70代男性が"若さ維持"にカネを使うワケ
プレジデントオンライン / 2019年4月5日 9時15分
■子育ても介護も終えた70代は「ゴールデンエイジ」
団塊世代(1947年~49年生まれ)が70代に突入し始めている。しかし、多くの企業は、団塊世代が60代に突入した2007年頃と比べると注目していないようだ。70代になると、世帯消費支出も少なくなり、介護を受ける人も多くなり、生活もアクティブでなくなると思い込んでいるからだろう。またこの10年間シニアビジネスで空振りが多かったということもあるに違いない。
社会一般のこうした状況にもかかわらず、われわれは70代特に70代男性の消費に焦点をあてて分析を試みた。
なぜかというと、今後は60代の人口が減少し、70代の人口が増加していき、年代別で見ても最も人口数の多い年代層となるためだ。団塊の世代が70代に入ってくるためである。2015年には60代の人口が1831万人、70代は1414万人と60代が多かったのに対し、2020年にはそれぞれ1566万人対1634万人と逆転、25年には1488万人対1630万人と差が広がると予想されている。
70代男性については、これまでほとんど分析の対象にすらなっていないうえ、実際にはほぼ完全にリタイアしたことで、女性以上に経済的、時間的、幸福度という点で大きな変化を感じているとみられるからだ。
世の思い込みと異なり、当社の調査(※)では70代は「消費のゴールデンエイジ」となった。時間的にも経済的にもゆとりがあり、幸福度も60代に比べ高い(図表1)。
仕事からリタイアとなり、親の介護も終了し、本格的に時間的余裕が生じてくる。
経済的にも余裕が生じてくる。もちろん、「下流老人」と言葉があるように、実際、生活に困窮するシニア層がいるのは事実であるが、「経済的にゆとりがある」層が増加していることも事実であろう。収入は低くなるが、子供が巣立ち、教育費など子供に関する出費や仕事関連の出費も抑えられるからだろう。実際、家計調査でみると、家族人員数が減少するため、1世帯当たり1カ月消費支出は50~60代より減るものの、1人当たりの消費支出(二人以上世帯)は、70代前半まで、50~60代の水準とほとんど変わらず遜色がない。
幸福度が高まるのは、経済的、時間的ゆとりが高まるだけでなく、子供の教育や親の介護などに関する将来不安が少なくなっているためと考えられる。
(※)三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」では、2011年から20~69歳3万人を対象とした『生活者調査』を実施しているが、2012年よりシニア市場を分析するため、50~80代の男女1万5000名を対象とした価値観からなる『シニア調査』(年1回、7回実施)を実施するとともに、50~80代の男女約300名を対象とした常設MROC調査『シニアリサーチコミュニティ』を現在まで約7年運営し、約100万件の発言を蓄積してきた。そこから浮かび上がった、70代男性消費に関するインサイトを紹介する(MROC(エムロック)はMarketing Research Online Communitiesの略。ネット上に設置されたリサーチ専用コミュニティ)。
■70歳代男性消費の特徴は「ミーイズム、手軽さ、キープヤング」
次に70代男性の消費の特徴をみていこう。なお、今回の調査ではこれからの70代の消費動向を予想するため、1948年~52年生まれの人々――60代後半と70代に突入したばかりの人々を対象にした。
70代男性の消費動向をコーホート分析すると、団塊の世代は、①ミーイズム、②手軽さ、③キープヤングの傾向がみられる(コーホート分析は、同世代――同じ時期に生まれた人――の行動、意識の変化を、加齢効果、時代効果、世代効果の3つの観点で分析する手法)。
戦前・戦中世代の男性に比べ、団塊世代以降の男性は利他主義の意識が弱くなり、「ミーイズム」の傾向が強くなっている。例えば、団塊世代以降は「自然や地球環境を大切にしよう」や「周囲の人を助けたい、面倒をみたい」とする意識は低くなる傾向にある。世の中にためになるというような行動より、自分や自分の家族を対象とした消費が増えるだろう。
