仕事をする時間は"1日4時間"に絞るべき
プレジデントオンライン / 2018年9月17日 11時15分
■HRテクノロジーは働き方をどう変えるか
IoT、ビッグデータ、AI、ロボットといったテクノロジーの進化により、あらゆる産業において効率化や高付加価値化が起こりつつあります。「第4次産業革命」と呼ばれるこの動きは、従業員の働き方や企業における人材マネジメントにも変革を促します。
これまで人間が担ってきた単純作業などの付加価値の低い仕事は、AIやロボット等で代替できるようになり、人間は人間にしかできない、より付加価値の高い仕事を担うことが求められるようになります。こうした人材のシフトを支えるのが、「HRテクノロジー」(人的資源=Human Resourcesに適用するテクノロジー、以下HRテック)です。世界の先進企業は、従業員や組織の生産性を高め、さらには強い企業文化をつくるためにHRテックを活用しています。
HRテックにはさまざまなツールがありますが、図のように整理することができます。ピラミッドの一番上はタレント、すなわち人材です。個々の人材を、それぞれのスキルや経験など、さまざまなデータに基づいてマネジメントすることを「タレントマネジメント」と言います。
■優秀な人材を企業が獲得・育成・活用していく
欧米企業ではタレントマネジメントはすでに当たり前に行われており、最近はさらに、組織やチームのパフォーマンスを最大化できるよう、マネジャーがメンバーの行動データを基にマネジメントする「パフォーマンスマネジメント」が注目を集めています。また、企業全体の文化を変えて従業員の「エンゲージメント」を高める取り組みも行われつつあります。従来、従業員サーベイは年に1~2回程度でしたが、テクノロジーの進化で頻繁にデータの収集・分析ができるようになり、より短いサイクルで改善することが可能になっています。
一番下は、企業全体を支えるシステム等のプラットフォームです。ここでは、人材に関するデータを分析し、そこから得られたアウトプットを経営や人事に活かす「ピープルアナリティクス」が行われています。欧米では、これらの取り組みをすべて行い、企業全体を変革する「トランスフォーメーション」を進める企業が多くなっています。
これまで人材マネジメントの領域では、人間という複雑な存在を扱うため、経験や勘に頼らざるをえない部分が多くありましたが、HRテックを活用することにより、判断の確実性が高まります。今後さらに研究が進めば、ハイパフォーマーに必要な資質・教育・経験なども明らかになるでしょう。そうした優秀な人材を企業が獲得・育成・活用していくうえで、HRテックは必要不可欠なツールと言えます。
■日本は欧米より、20~30年も遅れている
HRテックを活用して生産性向上を追求する欧米企業の動きに比べると、日本企業はだいぶ後れを取っています。その背景には、労働生産性に対する考え方の違いがあると思います。それは、日本における「働き方改革」の議論が残業時間や有給休暇の消化などに偏っていることにも関係しています。
私は1990年代に3つの外資系企業で働いた経験がありますが、すでに当時から欧米企業では残業の概念がなく、社員は1日7~8時間働いて、有給休暇も当たり前のように取得しており、有休消化率という概念すらありませんでした。
私が外資系企業で意識づけされたのは、「何時間働くか」ではなく、「勤務時間に対するアウトプットをどれだけ最大化するか」ということでした。その経験からすると、今、日本で議論されている働き方改革の議論は、欧米よりも20~30年遅れていると思います。
■同じ時間働いて1億円稼げる人は何が違うか
日本企業は合理性よりも、とにかく頑張ることによって戦後の経済成長を実現してきました。産業の中心だった量産型の製造業では、労働生産性が「定数」、すなわち誰がやっても時間当たりの生産性が変わらない仕事が多く、長時間働けば働くほどアウトプットが増えたためです。
一方、欧米では70~80年代に製造業がボロボロになったため、サービス業がメインの産業構造へとシフトしました。サービス業は製造業と違い、長時間働いたからといってアウトプットが増えるとは限りません。しかも、プロスポーツや芸能界などでは典型的ですが、同じ時間働いて1億円稼げる人もいれば、1000万円しか稼げない人もいます。つまり、労働生産性が「変数」化したのです。この変化を機に、働き方も時間重視から生産性重視へと徐々に変化していきました。
日本でも90年代以降、製造業が次々に海外に流出していきました。本来は、そのタイミングで時間を基本にした働き方から生産性を基本にした働き方へ変える必要があったのですが、いまだにかつての量産型製造業時代の働き方を続けているのが現状です。そのために、依然として残業時間や有休消化率などが議論の中心になっているのです。
また、日本型雇用慣行として今も残っている年功序列や終身雇用なども、生産性の観点からすると、現状にそぐわない制度と言えます。かつてのように、将来にわたって同じビジネスが続くのであれば、経験を積んだほうが有利かもしれません。
しかし、今日のように激変する環境の中で新たなビジネスが求められる状況では、過去の経験がむしろ邪魔になることもありえます。こうしてみると、日本企業は人材マネジメントを生産性の観点から論理的に考えるところが弱いと言えます。
HRテックの導入は、こうした日本企業の量産型製造業時代の働き方を、欧米並みに変革できるチャンスではないかと思います。HRテックを導入すると人材マネジメントに関するあらゆることがデータ化・分析されるため、合理的ではない部分が明らかになり、人材マネジメントの考え方を見直すきっかけになるからです。
日本企業の場合、HRテックの導入は部分的に進んでいます。特に導入しやすいのが、採用や研修などのように人手がかかり、一定の予算が確保されている分野です。こうした分野で導入すれば、業務を効率化でき確実に成果が上がるため、それによって徐々にほかの領域にもHRテックの導入が広がっていくでしょう。
■プロスポーツ選手が、高い成果を発揮できる理由
HRテックが浸透することによって、従業員の働き方はどのように変わっていくでしょうか。前述の通り、単純作業などのパターン化できる仕事はAIやロボットに任せて、人間はより高付加価値の仕事を担うようになります。
メガネメーカーのジンズが集中力を測定するメガネを開発しましたが、その測定データを分析したところ、人が1日のうちで集中できる時間は最大でも4時間程度だそうです。そうだとすれば、仕事をする時間は1日4時間程度でいいのかもしれません。その時間は、とにかく集中して高いパフォーマンスを発揮するのです。そのために、それ以外の時間は遊んだり、休んだり、人と会ったりするなどして、仕事のウオーミングアップのために使います。
この働き方は、プロスポーツの世界と似ています。例えば、野球の試合は2~3時間、相撲に至っては数十秒です。しかし、その時間に最大のパフォーマンスを発揮するために、ウオーミングアップや健康管理などの準備に多くの時間を費やしています。これからは、ビジネスパーソンにも、プロスポーツ選手のような働き方が求められるようになるかもしれません。
別の観点から言えば、「x(クロス)テック」という言葉があるように、今や、あらゆる分野でテクノロジーが活かせる可能性があります。自分の業務にテクノロジーをどう活かせば価値を創出できるか。それを考えられるだけのテクノロジーリテラシーを身につけることも、これからのビジネスパーソンには必要ではないでしょうか。
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慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特任教授
東京大学工学部卒。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科Ph.D.。日本モトローラ、ノキア・ジャパン、ドリームインキュベータ等を経て、2012年より現職。「産業プロデュース論」を専門領域として、新産業創出に関わる研究を実施。
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(慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授 岩本 隆 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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