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日銀の"ETF購入"が終われば株高は終わる

プレジデントオンライン / 2017年11月9日 9時15分

来春、5年の任期を迎える黒田東彦日銀総裁の続投観測が支配的になってきた。そんな中、日銀は10月31日に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で2017年度の物価見通しを引き下げ、デフレ脱却の道のりが一段と厳しくなっている。一方、日本株高が進む中で、緩和手段の一つである「年間約6兆円のETF(上場投資信託)の買い入れ」については「官製相場」との批判が強く、縮小観測も浮上している。「2期目」に備える黒田日銀は、難しい課題を背負いながら、出口へ向けた舵取りを迫られている。

■安倍の高評価と黒田の自信

「経済や金融市場の現実を把握する能力と理論的な分析能力も必要だ。国際的なヒューマンネットワークも必要となってきた」

10月31日に開かれた金融政策決定会合後の記者会見で、日銀総裁に必要な資質について問われた黒田は3つの要件を示した。

かつて財務省の財務官として国際金融の舞台で活躍、金融学者レベルの理論家として知られ、主要な金融関係者とグロ―バルな人脈を持つ黒田自身のことを示唆していると受け止めた金融関係者は多い。このところ記者会見でいら立ちや、自信の揺らぎを示すこともあった黒田だが、この日の記者会見では、落ち着きと自信を取り戻していた。

黒田の発言と呼応するかのように、首相の安倍晋三も翌日の11月1日の記者会見で、次期総裁人事は「まったくの白紙」としながらも、黒田について「手腕を信頼している。金融政策は任せている」と高く評価、続投の意向をにじませた。

衆院選での安倍の圧勝がマスコミの世論調査で示され始めた10月初旬から、日経平均株価(225種)の上昇トレンドは、一段と鮮明になった。その背景には、安倍の政権基盤の安定化で、黒田の日銀総裁続投の可能性が高まり、現在の金融緩和路線が維持されるとの期待が市場に広がったことがある。

■いまだ描けぬデフレ脱却の道筋

異次元緩和によって過度な円高を是正した黒田日銀が、雇用の改善と株高に貢献し、安倍の長期政権を支える役割を果たしたことは、間違いないだろう。しかし、黒田と安倍が政策目標として掲げた2%の物価上昇への道は遠く、日本経済に巣くうデフレという病からは脱却の道筋が描けないままだ。

日銀が10月31日に公表した展望リポートで、2017年度の物価見通しを従来の1.1%から0.8%に引き下げた。これまで繰り返し、先送りを続けていた物価上昇率2%の達成時期は「19年度ごろ」を維持したが、デフレ脱却への道が厳しいことが、あらためて示された格好だ。

日銀は、2017年度の物価見通しが下振れた点について、携帯電話や通信料の引き下げという一時的な要因に加えて、「賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業や家計に 根強く残っていることが影響している」と説明している。日銀は、こうしたデフレ心理に引きずられて物価が改善しない状況を「適合的な期待形成」と呼んでいる。

日銀は、円安による輸入製品の仕入価格の上昇、マクロ的な需給ギャップの改善を受けて、賃金の改善も促され、2019年度には、デフレ脱却が実現するとのシナリオを維持している。しかし、需給ギャップの改善は、すでに進んでいる。にもかかわらず、2017年度には実現しなかった企業の価格設定行動の変化が、2019年度にかけて実現し、急速に「適合的な期待形成」が解消され、デフレ脱却がなぜ実現するのか。この点を黒田日銀は明確に説明できていない。

■日銀のETF購入で日経平均株価は死んだ

金融関係者の中には「企業はIT化やビッグデータの活用などで、在庫管理等の手法が格段に改善、実際には、大幅に需要が改善しても、現在の人員や設備で対応できると考えているのではないか。企業は、みかけ以上に供給余力がある可能性がある」との指摘もある。

技術革新の結果、企業は、これまで違うレベルで供給体制を維持することが可能になり、労働需給や、設備投資のサイクルがグローバルな規模で変化しつつあるのではないかとの分析だ。一足先に、緩和の出口に進んだ米国も、消費者物価の上昇率は1%台後半で、決して高水準で推移しているわけではない。

