<舞台が終わった楽屋に行きたくない本当の理由>テレビドラマのプロデューサーが「芝居を見る」ということ

メディアゴン / 2014年11月1日 0時54分

貴島誠一郎[TBSテレビ制作局担当局長/ドラマプロデューサー]

* * *

舞台を見に行くのが苦手です。いや、舞台を見ることより、舞台を見た後の楽屋に行くのが苦手なのです。

「テレビドラマのプロデューサー」という仕事をしている以上、先程まで舞台の上で熱演していた俳優に、舞台の感想を伝えなければなりません。内容的に予想を越える面白さがあったり、観客に伝わる見せ場や芝居場があったりすれば、それを素直に伝えれば良いのですが、休憩前の前場で「それが見つからない重たい展開」になると、後場はその俳優や舞台をどうやって褒めようかと、その言葉を捻り出すために芝居を見ることになります。

舞台の衣装を着替えて、まだ荒い呼吸の旧知の俳優に「時間の無駄だった」とは口が裂けても言えないし、「セットが凄かった」などは褒め言葉になりません。

俳優も多くの関係者からの感想を聞いているので、こいつはどんな感想を言うのかを比較しています。俳優自体も舞台の成果のセルフジャッジをしているので、舞台がはねた後の楽屋は先程まで観客だったのに、演者と立場が逆転しているのです。

あまりにも厳しい内容の舞台では、「何でこういうことになったの?」と聞くことが「俳優の救い」になることもありますが、可もなく不可もない舞台の感想が一番難しい。この場合、自分で一番うまく切り抜けたと思うのは、主演女優に「やっぱりセンターが似合うね!」という感想でした。多分、察していただけたと思ってます。

しかし、ある時に気がついたことがあります。スポーツ中継のインタビューで、アナウンサーが「試合終了の笛をどんな気持ちで聞きましたか?」とか「いまの喜びを誰に伝えたいですか?」とか「ファンの皆さんにひと言お願いします」とか、当たり障りのないどうでもいい質問を選手にしているのを見ると、インタビュアーも経験あるプロでないと本音に迫れないと感じました。選手だって伝えたいことはあると思いますが、インタビュアーがそれを遮っていると感じます。

舞台でメインを張る俳優は、終了直後でどんなに息が上がっていたとしても、観客の反応を冷静に見ているプロフェッショナルです。客の顔は見えています。歯の浮くような褒め言葉や肉体的な気遣いは不要だということなのです。かえって「こいつ分かってないなぁ」と思われるのがオチです。本当に見つからない場合は、共演者を褒めるという荒業にでたほうがマシです。

そこに気付いてからは、楽屋に行くのが少し楽になりました。プロの俳優の芝居を見たなら、こちらも業界のプロとして的確な感想を自由に述べればいい。過剰な褒め言葉や気遣いは、かえってつまらなかったと言っているに等しい。

相手がプロである以上、こちらもプロとしての感想を述べるべきです。そうすれば、舞台についての俳優の本音も聞けるはずです。自分の感想を述べるよりも、俳優の本音を引き出すことが、舞台を終えた俳優さんへの労いになると思います。

そういう意味では、プロがプロの芝居を見に行くということは、油断できない勝負になります。他人の作品を気軽に楽しむ訳にはいきません。ということで、やはり舞台を見に行くのは苦手です。専門外のスポーツやコンサートのほうが、気楽に楽しめます。

[メディアゴン主筆・高橋の少し長いコメント」僕も同じ理由で楽屋に行くのが苦手です。できるだけ寄らないで帰ります。寄って万が一、打ち上げに出ざるを得なくなったりすると最悪です。一時女優さんを「綺麗でした」と褒める方法を学んだのですが、ある時の舞台では女優は山田花子ちゃん一人でした。多分これは僕の舞台鑑賞経験が浅いからなのでしょうか。心揺さぶられた舞台に出会ったことも少ないです。一回だけ。昔、渋谷にあったジャンジャンで行われた東京乾電池の公演だけです。芝居では少ないのに、映画や、落語や、テレビドラマでは何度もあります。舞台というなにかスノビッシュな特別感のある空間が僕は苦手なのかもしれません。それから、ある人に教えられて以来、招待券では絶対に舞台を見ません。あとで(もちろん家で一人でつぶやくのですが)文句が言いにくくなるからです。

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