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新国立競技場に学ぶ、失敗プロジェクトの4大原因

プレジデントオンライン / 2015年10月28日 11時15分

■企業のマネジャーが呆れる“お粗末”さ

「どっか下がるとこないの? と、私も聞きたい。『安藤さんが総工費を決めた』みたいに言われて。こんな大きなもの造ったことないですからね」

建て替え費用の試算額が膨らみつづけて大騒ぎとなった新国立競技場の問題。建築家の安藤忠雄氏は7月16日に記者会見を開き、自分はデザイン案を選んだだけで、費用については相談されなかったと語った。翌日、安倍晋三総理大臣が「計画を白紙に戻す」と見直しを発表したのはご存じの通り。

その見直しに至るまでの経緯を、振り返ってみよう。

文部科学省から国立競技場の管理運営業務を請け負っている独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が、建設計画に盛り込む施設の概要をまとめたのは、3年前の2012年7月。その有識者会議で、ラグビーやサッカーなどの競技団体、コンサートで利用する音楽業界などから出た要望は128項目あった。8万人分の客席、開閉式屋根などの高額な総工費につながる設備も含まれていたが、各方面からの要望を丸呑みにした格好だ。もともとJSCは運営が専門で、ゼロからの施設づくりは経験がないという。

同年11月、安藤氏を審査委員長とするデザインコンクールが開かれ“アンビルト(実現しない建築)の女王”ことザハ・ハディド氏の作品が最優秀賞に選ばれる。ところが、図面や仕様を決める基本設計に進むと、総工費が計画の3倍近い3462億円に膨らむ、という試算が出た。

13年9月に東京オリンピック開催が決まり、JSCは当初計画の事業費1300億円に近づけようと試算をつづけたが、今年1月には総工費が3088億円かかるうえに、完成目標の19年3月には間に合いそうもないと判明。

ここから、各メディアで批判の声が高まってくる。

「民間企業のプロジェクトマネジャーたちは、今回の騒動を見て『何をやっているんだ、しっかりしてくれよ』と呆れているのでないでしょうか」

開発チームの生産性向上に30年近く取り組んできた経験から、そう語るのはインパクト・コンサルティング代表取締役の倉益幸弘氏だ。同社のコンサルテーション「インパクト・メソッド」は、これまでトヨタ、キヤノンをはじめとする200社以上が導入し、延べ1万5000人以上の開発マネジャーや技術者が経験したという。

「開発プロジェクトではクオリティー、コスト、デリバリーのQCDでそれぞれ目標を設定し、その達成度を測るのが基本中の基本です。民間企業のプロジェクトで、もしコストが計画の3倍近くに膨らんだら、責任者のクビが飛んでもおかしくありません」

総事業費が数千億円規模のプラント建設、世界で数百万台を販売する自動車の開発でも同じだ。

ここでいうクオリティー(Q)にはスペック、技術レベル、品質などいくつもの要素があり、プロジェクトごとに目標が設定される。人件費を含めたコスト(C)、工期や納期を示すデリバリー(D)も同様で、倉益氏も「当初の狙い通りに、完璧に進んだプロジェクトは見たことがない」というほど、QCDすべての目標を達成するのは至難の業だ。

しかし目標未達にも限度があるだろう。新国立競技場の場合、ザハ・ハディド氏の斬新なデザインを実現し、128項目の要望を満たせばクオリティーは目標達成となる。一方、20年の東京オリンピック開催までに完成させるというデリバリーは厳守。そうなると、QCDの残る一つであるコストが目標から大幅に外れて膨らんでしまう可能性は高い。ここで多くの税金が投入されてしまうことは問題だ。

■初めから細部まで検討しているか

「企業の開発プロジェクトでも、似たことは起こります。初めにプロジェクトの細部まで検討していないと、進行が場あたり的になり、トラブルが多発する。スケジューリングも大雑把なうえにトラブル対応に追われたら、時間はどんどん足りなくなる。そうなれば、人手を増やすなど新たなリソースを投入するしかなくなり、コスト増大に陥ります」

トラブルは、特にプロジェクトの後半になって増えてくる。そのようなプロジェクトの工数は、図の青色で示すように、納期が近づくにつれて急カーブを描くように増えていく。

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課題を前倒ししておくとコストも抑えられる

例えば、徹夜の連続で乗り切ろうとする状況を想像するとわかりやすいだろう。納期直前になってバタバタすれば、工数は切り立った崖のように急増していく。全体のコストは膨れ、倉益氏が「工数絶壁型」と呼ぶ状況に招いてしまうのである。

成功するプロジェクトは対照的に、むしろ開発期間の前半にリソースを投入していく。前述の図に緑色で示すように、初めのほうにピークを持ってくることで、全体の工数を示す面積は青色に比べて少なくなる。

