1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

なぜトヨタは「株主優待」をやらないのか

プレジデントオンライン / 2019年3月25日 9時15分

■株主優待制度を導入する銘柄は「過去最多」に

わが国では、株主還元の一環として“優待制度”を重視する企業が多い。株主優待とは、企業が自社の製品や商品券などを株主に提供することだ。

野村インベスター・リレーションズによると、2019年2月末現在、株主優待制度を導入する銘柄(REIT=不動産投資信託などを含む)は1517と、調査開始の1992年以降で過去最多となった。上場銘柄数に占める割合は37.1%だという。

多くの企業は、株式を長期間保有するほど株主のメリットも優遇される仕組みをとっている。経営の安定性を高めるために、安定株主としての個人投資家の取り込みを重視する企業は増えている。今後も、この考えは強まるだろう。優待制度に魅力を感じる人も多い。ある個人投資家は「株主優待は配当に加え商品などをもらえる。お得だ」と話していた。

ただ、やや気になるケースもある。優待制度によっては、商品券を株主に提供している。これは個人投資家への誘因(お化粧)の性格が強い。商品券を配るなら、その分を配当金として支払えばよい。こうしたケースを見ると、企業が持続的な成長を実現し、その上で株主への価値還元を行っているか、冷静に見直す必要がある。

■「株式の持ち合い」が崩れ、株主優待が浮上した

企業は、長期にわたって自社の株式を保有する株主(安定株主)を増やさなければならない。それは、経営者の“安心感”に大きく影響する。

短期間で株主の顔ぶれが大きく入れ替わると、経営者が多様な利害を調整することが難しくなる。安定株主の獲得は、経営の持続性を左右する。多くの企業がインベスター・リレーションズ(IR)業務を通して内外の投資家との関係を強化したり、株主優待制度を導入して個人の株主を増やそうとしている。

特に、“株式の持ち合い”というわが国の慣行が崩れてきたマグニチュードは大きい。第2次世界大戦後、わが国企業は、グループ企業や、重要取引先の企業、銀行、保険会社などと株式を相互に保有した。特に株式持ち合いの重要性が高まったのは1960年代だ。

■安定株主となりやすい個人投資家を取り込みたい

当時、わが国では資本の自由化(国内で外国資本の企業新設を認めることなど)が進んだ。資本自由化に伴い、企業経営者は自社が外国企業に買収されるのではないかと不安心理を強めた。その不安を解消するため、大手企業を中心に株式持ち合いが増えた。企業同士が株式を持ち合い、経営基盤を長期的に安定させようとした。

しかし、1990年代初頭の資産バブル(株式と不動産価格の急騰)崩壊後、企業は収益や財務内容の維持を目指し、資産を売却せざるを得なくなった。株式持ち合いの解消が進み、安定株主の減少に直面した企業は、株主優待制度を強化することで、安定株主となりやすい個人投資家を取り込もうとしている。

株主優待制度は、株主に価値を還元する方策の一つだ。同時に、優待制度の有無が企業の良しあしを決めるのではない。

株主に価値を還元する(例、配当を支払う)ために、企業は持続的な成長を実現しなければならない。この考え方にのっとり、株主優待制度を設けていない企業も多い。トヨタ自動車は代表例だ。その理由を考えてみたい。

■「商品券を配るなら、配当金を積み増せばよい」

トヨタには、本業の成長が、株主への価値還元に他ならないという考えがあるはずだ。トヨタは、イノベーションを発揮して、より大きな付加価値を創造しようとしている。その上で同社は、収益の一部を配当や自社株購入に回し、株主に価値を還元してきた。

トヨタ自動車の株主総会の会場に入る株主ら=2018年6月14日、愛知県豊田市の同本社(写真=時事通信フォト)

これは、最も基本的、かつ本質的な株主への価値還元の考え方といえる。同時に、トヨタは企業の社会的責任を果たすために収益の一部を用い、多様な利害関係者の理解と納得を得てきた。

持続的成長を実現してこられた企業は、経営の成果そのものをアピールし、投資家の支持を得ることに取り組めばよい。その上で、優待制度の運営が検討されるべきだろう。優待制度を通して自社製品を株主に提供することは、より多くの“ファン”の獲得につながり、安定株主の増加に貢献する可能性がある。

同時に、すべての株主が優待制度を支持しているわけではない。実際、機関投資家の中には、株主優待の受け取りを拒否する者もいる。投資家の中には、「商品券を配るなら、配当金を積み増せばよい」との考えもある。

■優待制度に目を奪われることは本末転倒

持続的成長の実現こそが、株主への価値還元を行う基礎だ。企業は本業の強さを市場参加者に伝え、その優位性を理解してもらうよう取り組む必要がある。その上で、個人投資家などが株式を保有するささやかな“楽しみ”として、優待制度をどう運営するかが検討されるとよい。投資家の立場から考えると、優待制度に目を奪われ、熟考を欠いたまま株式を購入することは本末転倒だろう。

わが国は、“人生100年時代”に突入している。年金制度の持続性への不安、財政悪化懸念は高まっている。わたしたちは、自分のお金で老後生活を送ることを真剣に考えなければならない。

そのために、株式投資は有効だ。わが国では市中金利が歴史的低水準にある。相応の利得を得るために、株式投資の重要性も高まる。

株式投資のポイントは、よい企業を、できるだけ安く購入することだ。バブル崩壊後のように株価が大きく下げる局面は、タイミングと金額を分散して株式を購入するチャンスといえる。要は、いかに高値づかみを避けるかだ。それができれば、長期の視点で株式を保有し、資産を形成することは可能だろう。

■世界最大のクルーズ会社にも優待制度はある

株式投資は、人生を豊かにするためにも役立つ。投資は自己責任である。利益も、損失も、結果は個人の意思決定に依存する。納得して投資するには、企業の経営内容など、さまざまなことを勉強しなければならない。それは、新しい発想などを吸収し、人生を豊かにすることにつながる。その上で、優待制度を通して得られた商品などを使うことを考えればよい。

株主優待制度は海外にもある。世界最大のクルーズ客船運行会社である米カーニバルは、乗船期間に応じたベネフィット(北米航路の場合、14日以上の乗船で250ドルをサービス)を提供している。これは、乗船を楽しんでもらうための制度だ。株主に長期保有を動機づける制度とは異なる。

わが国企業は、成長力を磨き、高め、その戦略の優位性に関する利害関係者の理解獲得に努めればよい。その上で、企業が成長を実現し、株主への価値還元が実施されるのが、本来の在り方だろう。優待制度の“お得感”や“魅力”などを考える前に、持続的成長を追求する企業が増え、その結果として投資家が長期にわたってその企業の株式を保有できる環境の整備が目指されることを期待したい。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

----------

(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください