宮崎駿監督、不遇の時代の名作『名探偵ホームズ』 パートナーに選ばれた当時無名の大学生とは?
マグミクス / 2024年3月17日 21時10分
■『風の谷のナウシカ』の併映作だった『名探偵ホームズ』
宮崎駿監督の劇場アニメ『君たちはどう生きるか』(2023年)が、「第96回アカデミー賞」長編アニメ映画賞を受賞しました。宮崎監督の同賞の受賞は、『千と千尋の神隠し』(2001年)以来となる2度目の快挙です。
2024年3月には、宮崎監督の初めてのオリジナルアニメ『風の谷のナウシカ』(1984年)が、劇場公開から40年を迎えました。『ナウシカ』完結編の行方が気になるファンは多いようです。人気作『ナウシカ』の影に隠れていますが、『ナウシカ』と同時併映された劇場版『名探偵ホームズ』も、公開から40年となります。
2024年3月22日(金)からは全国117館で、『名探偵ホームズ』デジタルリマスター版が限定上映されます。いま振り返ると意外な人物とのコラボ作だった『名探偵ホームズ』の魅力、そして宮崎監督が傑作を生み出す「ある傾向」について探ります。
■トラブルはあったものの、宮崎駿カラーが満載
宮崎監督の輝かしいフィルモグラフィーのなかでは、初の劇場監督作『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)とブレイク作『ナウシカ』のはざま時期に制作された『名探偵ホームズ』は、語られることが少ない作品です。
もともとはイタリアの国営放送からの発注を受け、東京ムービー新社(現在のトムス・エンタテイメント)が製作したTVアニメシリーズでした。イタリアからの製作資金が途中で途絶えるなどのトラブルがあり、宮崎監督はシリーズ初期の6話のみ関わって、降板しています。
40周年記念として上映されるのは、『ナウシカ』と同時併映された劇場版第1作『名探偵ホームズ 青い紅玉の巻/海底の財宝の巻』と、『天空の城ラピュタ』(1986年)と同時併映された第2作『名探偵ホームズ ミセス・ハドソン人質事件の巻/ドーバー海峡の大空中戦!の巻』の合計4話です。
産業革命期のロンドンを舞台に、「悪の天才」モリアーティ教授と探偵ホームズとの追いつ追われつのチェイスシーンが楽しめる『青い紅玉』、ミリタリー趣味が満載の『海底の財宝』は、宮崎アニメのおいしいところだけを集めたような快作です。
また、『ドーバー海峡の大空中戦!』は、宮崎監督の航空機マニアぶりが全開となった『紅の豚』(1992年)の原型となった一編です。ハドソン夫人に優しくされたモリアーティ教授やスマイリーたちが素直な一面を見せる『ミセス・ハドソン人質事件』も、人間味あふれるドラマとなっています。
犬顔のホームズ役を広川太一郎さん、オオカミ顔のモリアーティ教授を大塚周夫さんと、レジェンド声優たちが演じていたことも忘れられません。
■のちに大ヒット作を放つ新人を、パートナーに抜てき
片渕須直監督作品『この世界の片隅に』 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
宮崎アニメならではの軽快なアクションと、宮崎監督が育った東映動画(現在の東映アニメ)の古き良き時代の「マンガ映画」を彷彿(ほうふつ)させる親しみやすさを感じさせる『名探偵ホームズ』ですが、注目したいのは脚本家と演出補の存在です。
実は劇場版4話の脚本を全て担当したのは、『この世界の片隅に』(2016年)を大ヒットさせることになる片渕須直監督でした。当時の片渕監督は大学3年生で、まったくの新人でした。
日大芸術学部映画学科に通っていた若き日の片渕監督は、宮崎監督の『未来少年コナン』(NHK総合)のコンテ集を読み込むことで、アニメ制作について学んでいました。大学の特別講師として宮崎監督が訪れたことがあり、その縁もあって、新作アニメの準備を進めていた宮崎監督から出されたシナリオの課題に片渕監督は挑戦します。
シナリオを書くのは初体験だった片渕監督ですが、そのときに提出したのが『青い紅玉』でした。宮崎監督に認められ、片渕監督は脚本だけでなく、演出補としても『名探偵ホームズ』に関わることになります。繰り返しますが、このときの片渕監督はまだ学生でした。
■才能と才能との出会いが、傑作を生む?
片渕監督は大学の授業を受けながら、『名探偵ホームズ』の制作スタジオにも通うようになります。限られた期間でしたが、宮崎監督からいろんなことを吸収したようです。さらに片渕監督は、日米合作の大作アニメ『リトル・ニモ』にも参加し、監督する予定だった高畑勲監督、近藤喜文監督、大塚康生氏のもとでもアシスタントとして働いています。
日常生活をディテールたっぷりに描きつつ、しっかりとエンタメ作品に仕上げて見せる片渕監督の作風は、アニメ界のレジェンドたちから学んだものだったことが分かります。片渕監督の著書『終わらない物語』(フリースタイル)には、『魔女の宅急便』(1989年)で内定していた監督を降板し、演出補に回った経緯についても触れてあるので、そちらもぜひ読んでみてください。
宮崎作品を振り返ると、代表作には名パートナーが存在しました。高畑監督がプロデューサーを引き受けたことで、『ナウシカ』や『天空の城ラピュタ』(1986年)が生まれました。『もののけ姫』(1997年)や『千と千尋の神隠し』(2001年)の大ヒットは、鈴木敏夫プロデューサーなしでは語れません。宮崎監督に対して献身的で、なおかつ挑発的なパートナーがいることで、数々の傑作やヒット作が生まれてきたのです。
TVアニメの枠に収まり切れず、スタジオジブリを設立するまでの端境期にあった宮崎監督を触発したのが、片渕監督をはじめとする若手スタッフで、その結果生まれたのが『名探偵ホームズ』だったように思います。才能と才能との出会いが、素晴らしい作品を生み出すのではないでしょうか。
(長野辰次)
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