妻ハドリーは32歳。名前をジョンと名付けられた。作品のなかではバンビという名前で登場する。
オーストリアのファアアールベルグ州のシュルンスという町で3人は冬を過ごす。パリのアパルトマンは寒くてたまらなかったというのである。二人だけならいいけれど、バンビ君には冬のパリは辛すぎると。
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