日本はいつまで"寒い家"を押し付けるのか

プレジデントオンライン / 2019年3月8日 9時15分

低断熱・低気密住宅で石油ストーブによる採暖を行っている室内の熱画像。温度が高いのはストーブの近くだけだ。(撮影=前 真之)

「家が寒い」のは仕方がないことだろうか。東京大学大学院で建築環境工学を研究している前真之准教授は「日本の家には断熱・気密性能が決定的に不足している。この2つを向上させなければ、暖房設備を充実させてもエネルギーの無駄遣いになってしまう。人生最大の買い物である住宅においても、車や電化製品と同じように性能を重視してほしい」と提案する――。

■「日本の住宅」の寒さは必ず解決できる

毎年秋が深まるたびに、日本の各地では住まいの冬支度がはじめられる。押し入れや物置にしまってあったストーブを引っ張り出して、ガスや石油を燃やして家を温める。ストーブは近寄って暖をとっている間は暖かいが、ちょっとでも離れると寒くなり、燃料の燃える匂いが室内に立ち込める。窓や床の隙間からは冷気がひっきりなしに侵入してきて足元は冷え込み、窓枠には結露がビッシリ……。

こうした不快な冬の室内環境を、多くの日本人は何か避けることのできない運命かのように、深く考えずに許容してしまっている。「冬は寒くて当たり前」「我慢して春の訪れを待とう」というわけだ。

ところが最近になって冬の劣悪な室内環境が、数々の問題をもたらすことが分かってきた。単に不快なだけでなく健康にも大きな悪影響があり、暖房にかかる燃料費は家計を圧迫する。エネルギーの浪費は日本の貿易収支を悪化させるし、排出されるCO2は地球環境に悪影響を与える。我慢は単なる問題の先送りにすぎない。日本の住宅の室内環境はきちんと解決しなければならない重大な課題であり、そして幸いなことにその解決法は明らかになっているのである。

■暖房設備よりも「建物そのものの性能」が重要

近年になって冬の室内環境の問題は、建物の力で解決できることが数々の実証を通して明らかになった。日本の家には、快適な室内環境を形成するのに不可欠な「断熱」と「気密」という2つの性能が、決定的に不足していたのである。断熱性能が足りないために、窓や壁から熱がどんどん逃げてしまうため、暖房に必要な熱負荷が増大し暖房費が高くなる。気密性能が足りないために、冷たく重たい外気が建物下部から室内に侵入し、暖房で温めて軽くなった室内の暖気が建物上部から漏れ出てしまう。

部屋が寒いとなると、どうしても熱を室内に送り込む「暖房設備」そのものに目がいってしまいがちだ。しかし、建物の断熱・気密性能を向上させなければ、決して快適な室内環境は作れないし、暖房のエネルギー消費が垂れ流しとなってしまう。最優先で確保しなければならないのは、「建物そのものの性能」なのである。

■人生最大の買い物で重視すべき「性能」

建物の断熱・気密性能を十分に向上させると、ごくわずかな熱で室内全体を穏やかに暖かく保つことが可能となる。快適性と省エネ性を高い次元で確保するには、まず建物そのものの性能アップを避けて通ることはできないのだ。

不幸なことに日本においては、「建物そのものの性能」という考え方が普及していない。住宅の価値を決めているものは、デザインや使っている素材、プランニングや立地の利便性など。車や電化製品については、パワーの大きさや燃費といった性能が数値化されて明示化され、選択の際に大いに参考にされている。人生最大の買い物である住宅においても、今後は性能が重視されるようになるのは当然といえよう。

断熱・気密の性能が確保された住宅の室内。温度ムラがほとんどない快適な環境が形成されている。(撮影=前真之)

住宅の性能を向上させれば、快適な温熱環境が少ないエネルギー消費で実現できることは、数多くの実証で裏付けられている。地球環境問題が深刻化し、温暖化ガス抑制を目指して2015年にはパリ協定が採択された。これを受けて国土交通省は住宅において2030年までにCO2排出量を39%減、エネルギー消費を27%削減する計画を立てている。

この省エネ・省CO2目標達成の目玉として挙げられていたのが、「2020年省エネ基準適合義務化」であった。建物そのもの及び設備に一定以上の性能を求めるものであったが、1月18日の社会資本整備審議会第18回建築環境部会で、住宅において義務化は行わないという結論が出されてしまった。

■住宅の省エネはペイしないのか

義務化を行わない理由として国交省が挙げていたのが、「住宅の省エネはコストパフォーマンスが悪く、施主に強制はできない」というもの。国交省の資料(建築環境部会「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方について」(第二次報告案)参考資料)では、建物性能向上にかかるコストが、暖房費削減により何年で元がとれるかを示す試算がされているが、戸建住宅ではペイバックタイムが22年~44年と非常に長くなってしまっている。

たしかに、現状では冬の暖房にかかる燃料代はそれほど多いとは言えない。総務省統計局の「家計調査報告」によれば、2018年における二人以上の世帯における消費支出の全国平均は32.9万円であり、そのうち光熱・水道は2.2万程度。さらに資源エネルギー庁の「エネルギー白書2018」によると、住宅全体のエネルギーに占める暖房の割合は4分の1程度だ。北海道や東北などの寒冷な地域ではともかくとして、全国平均では暖房の燃料費はさして大きな支出といえないのが現状である。

