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日本にもスタートアップの時代がやって来る

ニューズウィーク日本版 / 2016年2月27日 7時5分

 しかも、先輩はみんな15歳以上も年上で、楽しかったころの話を聞かされては、「昔はいいな~」と思っていました。さんざんモノづくりを楽しんできて、いまはダメだと嘆く世代と、これからメーカーでモノづくりをしようとする私たちとでは、モノづくりに対する考え方も全然違っていました。

加谷 携帯電話は一時期、かなりスペック競争が激しくなっていましたから、そのころに開発をしていたら、確かにやりがいもあって、楽しかったでしょうね。

中澤 私が入社して5年で、ほとんどの携帯電話メーカーが淘汰されて、カシオもNECに統合されることになりました。モノづくりは素晴らしいよと言っていた人たちも、みんなバラバラになってしまったんです。でも、そこであきらめたくなかった。

 どうやったらモノづくりに戻れるだろうってずっと考えていたんですが、実はその間に、カフェを始めたんです。自分の手でお店を作って、メニューを考えて、お客さんの反応を見ながら工夫して......というのはモノづくりと一緒で、ものすごく面白いんですが、やっぱり電気が通ったモノづくりをしたいなって、ずっと思っていました。

「ここ1年半くらいで、個人でモノづくりをできる環境が整ってきた。私のやりたいことができるかも、と思った」(中澤優子氏、手前はUPQの製品で光るキーボードの「Q-gadget KB01」など)

 そうしたら、ここ1年半くらいで、個人でモノづくりをできる環境が整ってきたんです。スタートアップを応援する仕組みとか、商品を販売できる環境とか。それで、もしかしたら私のやりたいことができるかも、と思ったわけです。

 だから、起業したいとか、ベンチャーという意識はなくて、ただただ、先輩たちが教えてくれた楽しいモノづくりを、私たちの世代の形で実現したかったんです。

【参考記事】広告ブロック技術のShineはネット業界の「核兵器」

加谷 上の世代とか、かつての時代に対する「悔しさ」が、ひとり家電メーカーへの原動力になったわけですね。森さんはどういう経緯で、カスタムオーダーのファッション通販サイトというビジネスを思いついたのですか?

森 僕は地元が岡山なんですが、岡山って縫製が盛んなんです。ジーンズとか、制服とか。家族や親戚や友達のお母さんが繊維メーカーや縫製メーカーで働いているっていう環境でした。

 ただ、僕が中学・高校と進んでいくうちに、どんどん工場がなくなっていったんです。僕の叔父もボブソンに勤めていたんですが、工場が閉鎖になって、希望退職という形でしたが、職を失ってしまいました。

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