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楳図かずおの『赤んぼ少女』 いま読み返すと分かる「いじめ」の正体とタマミの哀しみ

マグミクス / 2020年11月12日 18時10分

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■子供たちを震え上がらせた恐怖マンガ

 子供の頃にドキドキさせられた恐怖マンガを大人になって読み返すと、思ったほど怖くはなく、拍子抜けすることも多いものです。しかし、なかにはあらためて触れることで、子供の頃には気づかなかった別の物語が浮かび上がってくる場合もあります。

 今回ご紹介する楳図かずお氏の恐怖マンガ『赤んぼ少女』は、そんな、大人になってからあらためて読み返したい作品です。

 楳図氏といえば『まことちゃん』『漂流教室』『わたしは真吾』など、ギャグからSF、時代ものまで幅広い作風で知られる大御所ですが、その真骨頂はなんといっても恐怖マンガ。というのも、楳図氏は1961年、貸本短編誌「虹」に発表した作品『口が耳までさける時』で「恐怖マンガ」という言葉を生み出した第一人者なのです。

 楳図氏によると「当時は怪物や幽霊が出てくるようなマンガはあっても、心理を描く恐怖マンガはまだなかった」とのことで、新ジャンルを生み出した楳図氏は『紅グモ』『ヘビ少女』など、一度読んだらトラウマになるような恐ろしい作品を次々と世に出し、子供たちを夜中にひとりでトイレに行けないほどに震え上がらせました。

 そんな楳図氏の恐怖マンガのなかでも傑作とされるのが『赤んぼ少女』。1967年に『週刊少女フレンド』に連載され、『赤んぼう少女』『のろいの館』と改題されたこともある作品です。根強い人気を獲得し、2008年には浅野温子さん、斎藤工さん、野口五郎さんなどの豪華キャストで映画化もされました。

 主人公は、生まれたときに産院の手違いで孤児として育てられた美少女・葉子。12歳でようやく両親のもとに帰ることができたのですが、そこには、なぜか赤ん坊の姿のまま成長しないタマミという姉がいました。

 しかもタマミは、牙のような歯が生えた醜い容姿にザンバラ髪、指の爪は魔女のように長く伸び、赤ちゃんのようなかわいらしさはまるでありません。タマミは屋根裏部屋で世間から隠されるように育てられていたため、当初、葉子はその存在を知りませんでした。しかしやがて姿を現すと、あらゆる手を使って葉子をいじめ尽くします。

■壮絶ないじめの裏に隠された異形の哀しみ

「赤んぼ少女」DVD(キングレコード)。映画では浅野温子が母親役を、野口五郎が父親役を演じた。

 赤んぼ少女タマミの葉子へのいじめは、いじめを通り越し、命を脅かすほどのものでした。火のついた石油ランプを頭に乗せて歩くように命じたり(しかもタマミをおんぶさせて)、ギロチンで葉子の腕を切断しようとしたり。さらには葉子の味方でありタマミをうとんじる父親を、甲冑の中に閉じ込めて殺そうとさえするのです。

 ページをめくる子供たちにとってタマミは、ただひたすらに執念深く恐ろしく、なんとか葉子がタマミから逃れてほしいと念じたものでした。

 けれども大人になってこの物語を読み返すと、タマミの哀しみが、ひしひしと伝わってきます。

 夜中にひとり、タマミは化粧台にむかって口紅をつけてみるのですが、鏡の中に写っているのは化粧をしても醜い自分の姿だけ。思わず落ちるひとしずくの涙が、美しさに憧れても叶えられないタマミの乙女心を映していて、胸がしめつけられます。

 さらに、いじめの限りを尽くしたタマミは、葉子にこんな言葉を放つのです。

「おまえはわたしがいじめてばかりいたと思っていただろうけど、ほんとうはおまえがわたしをいじめていたのよ」

 葉子が家に来るまでは、醜い自分の姿がみじめではあったけれど、それなりに幸せだった。なのに、葉子が家に戻ってからというもの、美しさを見せつけられてただただ、つらかったのだと。それまで邪悪なだけの存在だったタマミは、実は、“美しさ”という絶対的な力に虐げられた弱者だったのです。

 作者の楳図かずお氏は『赤んぼ少女』について「お化けの立場に立って物語を見ていった最初の作品」だと語っていますが、たしかにこの作品の本当の主人公は、〈哀しみを抱えた異形のもの〉タマミだったのかもしれません。

(古屋啓子)

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