高倉健と中国の巨匠チャン・イーモウ監督との出会い
プレジデントオンライン / 2015年2月1日 18時15分
■チャン・イーモウ監督のふたつの映画
高倉健が好きな映画を考えてみると、いくつかの特徴がある。
A 好きな俳優が出ていて、自分の演技の参考になる。『地下室のメロディー』などジャン・ギャバンの映画。『ゴッドファーザー』『ディア・ハンター』などロバート・デニーロの映画
B 愛する人のために立ち上がるシーンがある映画。『運動靴と赤い金魚』
C 新しい方向性を感じさせる映画。『ディープ・インパクト』
そして、この3つを兼ね備えた映画であればなおいい。
チャン・イーモウ監督のふたつの映画、『あの子を探して』と『初恋の来た道』はいずれも上記の3つを満たしている映画だ。この2作はいずれも2000年の公開。後者はチャン・ツィイーが初主演した映画として知られている。
高倉健はチャン・イーモウ監督の作品は『紅いコーリャン』(1987年)からすべて見ていると言っていた。
そして、彼は『あの子を探して』をこう評価している。
「中国の山のなかの『はたしてこれが学校か』というくらい貧しい学校の話。
13歳の女の子が代用教員になって、一生懸命に授業をやる。貧しくて学校をやめちゃう子が多いから、とにかくひとりも生徒を減らすな、と。でも、ひとりの子どもが町へ出かけていなくなってしまう。それを探すストーリーなんだけれど、詳しくは映画を見てください。ここに出てくる学校の先生、生徒、町の人々もプロの俳優じゃありません」
チャン・イーモウ監督は素人を使って映画を作る、上質の映画を作るノーハウを持っていた。それで、高倉健は彼の映画に出ることにしたのだろう。
■体に悪いことを承知でやるのが俳優の仕事
『単騎、千里を走る』。同作は2006年、東宝の作品。日中の合作である。『単騎、千里を走る』は高倉健が出演したなかではあまり評価されていないようだ。公開時は反日デモがあったため、日本国内で中国映画を敬遠する雰囲気があった。そのため、この映画は通常の高倉健映画に比べると観客動員は少ない。
しかし、わたしはこの作品を評価している。高倉健がやりたくてたまらなかったものだからだ。高倉健とチャン監督の間で脚本のやりとりが始まったのは2000年のこと。撮影が始まったのは2005年。時間をかけて脚本を練り直し、そして、完成した映画である。
ロケの舞台は中国雲南省にある麗江だった。標高は2400メートル。高原で空気は乾燥しており、紫外線も強い場所だ。
高倉健はそこへひとりで出かけて行った。マネージャーも付き人も連れて行っていない。中国スタッフのなかに単身、乗り込んでいったのである。
彼はこう語った。
「『単騎、千里を走る』は三国志に由来するもので、中国の仮面劇の演目です。チャン・イーモウ監督から、その題名を聞いた時、僕は『ひとりでどこかへ旅する映画なんだな』とふと想像しました。
途中からスタイリストとヘアーメイクには来てもらいましたが、(麗江へは)ひとりで出かけていきました。題名通り、僕も単騎で撮影に臨んだ方がいいと考えたのです。
最初のうちは目が乾いて困りました。映画俳優という仕事は照明を目に当てられても、まばたきをしてはいけない仕事です。強い紫外線と乾燥した空気に適応するまでに10日間はかかりました。でも、そんなこと言っちゃいけない。体に悪いことを承知でやるのが俳優の仕事なんだから」
本作で、高倉健は漁師の役をやっている。息子は民俗学者(中井貴一 声だけの出演)。息子が病気になり、代わりに父親である高倉健が中国に出かけて、息子が果たせなかった夢を実現しようとする。
■「花のように笑って芝居をするんだ」
前述のようにチャン監督は素人の出演者を上手に使う。
「地方に暮らす人々を描くためには、そこに実際に住む人の心情が映し出されていなくてはいけない」
それがチャン監督の考え方で、同映画に出てくる観光ガイド役のチュー・リンは実際にその仕事をやっている。
高倉健はチュー・リンを可愛がっていた。そして、こんな感想を言っていた。
「チュー・リンにとっては初めての映画出演だから、NGが多かった。だんだん暗い顔になり、そして、またミスも増える。
そんな時でした。
『昼ご飯です』と声がかかった。すると、チュー・リンがほっとして、にこっと笑った。
様子を見ていたチャン監督がチュー・リンに言ったのです。
『そうだ。その笑顔だ。チュー・リン、自然に笑いながらセリフを言え。花のように笑え。花のように笑って芝居をするんだ』
チャン監督はウィットに富んでる人です。
『花のように笑え』……。
素人を導いていく時には言葉が重要なんです。まさにあの瞬間、言葉の力を感じました」
わたしが聞いた限り、チュー・リンは高倉健を神とあがめて、どこへ行く時も彼を先導していた。
しかし、わたしをガイドするときにはまったく普通の人で、あまり先導してくれなかった。敏腕ガイドという印象はない。だが、同作には人の良さそうなチュー・リンの笑顔がたくさん映っている。(文中敬称略)
(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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