家賃7万を滞納する55歳離婚女性の事情
プレジデントオンライン / 2019年3月14日 9時15分
※本稿は、太田垣章子『家賃滞納という貧困』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■7万円の家賃、滞納額は30万円
「まただ……」
森山玲子さん(55歳)は、ファミレスのシフト表を見て、大きなため息をつきました。
今月のシフトを見る限り、収入は10万円にも届かないはず。このままではまた家賃が払えません。滞納額は減るどころか、増えるばかりです。もっと働かせてと店長にお願いしますが、店自体の売り上げが上がらないから仕方がないとのこと。50歳を超えると、そうそう働ける場所もなくいつも頭の中はお金のことばかり計算してしまいます。
7万円の家賃を払ったり払えなかったり、もう半年以上そんな状況が続いています。滞納額は、すでに30万円。もっと安い部屋に引っ越ししたくても、初期費用と引っ越し費用が払えません。とはいえ、このままでは滞納額が毎月どんどん増える一方であることは目に見えていました。
■3人の子どもを見ると自分自身が情けなくなる
玲子さんは、シングルマザー。3人の子どもを女手一つで育ててきました。子どもたちは皆成人し、今はそれぞれの生活を営んでいます。
いちばん上の長男は高校卒業後、就職。引っ越し業者で働いています。すでに結婚していて夫婦共働き。働き者の奥さんで、助かっているようです。長女は奨学金で看護学校に進み、小さな頃から憧れていた看護師になりました。仕事上、不規則な生活を送っているようです。しばらく連絡がありませんが、きっと忙しいのでしょう。次女も非正規雇用ながら、働いています。収入は低いみたいだけど、ひとり暮らしを彼女なりに満喫している様子です。
苦労して育てた子どもたちが道を踏み外すことなくきちんと自立し、それぞれ頑張っていることは本当に嬉しい。けれどもその分、自分自身の現状がもどかしくて、情けなくて、どうしようもなく絶望的な気分になってしまうのです。
「ずっとギリギリの生活だったんです」
一生懸命に生きてきたのに、どうしてこんなに苦しい生活ばかりを強いられるのでしょうか? ほとんど恋愛経験もないままに結婚して、立て続けに3人のお母さんになって、子育てに追われているうちに、夫は去り、気がついたらシングルマザーになっていました。
離婚した元夫は養育費をきちんと払ってはくれず、家族4人で生きていくためにはとにかく働くしかありませんでした。もちろん母子手当は支給されましたが、昼はビルの掃除をし、夜は居酒屋で働いて得たお金を合わせても、ギリギリの生活だったんです。
でも、子どもたちは本当によく頑張ってくれましたよ。
いちばん上のお兄ちゃんは、中学に入ったころからアルバイトをして家計にお金をいれてくれました。お小遣いをせがんだことなど一度もありません。自分のアルバイトのお金ですべてをやりくりするしっかり者で、妹たちの修学旅行の費用の一部も負担してくれました。あの子には本当に一番苦労をかけたと思います。
長女と次女も私に迷惑をかけないように、気を遣っていたのではないでしょうか。わがままを言うことなどほとんどなく、進んで家事をやってくれました。でも、本当はもっと遊びたかったんじゃないかと思います。もちろんお兄ちゃんも。それを思うと申し訳ないですよね。
そんな子どもたちの手助けがあっても、睡眠時間を削って、鉛のように重い身体に鞭を打って働いても、家計はいつも火の車。それなのに養育費を払わない夫にはなんのペナルティもないんですよね。その夫が離婚後数年で再婚したと聞いた時には、その理不尽さにはらわたが煮え繰り返る思いでした。世の中不公平じゃないですか?
