百田尚樹はなぜ愛され、なぜ憎まれるのか――特集・百田尚樹現象(1)
ニューズウィーク日本版 / 2019年6月27日 17時0分
それだけではない。参考文献は明記されておらず、インターネット上を中心に、ウィキペディアからのコピペ疑惑、他文献からの盗用などを指摘する声が上がった。例えば、仁徳天皇について書かれた内容が別のメディアに掲載されたものに似ていると指摘を受けて、8版には「真木嘉裕氏の物語風の意訳を参考」という参照元を記した一文が追記されている。版元の幻冬舎が、ミスがあった事実を公表せずに修正を繰り返したことも批判に拍車を掛け、読者への誠実さとは何かが問われる事態になっている。
第3に右派的な歴史観である。百田自身はインタビューで、自らの政治的立ち位置を右派と左派の「真ん中」と語っていたが、それを額面どおりに受け取ることはできない。『日本国紀』には、右派の歴史本でおなじみの南京事件否定論、連合国軍総司令部(GHQ)が実行したウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)によって日本人は洗脳されたという説が登場している。
日本の「素晴らしさ」を語るために、周辺国との比較を持ち出す手法も問題視されている。ベストセラー『応仁の乱』(中公新書、16年)で知られる歴史学者の呉座勇一は、百田の平安時代の描き方について、「中国の影響を脱した純粋な日本文化があったという誤解を生む。紫式部は『白氏文集』など漢籍を愛読し『源氏物語』に多く引用している。日本文化と中国文化を対立的に見るべきではない」(18年12月25日付朝日新聞)と批判する。
ここだけを抽出すると、百田尚樹とはおよそ論じるに値しない人物である。事実、取材時にそのような懸念を示されたことは一度や二度ではない。「言い分を聞く必要はない」「放っておけばやがて消える」──。
3点の批判は非常によく理解できたが、それでも、私に浮かんできたのは「だが......」という思いだった。実際の百田尚樹とはどのような人物で、彼の本が売れるという現象は何を意味しているのか。単純な批判だけでは、答えが全く見えてこない。彼がたたき出してきた部数は、およそマーケティングがうまいというだけでは、さっぱり説明がつかないのだ。
批判だけをしたいならわざわざ取材を重ねるまでもない。机上で完成させることができる。だが、それでは本質には迫れない。
インタビューに応じる百田(5月7日、東京・目黒) HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN
■3時間半のインタビュー
19年5月7日、東京・目黒──。ニューズウィーク日本版の編集部が入る真新しいオフィスビルにある会議室で、百田尚樹は3時間半にわたるインタビューに応じた。それは奇妙な時間だった。現象の中心にいるにもかかわらず、本人にその自覚は全くないのだ。政治的な発言で「影響力」を持ちたいと思ったことはない、とすら語る。
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