(画像=「エネルギー白書2018」より)

■「室内が寒いこと」は健康に悪影響がある

国は省エネ・省CO2を推し進めているが、その中でも優先されているのはLED照明や高効率給湯機など、コストパフォーマンスが高い施策だ。建物そのものの性能向上に大きなメリットがあるのは間違いないが、省エネという意味では優先順位が高くないのが現実である。こうした中で、従来の省エネの視点ではなく、健康の視点から見直す動きが出てきている。

最近になって冬の室内温熱環境に関する調査研究が急速に進み、室内が寒いということは単に不快というだけでなく、住民の健康にはっきりとした影響があることが明らかになってきている。国土交通省などが進めている「スマートウェルネス住宅等推進事業」では、寒い家と暖かい家それぞれに住む住民の健康調査の報告として、以下の影響を述べている。

1. 室温が年間を通じて安定している住宅では、居住者の血圧の季節差が顕著に小さい。
2. 居住者の血圧は、部屋間の温度差が大きく床近傍の室温が低い住宅で、有意に高い。
3. 断熱改修後に、居住者の起床時の最高血圧が有意に低下。
4. 室温が低い家では、コレステロール値が基準範囲を超える人、心電図の異常所見がある人が有意に多い。
5. 就寝前の室温が低い住宅ほど、過活動膀胱症状を有する人が有意に多い。断熱改修後に就寝前居間室温が上昇した住宅では、過活動膀胱症状が有意に緩和。
6. 床近傍の室温が低い住宅では、様々な疾病・症状を有する人が有意に多い。
7. 断熱改修に伴う室温上昇によって暖房習慣が変化した住宅では、住宅内身体活動時間が有意に増加

出典:断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)

■快適な室内環境の確保は「義務」

寒い家は健康に悪影響があり、暖かい家は健康や活動に好影響があることが、大規模な調査からハッキリ示されたことには大きな意義がある。

筆者自身は、家の質においては、日々の生活が楽しいことが肝心だと考えるので、快適性を中心に議論をしたいところであるが、日本では「快適な環境はゼイタクである」という固定観念が、高齢者を中心に依然根強い。国民の健康増進や医療費低減の意味合いからも、「快適な室内環境の確保は義務」という発想の転換が求められている。

先の「性能確保はコスパが悪い」という話も、住民が燃料費を許容できる範囲に暖房を我慢している、と解釈することもできる。住民が望むままに暖房を使えば、とても現状のような燃料費では済まない。燃料費の現状だけで議論していてはダメなのであり、本来望ましい居住環境をリーズナブルな燃料費で実現するのに必要な、建物の性能をまず議論すべきなのではないだろうか。

■暑さ寒さは建物の性能で克服できる

2020年の住宅における省エネ基準の適合義務化が流されたことは、住宅に関わる人々にさまざまな反響をもたらしている。筆者個人としては義務化がなされないことは甚だ残念であるが、一方でわれわれは個人の思想や選択が尊重される、自由主義社会に暮らしていることも理解している。

公共の福利に反しない限り各々の自由は最大限尊重される以上、本来は国の規制は最小限であることが望ましい。そうなると国の施策に過剰に期待するよりも、みんなが主体的に質の高い生活を追求することこそが最も重要ではないだろうか。国民一人ひとりの意識的な行動と選択こそが、社会を望ましい方向に変えていくのである。

これから家を建てる人には何よりまず、「寒さや暑さは建物の性能で克服できる」という確たる事実を知って、質の高い快適で健康な住環境をどんどん追求してほしい。問題の先送りにつながりかねない我慢は禁物である。

そして建物性能確保の技術自体はすでに確立しているのだから、高性能な家をちゃんと建ててくれる、勉強熱心で真摯な設計者・施工者を探していただきたい。筆者は各地でそうした素晴らしい住宅の造り手をたくさん知っている。きっと、あなたの住んでいる地域にも見つかるはずだ。

■住宅は「住む人の生活」のためにある

誰にどんな家を建ててもらうのか。そのチョイスがあなたや家族の生活に大きな影響をもたらすのは当然である。そして優れた性能の家は、次の世代に引き継げる資産となる。質の高い家造りが広がることは、個人の人生だけでなく、地域や日本にも好循環をもたらすのである。

日本において、住宅は建てる側・産業側の立場から論じられることが多い。しかし、住宅の本来果たすべき役割は、日本の津々浦々で人々が幸せに暮らす器の役割を果たすことであるはず。住む人の生活の質を高めることができる質の高い器を、すべての人が手に入れることができる日が、一日も早く来ることを期待したい。

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前 真之(まえ・まさゆき)
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 准教授
1975年生まれ。2003年に東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員として建築研究所に勤務。2004年4月より独立行政法人建築研究所研究員、同年10月より東京大学大学院東京電力寄付講座客員助教授。2008年4月より現職。博士(工学)。専門分野は建築環境工学、研究テーマは住宅のエネルギー消費全般。著書に『エコハウスのウソ』(日経BP社)。

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(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 准教授 前 真之 撮影=前 真之)

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