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団塊の世代の物語(12)

Japan In-depth / 2025年1月15日 23時0分

ニューヨークの摩天楼を知ったのが子どものころだからさ。つまり、未だワールドトレードセンターなんてなかった。世界一、エンパイヤステートビル、だって覚えちゃったんだよ。


で、クライスラービルはどうですか、って社長に申し上げた。


もちろん、僕のシナリオさ。


「高さではワールドトレードセンターに負けてます。そういう意味ではもう長い間負け組なんですよ。


でも、そのエンパイヤステートビルができる直前まで世界一の高さを誇っていたビルがあります。もちろん、エンパイヤステートビルと同じ負け組です。でも、圧倒的に美しい。美しさではロックフェラーセンターはもちろん、エンパイヤステートビルなんかも足もとにも及びませんよ」って強調してね。不動産の素人が買うのがエンパイヤステートビル、通が買うのがクライスラービル。粋です、粋人のすることです、ってなんども繰り返したよ。


茶道具と同じだ。一見つまらない鉄の塊が大和一国の価値を持っている。松永弾正久秀が己とともに吹き飛ばしてしまったけどね。」


「平蜘蛛釜のことね」


「そうさ。英子さんはなんでも知っているね」


「物の価値は人が決める。猫に小判というだろう」


「そう、フランスでは豚に真珠」


「だから、クライスラービルなんだよ。


クライスラービルのあの尖塔、当時の高さ競争の結果だって知ってる?


最後まで競争相手に隠しておいて、相手が283メートルにやっと背伸びして、これでクライスラービルが完成しても1メートル差で世界一になってやったぞと舞い上がったその一か月後さ、隠していた尖塔部分を継ぎ足して319メートルにして世界一に躍り上がったっていう次第だ。


もっとも、それも1年後に381メートルのエンパイヤステートビルに高さ世界一の座を奪われてしまう。まるで子どもの競争だな。現代と比べれば、牛の前のカエルだね。」


「そう。こんなに大きいかって子カエルの前でお腹を膨らませて、あげく破裂してしまったイソップの寓話。


「つまり、ブルジュファリファも同じって?」


「違う?いくら一気に300メートルも高いぞ、って言ってみても、一時期のこと」


「それが人の世だ。それはそれで、意味があると、僕は思うよ。」


「形あるものは全て滅す」


「いや、50億年後に太陽に飲み込まれるまで、地球は存在しているってことさ。


クライスラーって、あの自動車会社のクライスラーの創業者の名前なんだよ。クライスラービルに本社があった。」


英子は三津野の懐旧談に聞き入っている。いや、一生懸命しゃべっている三津野の顔に見とれている。


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