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団塊の世代の物語(12)

Japan In-depth / 2025年1月15日 23時0分

団塊の世代の物語(12)


牛島信(弁護士・小説家・元検事)


【まとめ】


・三津野は、人事の失敗が会社の命運を左右することを、過去の事例を通して示す。


・プラザ合意と日米半導体協定が、日本経済の長期低迷を招いたと分析する。


・丹呉3原則を引き合いに出し、コーポレートガバナンスの重要性と海外との連携の必要性を訴える。


 


 


「ごいっしょしてもいいかしら?」


英子の声がガラス越しに聞こえた。


「ああ、もちろん」


脚を伸ばしてバスタブにゆったりとつかったまま、三津野は大声で答えた。二人きりで会うようになってずいぶんになるが、そういえば二人で風呂に入るのは初めてかもしれないと思う。


もう英子の身体じゅう、くまなく知っているはずなのに、やはり心がときめく。75歳の女性の裸を眺めてみたいものだと欲望がうずく。


すぐにガラス扉が開いて、英子が胸から下を白くて大きなバスタオルにくるんで入ってくる。どうやら声をかけた時にはもう用意が終わっていたらしい。


後を向いてバスタオルを外し、ガラス扉の向こうに置く。大きなお尻が丸見えだ。


もちろん、垂れさがっている。それはなんども手の感触で確認済みなのだが、こうしてお尻全体を眺めてみると、やはり違う思いがある。ことに英子の場合は、こうして何人の男たちが彼女の後姿に見入ったか、とおもわずにはいられない。ギュスターブ・クールベの泉と題した作品を思いだす。ナポレオン三世が鞭で叩こうと妻と話した絵。


英子は自分の下半身がどのくらい垂れ下がっているのか、知っているのだろうか。むかし張り切っていたお尻が情けないほど柔らかくなってしまっている。


シャワーを浴びて、前を向いた。三津野は身体全体を左に寄せて待つ。脚をバスタブに入れようとバスタブの握りを掴んだ瞬間に隙ができる。お腹の肉が大きく下へさがる。そう、三津野の手のひらがなんども撫でまわした場所だ。この、いま三津野の目の前でぶよぶよとしている肉になる以前はなにだったのか。フォアグラ、それもシェイノの少し燻じたようなフォアグラだったのか、ヒレ・ステーキか、いやただの小麦か米。


もしフォアグラならガチョウの悲劇は言うまでもない。ヒレだとしても、その数パーセントの持ち主だった牛は一生に一度もあるくことなく生命を終える。三津野は知っている。その牛が初めて歩くときは肉という商品になる直前のことなのだ。


しかし、よく考えてみえれば三津野の人生も似ていなくもない。生まれ、東大に合格することだけを考え、会社に入ると業績だけにわき目もふらなかった。そして?いまは長くもない生命の終わりに近づいている。


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