団塊の世代の物語(9)
Japan In-depth / 2024年10月15日 23時0分
高度成長の始まった昭和35年は僕が13歳、英子さん、あなたが11歳だよね。
安保闘争のあった年でもある。」
「なにもわからなかったけど、『安保反対』ってデモしている学生たちをテレビで観てた。岸首相って悪い人だったのかと思ってた。女子学生、樺道子さんが亡くなっちゃって。」
「それは違うよ。」
三津野はベッドのなかから半身を起こした。
「岸信介は日本の戦後史の分岐点をみごとに乗り切った人だよ。
それに、亡くなった樺さんは彼女の22年の天命の人生を生き切ったということだと思う。僕はそう思う。」
「そうなの?」
「そうだ。今になって、そう思う。
岸さんについては、『悪人面の妙に精悍な』なんて石原さんが書いている。そして石原さんは、『岸氏の話がどうにも誰よりも理が通っていて』とも言っている。テレビで党首会談があったのを観たんだね。」
「石原さんて、石原慎太郎のこと?」
「そうさ。大木先生の文学の先生でもあるそうだ。」
「そうなの。『太陽の季節』を書いて芥川賞をもらった人よね。でも作家やめて都知事になったひと」
「衆議院議員も25年間やっていた。
だいいち作家をやめただなんて、そんなこと言うと大木先生に怒られるぞ。」
「どうして」
「彼によれば、石原慎太郎は日本のゲーテなんだそうだ。」
「へえ、ゲーテなの。じゃ、『太陽の季節』は『若きウェルテルの悩み』っていうことになるのね。」
「ああ、そうかもね。
ゲーテはワイマール侯国という小さな国の宰相をしていたこともあるけど、そんなの250年も昔の話で、いまとなっちゃ大作家以外のなにものでもないだろ。石原さんも100年後にはそうなる、っていうのが大木先生の説なんだ。」
「知らなかった。あの人が石原慎太郎についえそんなこと考えていたなんて」
<こんどは石原慎太郎がらみでまた大木先生の話か>
三津野はそうおもわずにいられない自分に嫌気がさして、再びベッドの中に滑りこんだ。
「さ、落語の続きはじめるよ」
ベッドから頭を出すと、英子の髪の毛にほんの少しだけのこるともなくのこった地肌の匂いをの甘い化粧品の香りといっしょに大きく吸ってから、話を再開した。
「安保のころは高度成長が始まってもう5年くらい経っていたころだね。なんせ、1957年から1973年までの16年間、日本は年率10パーセントの成長を続けたんだからね。」
「そう、1973年は石油ショックの年。よく覚えてる。母がトイレットペーパーを大きな段ボールの箱ごと買ってたから。」
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