黒田は31日の記者会見で「(賃上げに向けて)労使の前向きな取り組みを強く期待している」と指摘、首相の安倍も10月26日の経済財政諮問会議で3%の賃上げを求めており、好調な企業業績を背景に、政府と日銀がデフレ脱却に向け産業界に賃上げを求めた格好だ。

しかし、企業の供給力の変化を前提にすると、こうした「官製賃上げ要請」が、想定通りに経営者を動かせるのかどうかには、疑問が残る。

一方、日銀が緩和の手段の一つとして導入しているETFの購入については、株高が進む中で、必要性に疑問符が付き始めている。日銀が日経225(225銘柄で構成された日経平均株価のこと)をベースに組成されたETFを軸に年6兆円規模の購入を進めため、日経225を構成している銘柄の株価が、他の銘柄と比べて顕著に上昇するひずみも生まれ、市場関係者の間で「日経225が日本株のトレンドを示す指標性を失っている」との声も出ていた。

黒田は31日の記者会見でETFの購入について、リスクプレミアムの縮減という目的を説明した上で、「現時点では市場の時価総額の3%程度の保有で大きなリスクがあるとは考えていない」と指摘、購入を継続する姿勢を示した。

日銀が年6兆円の購入方針を維持することで、年末までに、追加で1兆円のETFの購入が進むことになる。ただ、6兆円には「約」という言葉が付与されており、一定の幅があり、実際の購入規模は、変化するかもしれない。さらに近いタイミングで、購入のスピードを落とす政策変更を実施する可能性もある。

例えば、年6兆円の規模の購入を維持すると表明しつつ、5年~10年間で実施するなど購入時期に幅を持たせて、買い入れを柔軟に実施する政策変更を導入する可能性も出てくるだろう。

米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)はすでに量的緩和の出口に向けて動き出している。これは、日銀が、現状の金融政策を維持しているだけで、為替相場が円安に振れやすい状況であることを意味している。さらに日本の企業業績は大幅に改善している。黒田日銀にとっては、極めて居心地の良い経済状況だろう。

■すでに異次元緩和の手じまいモードに

こうした中で、黒田日銀は、出口に向けた地ならしを徐々に進めている。かつてないスケールで実施された金融緩和には、副作用も想定され、正常化に向けて綿密なシナリオを用意しておく必要がある。

異次元緩和の本丸である国債の購入は年80兆円の目標が掲げられているが、足元では年60兆円程度まで、ペースを落としている。

昨年9月に長期金利を0パーセント程度に誘導する目標を導入した段階で、緩和の事実上の縮小が進む道筋が付けられており、黒田日銀は、すでに異次元緩和の手じまいモードに入っていると言えよう。長期金利は、政府の国債発行の量に大きな影響を受けるため、日銀が長期金利の誘導目標を設定した段階で、金融政策の主軸について、政府に下駄を預けたに等しく、異次元と称された日銀の国債買い入れの量は、縮小に向かっているのが現状だ。ETFの買い入れについても、弾力的な措置の中で、規模の縮小に向かって舵が切られる可能性もある。

ただ、デフレ脱却は、依然として重い課題であり続ける。北朝鮮問題などの地政学的なリスクも、懸念材料だ。突然の経済危機が訪れた時に、日銀が導入できる景気刺激策は極めて限られている。黒田日銀が2期目に入っても、待っているのは難しい環境の中で異次元緩和の出口を探る、いばらの道なのだ。(文中敬称略)

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小野展克(おの・のぶかつ)
名古屋外国語大学教授。1965年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部社会学専攻卒。89年共同通信社入社。日銀キャップ、経済部次長などを歴任。嘉悦大学教授を経て、2017年より名古屋外国語大学教授、世界共生学科長。博士(経営管理)(2016年)。著書に「黒田日銀 最後の賭け」(文春新書)、「JAL 虚構の再生」(講談社文庫)、「企業復活」(講談社)などがある。

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(名古屋外国語大学教授 小野 展克)

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