このような仕事の進め方は「フロントローディング」と呼ばれ、特に“段取り”が重視される。

「早い段階で、プロジェクトが突き当たるであろう課題を割り出し、先まわりして対策を打つ。それによってトラブルを回避し、ロスを減らします」

■撤退の原因は組織の個人商店化

図を拡大
新国立競技場 建設工費関連年表

新国立競技場のプロジェクトは、どこに問題があったのか。倉益氏は4つのポイントを挙げる。

1つめは「リーダーの不在」。新国立競技場の建設では文部科学省、JSC、デザインコンクール審査委員会など、複数の組織が関わり、プロジェクト全体について意思決定ができる責任者はいなかった。そのため最終決断は、企業でいえば社長にあたる総理大臣にまで持ち越された。

企業では通常、プロジェクトマネジャーがリーダー役だが、倉益氏は「マネジャーにその自覚がなければ、リーダー不在と変わらない」という。

2つめは「曖昧な目標」。目標設定が甘く、仮に目標はあっても達成意欲が低い状態だ。今回の件でいえば、1300億円という当初のコスト目標は置き去りにされた形だ。

3つめは「全体観の欠如」。倉益氏によれば、業務の担当が細かく分けられると、プロジェクト全体を捉える意識が薄れ、大きな目標を見失ってしまうことがあるという。

安藤忠雄氏は記者会見で、「私たちが頼まれたのはデザインの選定まで」「(基本設計以降に)アイデアに対する質問にはお答えすることになっておりましたけど、いっさい質問はありませんでした」と言うが、デザイン、各組織で全体観を捉える意識が弱かったとも考えられる。

企業のプロジェクトチームでいえば、1つの業務を1人のメンバーに任せることが多い。いったん業務が割り振られると、他人の業務は見えにくくなる。インパクト・メソッドではこのような状況を「個人商店化」と呼ぶ。

「個人商店化が進むと、仕事を割り振ったマネジャーでさえ、1人ひとりの業務について品質や進捗が把握できないことがある。スケジュールが遅れる原因になります」

4つめのポイントは「コミュニケーション不全」。倉益氏によれば、職場の理想的なコミュニケーションは、メンバー同士が業務の垣根を越えて意見を出し合うことだという。隠れた問題、課題を捉えて見える化していく未来志向の議論で、「段取りコミュニケーション」と呼ぶ。

新国立競技場の機能を決めたJSCの有識者会議では、出席者は自分が属する団体の要望を訴えるだけで、求められる機能と工期、コストのバランスまで全員でチェックする意識が不足していたのではないか。

「リーダー不在は曖昧な目標、全体観の欠如などの問題を生みますが、その背景にチームがコミュニケーション不全に陥っていることがよくあります」

■プロジェクト成功率の高い職場の特徴

コミュニケーションがよく、自由に意見を言い合える職場では、曖昧な目標や全体観の欠如はなくなり、プロジェクトの成功率が高まる。しかし、そのような未来志向の議論を仕かけられるリーダーは少ない。倉益氏はその理由として「コミュニケーションの質が変わった」と話す。

職場にまだパソコンがなかった時代は、上司と部下は対話を中心に、アナログのコミュニケーションで意思疎通を図っていた。しかし、1990年代半ばから業務で電子メールが使われるようになると、一方通行の指示や報告が増え、対面型のコミュニケーションは明らかに減ってきた。

そのような状況では、部下は指示された業務の中身を理解することなく着手し、途中で迷いが生じたり、ゴールを見失ったりすることが多い。接する機会も少ないのでマネジャーはそのことに気づかないまま、実績だけを管理して指示を出しつづける。職場でメンタルの不調を訴えるメンバーが増えたのも、職場のIT化が進み、コミュニケーション不全が広まってきたのと無関係ではないだろう。

これは人材育成にもかかわる問題だ。「若手社員が育たない」「成長が遅い」といった上司の嘆きもよく聞かれるが、コミュニケーション不全に陥れば、業務に必要な知識とノウハウの伝達は当然減っていく。社員の継続的な成長は高いレベルのコミュニケーションによって支えられている。いまや「俺の背中を見て育て」では、スピードが追いつかない時代だ。実際の業務を進めながら上司、先輩、同僚と対話や議論を繰り返すことの育成効果は大きい。

「段取りコミュニケーションは、プロジェクトを成功させるだけでなく、社員の成長を促す場でもある。チームワークを体感すれば、仲間と未知の業務に挑戦する意欲も湧き、新しいスキル獲得への意欲が生まれます。個人も成長し、組織も成長します」

安倍総理の白紙撤回宣言から4日後、遠藤利明五輪担当大臣をトップとする関係閣僚会議が発足した。遠藤大臣は就任後、「新国立競技場は世界最高水準の施設として、日本の先端技術のショーケースとして発信したい」と語った。大臣が組織間のコミュニケーション不全を解消し、プロジェクトを成功させれば、日本の高い技術を世界に示す機会になる。日本人にとって、経済の停滞によって失われた自信を取り戻すきっかけになるだろう。

(Top Communication)

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