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団塊の世代の物語(12)

Japan In-depth / 2025年1月15日 23時0分

「だって、本当にあなたもそう思わない。あんな美しいビルはこの世にない。優雅っていう日本語はそのためにあるような言葉だっていう気がするじゃないか。


で、一部長に過ぎない立場だった僕は一計を案じたんだ。


『社長、ニューヨークに一泊して、夜見てください』って。


夜に見ると、あの尖塔の輝きが心を包み込む。少しも力づくではなく、どちらもアールデコかもしれないけれど、エンパイヤステートビルとは質というか格が違うんだな。クライスラービルのデザインは人の魂、エンパイヤステートビルは無機質な建物。」


「ええ、私もそう思っていた。」


「社長、夜中のひと目ですっかり気に入っちゃってね。それで即、買った。他にも日本の不動産会社が買いたがっていて、1000億を超えた。1990年。もうバブルの終わりの気配が漂い始めていたころだ。


実はそれが幸いした。僕のシナリオの後編に織りこんであったたんだけどね。」


「あなたは、いつでもそうなの?」


「知らない。つまりこうだ。


知ってるだろう、三菱地所はコックフェラーセンターを1995年に捨て値で売ることになってしまった。


実は滝野川もクライスラービルをやっぱり大損して売ることになったんだけどね、僕が担当常務だったから、いつでも売るぞっていう体勢だった。危なくなるまえに売ってしまった。買ってから持っていたのは2年だけ。ご執着だった丸山社長が相談役になってすぐに亡くなってしまったのが、丸山さんには悪いが、会社には幸運だった。簡単だった。もし丸山相談役がご存命だったらなかなか処分できなかったろうな。


『おまえ、俺をあのビルに惚れさせて、すぐに売ります、かよ』って言われたろうな。烈火のごとく怒って、みな丸山相談役のご機嫌取りさ。俺は孤立。いや、僕もバカじゃないから、言いださない。三菱地所の例もあるから、滝野川だけ軽症で済まなくっても誰かが悪いわけじゃないしな。」クライスラービルの絵を英子と二人、パソコンで眺めながら、三津野はあのビルのなんとも優雅なたたずまいを思い返していた。〈英子に似ているかもな〉そう思った


<あの国ではなんにでも値段がつく>


「僕は買う前から、クライスラービルは早く処分したほうがいいって決めていた。買えっていっていた当の本人が買う前から売るつもりだったわけだ。


いま言ったろう、丸山相談役が亡くなったおかげで実行できたんだ。つくづく会社の盛衰は人次第、その人の生死は会社の盛衰を決めるって感じないではいられない。」


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