仕事から帰ると、郵便局の不在票がポストの中に入っていました。送り元は、司法書士事務所。いよいよ裁判手続きになるってことでしょうか。管理会社の人が言っていました。
書類を見ると、1週間以内に全額を支払えって書いてあります。そんなこと無理です。払えないなら賃貸借契約を解除するって、わたしはこの先どうなるのでしょう。
「私に死ねと言うのですか?」
■引っ越したくても転居の費用がない
「わたしはこれからどうなるのでしょう」
玲子さんから、電話がありました。聞こえないくらいの小さな声でした。家賃を払うだけの収入がない。玲子さんが家賃を滞納している明らかな原因は、そこにありました。
だとすれば、収入を増やすか、家賃を減らすか、方法は二つしかありません。そのどちらかの方法を採らなければ、この先も滞納額はどんどん増えるばかりです。収入を増やすことが難しいなら、とにかく一日でも早く退去して、これ以上滞納額を増やさないようにすることが大事なのです。
玲子さんは、引っ越したくても転居の費用がないといいます。今にも泣き出しそうな声でした。
「お子さんに相談されたらどうですか?」
それだけはできないと言います。独立した子どもたちに、心配をかけたくないと。
母親のその気持ち、分かります。しかしこのまま手続きが進むと、近い将来に必ず「明け渡せ」の判決が出て、玲子さんが出たくなくても、無理やり部屋からは追い出されてしまいます。それをもしお子さんたちが後から知ったら、どれだけ悲しむでしょうか。
私だったら「どうしてもっと早くに相談してくれなかったの」と、頼ってもらえなかったことを残念に思うでしょう。
■子どもへの相談は「死」にあたるストレス
「わたしに死ねということでしょうか」
思いがけない言葉に、驚きました。けれど今の玲子さんからすると、お子さんたちに相談することは、死をも強要されるくらいのストレスなのでしょう。
滞納している人は、生活が追い詰められ、目先の資金繰りで視野が狭くなっています。玲子さんの住まいは、かつて3人の子どもたちと暮らしていた45平方メートルの部屋です。日々の忙しさから、子どもが独立したあともその部屋に住み続けていました。引っ越しを検討するような余裕すら、玲子さんにはなかったのです。
けれども、ひとりで住むのならもっと狭い部屋だっていいはずです。収入が劇的に上がるメドがない中で、この先もずっと生きていかねばなりません。だとしたら、これ以上、借金(家賃滞納)を積み重ねることは絶対に避けるべきなのです。
とにかくまずは今より安い部屋を探して、退去する。そうすれば、滞納額がそこで確定しますから、その後は分割で滞納分を支払っていく。もちろん、次の部屋の家賃を支払う必要もありますから、借金が残っている間は、できるだけ安い部屋に住む覚悟は必要です。
そう説得したものの、電話の向こうで途方に暮れている玲子さんの様子は手に取るようにわかりました。
「また連絡します……」
玲子さんの声は最後まで弱々しく、この案件の解決までには長い時間がかかるのではないかと感じました。
■勇気を振り絞って子どもたちに告白
それから何日経ったでしょうか。玲子さんから電話がありました。とても明るい声で、同じ人とは思えません。
「滞納額っていくらでしたっけ? 一括で支払います! 引っ越しもしますから、鍵の受け渡し方法を教えてください」
声は自信に満ちていました。
そして、看護師をしている長女が、「私の部屋は普段寝るだけなのに結構広いから、とりあえず一緒に住もうよ」と言ってくれました。「仕事が忙しいので、お母さんが家事をしてくれるととても助かるから」って! 滞納額は、長男と長女が工面してくれるって言うんです。部屋に残っていた不要なものは、リサイクルの業者に渡して、少しでも家賃の足しにしようって。子どもたちのたくましさに本当に救われました。
■「ひとりじゃない」と知った時に力が湧く
そうやってあっという間に、問題は解決。玲子さんの声が、明るいのもうなずけます。
「お母さんが一生懸命に子育てをしてこられたからですよ。今までのご褒美ですね」
人はこれほどまでに、精神面に左右されるのです。毎日、お金のことを考えて、でも出口が見えず、どうしていいのか分からない。時には「死」すら頭をよぎります。孤独は苦しい。
けれどひとりじゃないと知った時、人にはどんなことでもがんばれる力が湧いてきます。シングルマザーとして懸命に生きてきた玲子さんは、なによりのご褒美を手にしたのです。
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章司法書士事務所代表、司法書士
30歳で、専業主婦から乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。登記以外に家主側の訴訟代理人として、延べ2200件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。
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(章司法書士事務所代表、司法書士 太田垣 章子 写真=iStock.com)
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