団塊の世代の物語(9)
Japan In-depth / 2024年10月15日 23時0分
そのときのことを英子に話した。
「そうだったのね。
大変だったわね。
でも、私たちだからわかる、実感することができる。
時間がないこと、今しかないこと、焦っていること。」
「そうだね。
『墓場に近き、老いらくの恋は 怖るるなにものもなし』ってわけ。」
「川田順ね。68歳。でも相手は27歳年下だった。」
「そう。川田順は84歳まで生きた。鈴鹿俊子と再婚して16年間。結局のところ、84年間生きたといってもその16年間が彼の人生の全てだったのだろうと思う。有能な実業人で歌人でもあった男が、最後に歌の世界を生き、死ぬことになろうとは。
でも、あなた、川田順のことまでよく知っているね。」
「住友財閥の常務理事だった方でしょ。
私、その歌、大好き。
前置きがあるのよね。
『若き日の恋は、はにかみて面をあからめ
壮士時の四十路の恋は世の中にかれこれ心配れども』
って。
あなたの壮士時代、四十路の恋はどんなだったのかしら。」
「世の中にあれこれ心くばらなくっちゃならないような恋かあ。
そうだよね、そりゃそうだ。」
三重野は45歳のころのことを思いだしていた。
子会社のトップになっていた。30人ほどの小さな会社だったが、社長は社長だ。自分の部屋があって、上司は身近にいない。
<その代わりに石上弘子がいたのだった。>
取引先のオーナー社長だった。夫を亡くしたばかりの50歳足らずの女性だった。それまで専業主婦だった。それが15人ほどの会社を相続して、わからないことばかりで、ウロウロするばかりだった。
見ていられなくて、アドバイスをした。
それが、言葉だけでなくなってしまうのに時間はかからなかった。
5年続いて、あからさまにいっしょになりたい様子を見せるようになったので別れを告げた。
せめてときどき会って、と言われて断った。ちょうど三津野が本社へ戻るときと重なったから、それ以上のことにはならずに済んだ。妻はなにも知らない。できないわけではなかったが、なぜか弘子のマンションにも泊まることはしなかった。もし今の時代なら?と思うこともある。もう30年前のことだ。
今の時代なら、ああはしなかったろうな。そう思っている。
「私は私の最後の恋はあなただと念じてきたの。」
三津野は、なにもかも英子にリードされている自分を感じ、それを心地よいものに思った。考えて見れば、何万人もの組織を動かすことで人生の大半を過ごしてきて、幸運にも今の場所に立っている。しかし、その立場の要求する使命も責任も無事に果たし終えた。いまは滝野川不動産の特別顧問と呼ばれている。そのうちに名誉という肩書が付く。おしもおされもしない、不動産業界の大立物ということになっている。
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