【エンタがビタミン♪】広瀬香美、当時は『ロマンスの神様』に不満だった。今は「80歳まで元気に歌いたい!」

TechinsightJapan / 2014年11月19日 13時40分

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歌手の広瀬香美が生放送番組に出演してヒット曲『ロマンスの神様』をピアノで弾き語りした。彼女はこの曲を「80歳まで元気に歌い続けるのが目標」だと笑顔で宣言したが、当初は自分の思い描いた作品ではなく不満を抱きながら歌っていたという。

今も米国・ロサンゼルスと日本を行き来しながら活動する広瀬香美。11月18日のNHK『スタジオパークからこんにちは』に生出演して「冬は日本で活動して、夏はロサンゼルスで創作活動をする」と説明。「冬なので日本に舞い降りてきました」と言うと、MCの清水ミチコから「野沢直子の逆バージョン」とたとえられた。

広瀬香美は、日本で歌手デビューする前からロサンゼルスに住んでいた。彼女が渡米するまでには子ども時代から大学時代までの波乱に満ちた経験があり、ロサンゼルスでの“ある出会い”をきっかけに、歌手への道を進むことになる。

4才でピアノを習い始めると、小学生の時には作曲家を夢見た。モーツァルトに憧れて「天才だな、どんどんメロディーがおりてくるんだろうな」と広瀬自身も天才になりたかったという。すでにモーツァルトを真似たクラシック風な曲を書いていた彼女は、寝ている間に夢の中で作曲して、朝起きたら『あ、できてる、2曲できてる』という才能も発揮した。目が覚めても曲を忘れずにちゃんと記憶しているが、微熱が出ることもあったらしい。そんな子ども時代を振り返ると「今は、ないんですよね~」と残念がっていた。

当時はアニメやヒーローものが大好きで、夢の中でウルトラマンに追いかけられておねしょをした時には、起きると名曲が出来ていたそうだ。「カネゴンやウルトラマンは、ありがたくて、今でも拝めます」と感謝しており、その頃に書き留めた曲はアルバムにも入っているらしい。

やがて、作曲家を目指して国立音楽大学作曲学科に入る。ところが、張り切って臨んだ前期のテストで、成績の順位は学科15人中の15番目。大学1年生にして、教授から「作曲家にはなれないから、別のことを考えた方がいい」と言い渡される。ショックを受けた彼女は夏休みに、米国にいる友人を頼ってロサンゼルスに渡った。

その時に、友人が連れて行ってくれたのがマイケル・ジャクソンのコンサートだ。踊って歌うマイケルのパフォーマンスに衝撃を受けた広瀬香美は「カッコイイ! 私、マイケル・ジャクソンに曲を書けばいいや!」と新しい道に目覚めた。その後、大学を卒業した彼女はロサンゼルスに移り住んで、働きながらデモテープを現地のレコード会社に送り続ける。だが、それを聴いて注目したのは日本のレコード会社だった。

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