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団塊の世代の物語(12)

Japan In-depth / 2025年1月15日 23時0分

それにしても金子直吉ときたか。なつかしい名だな。鈴木商店ね。金子直吉のそのセリフ、僕は高畑誠一さんの『私の履歴書』で読んだのを憶えている。日商岩井っていう商社、今の双日のトップだった方だ。僕が26歳のときだった。まだ滝野川に入ってまもないころだ。きっと峰夫氏も同じ連載を読んだんだね。」


会ったことのない、目の前の英子の子どもの父親だった男にゆえしれぬ共感をもつ。人間とはそうしかものなのだろう。先ほどすれ違っただけの男が、明日の大顧客かもしれない。


「クライスラービルを買うときには、いずれ大変なことになるとうすうす感じていた。動物的勘というかなんというか、とにかく今はバブルで近いうちに崩壊する。そうなったら谷は深く、長くなるぞって確信していたといってもいい。


でも、あのバブルは始めっから崩壊まで仕組まれたものだ。アメリカの怒りが呼んだものだ。敗戦国のくせに、なんていうことをするのか、っていう怒り。いや、それ以上かな。


でも、日本人はまだ猛虎の尾を踏んだと気づいていない。猛虎ということすら忘れていたといった方が正確かな。バカみたいな話だ。


クライスラービルを買うのはいい、社長が買いたいと言っているんだからな。買うしかない。でも、買ったら、いつ売るかを常に考えていないと危ない。いつというより、可能な限り早くだ。


牧本さんの言葉を知ったことが、僕のバブル感をつくってくれた。つまり、後知恵もあるけど、これは単なる経済現象ではない。日本は戦争をしているんだ。前の戦争とおんなじ。あの時と同じ。日本が望んだ戦争じゃない。でも戦うしかない。第二のガダルカナルだとしても、ってね。」


「第二のガダルカナルなんて思っていたの、あなたは。あの、日本中が踊り狂っていたときに。」


英子が小さなため息をついた。三津野の肩に頭を寄せる。


「あなたって、ほんとうに頭の切れる人、冷静な人なのね。惚れ直してしまう。」


三津野の顔を見つめ、目を閉じて息を吸い込む。自分のなかの三津野への恋心を、ゆっくりと反芻しているのだ。


三津野はそんな英子に語りかけた。


「牧本さんのいわれたトラウマはほんとうに長かった。半導体振興という言葉を日本の総理大臣が使うことができたのは、2022年の岸田総理のときだからね。なんと37年後だ。トラウマも続いたもんだな。」


英子が目をうっすらと開いて三津野の瞳をのぞき込む。見えているのかどうかわからない。声は出さない。


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