【逆説の日本史】「シベリア出兵」が多くの日本人にとって「影が薄い」のはなぜか?
NEWSポストセブン / 2024年10月31日 11時15分
では、なぜ日本はそこまで入れ込んだのかと言えば、そのきっかけはやはり先に述べた「バイカル博士の夢物語」だろう。じつは、その「見果てぬ夢 impossible dream」が叶うかもしれないと思ったからこそ、日本人は狂喜乱舞したのである。しかし、「狂喜乱舞したと言うが、そんな『痕跡』は無い」という反論が返ってくるかもしれない。たしかに「痕跡」は残されていないのだが、それにはちゃんとした理由がある。
ここは歴史を理解するための重要な急所なので、詳しく解説したいと思うが、まずは大前提として、この「夢物語の実現」が当時の日本人にとっていかに魅力的だったか、まさに「当時の人々の気持ち」になってもらうために地図を作成したので、ご覧いただきたい(「ロシア革命〈1917年〉当時のロシア、日本、中国」参照)。
第一印象はどうだろう? ロシアがいかに広大な国であるか、だろう。現在でも中国よりもはるかに大きい(カナダ、アメリカ合衆国に次いで領土面積第4位)世界一広大な国である。『逆説の日本史 第二十六巻 明治激闘編』で詳しく述べたところだが、この広大な国家も二十世紀初頭まではバイカル湖近くにあるウラル山脈によって東西に分断され、国力をじゅうぶんに発揮できなかった。それを解消するために着手されたのが、シベリア鉄道の建設である。
一八九一年(明治24)のシベリア鉄道起工式には、当時皇太子だったニコライ2世が参列している。ちなみに、参列に向かう途中で日本に立ち寄った際に日本人巡査に斬りつけられた(大津事件)わけだが、日本人のロシアへの恐怖がそうせしめたといっても過言では無いだろう。後にロシアは、シベリア鉄道全線開通前に清国を脅して領土内に支線として東清鉄道も建設した。
これで本線まで完成すれば、ヨーロッパ側にあるモスクワやペトログラードなどの大都市から豊富な物資と兵員を東アジア側に送り込むことができる。そうすれば、ロシアは東アジアを完全に征服するかもしれない。そもそもシベリア鉄道の終点ウラジオストクとは、ロシア語で「東方を征服せよ」という意味である。まさに東アジアへの領土的野心をむき出しにした大帝国とどのように折り合いをつけるか。
これもすでに述べたように、戦争という最後の手段には慎重だった伊藤博文は、満韓交換論を持ち出して満洲はロシアの「縄張り」と認めるから代わりに朝鮮半島は日本の「縄張り」と認めてくれ、と申し入れた。しかし日本のことなど歯牙にもかけていなかったロシアは、これを拒否した。ロシア側から見れば、シベリア鉄道さえ完成すれば小国日本がなにを言っても圧倒できる。妥協する必要は無い、と考えたのだろう。
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