団塊の世代は社会を変えようとした学生運動が盛んだった全共闘世代でもあるが、ミーイズムが強いというこの結果を見る限り、学生運動という共通体験はほとんど影響を与えていないという点は興味深い。
消費では「手軽さ」を重視する。例えば、食事も「多少値段が高くとも下ごしらえのある(カット済み野菜等の)食材を利用する」ことが多くなり、「無農薬、有機野菜や食品添加物を含まない自然食品を利用する」が少なくなっている。シニアの余暇の定番である旅行も面倒な海外旅行は行かなくなり、国内旅行が多くなっている。
もうひとつの特徴は「キープヤング」。特に健康管理・美容で注目される。先行する戦前・戦中世代と同じく70代になれば運動するようになる。その傾向は変わらないが、体重や血圧などを毎日計測する健康管理の傾向が、それ以前の世代より高い。また、頭髪のカラーリングやヘアーウイッグ(かつら)をする割合が高くなっている。若さを保とうという意識が高くなっている。
■70代男性の幸福度は、妻、趣味がカギ握る
70代には「一人暮らしが多い」というイメージもあるようだが、実際には代男性の8割は配偶者を持つ(一方、70代女性は6割)。ここでは配偶者のいる70代男性にフォーカスし、代表的なペルソナ(典型的な人物像)を紹介したい。MROCにおける発言を分析し、幸福度に大きな影響を与える2つの軸で整理すると、4つのペルソナが浮かび上がってきた(図表2)
◆妻(家族)との関係(仲が良い/淡泊か)
◆趣味の種類(一人で楽しめる趣味を持つか/多人数で楽しむ趣味を持つか)
家族、社会全部と関わりを持ちたい「スーパーグランパ」と、家族との関係が淡泊で昔話が大好きで、さみしがり屋の「武勇伝じいじ」、妻と仲良く自分の世界を持つ「ラブラブお宅」、妻や他人と距離を置く「卒婚の一匹狼」の4つのペルソナである。
幸福度でみると妻と仲のよい「スーパーグランパ」「ラブラブお宅」が最も高く、一人で楽しめる趣味を持つ「卒婚の一匹狼」。一番幸福度が低いのが、妻との関係が淡泊で一人で楽しめる趣味をもたない「武勇伝じいじ」である。各ペルソナの特徴を説明しよう。
▼「スーパーグランパ」
図表2左上のこのグループは、社交的な愛妻家で、いくつになっても次の夢を持って生活して行こうと思っている。お酒が大好きで,中学生の孫が二十歳になったら一緒にお酒を飲むのを非常に楽しみにしている。
ずっと健康でいることを重視し、夫婦で健康教室に参加している。最近ではテレビで筋肉の重要性が知り、筋肉を貯める「貯筋族」になろうと頑張っている。
社交的なので、近所の付き合いやイベントに積極的に参加している。当日の様子を録画し、DVDを作成し皆に配っている。いつもすごく褒められることに、たいへん満足を感じている。
目的地までの移動については、このグループに限らず、70代男性のほぼ全員が、運転を続けたいと考えている。一方70代女性は、不安や自信がないなどの理由で免許を返納する人が多い。彼らは「高齢者ドライバー」という言葉は差別用語で、車の運転が下手で乱暴な若者よりずっと安全だと考えている。
▼「武勇伝じいじ」
一言で言うと、過去の栄光に生きている人である。外でいろいろ活動していて、一見充実しているように見えるが、妻とコミュニケーションが少なく、家に居場所がなく実は寂しく感じている。幸福度も低い。
若者やテニスなどの趣味仲間と話すのが最大の生きがい。一番身だしなみを重視している。TPOを考えた服装を選んだり、気分とテンションによって異なるテニスウエアを楽しんだりするなど、おしゃれである。
紫外線が気になるので、日焼け止めを長年使用している。最近は、高齢になったので保湿力が高めのボディクリームを使っている。今の一番の悩みは薄くなってきた髪である。
▼「卒婚に一匹狼」
完全リタイアしてだいぶ時間がたち、友達もほとんどおらず、妻ともあまり交流せず、いつも家の自分の部屋で過ごしている。
100枚以上のジャズ・クラシックのレコード・CDを持ち、毎日、自分の部屋でそれを聴きながら、現役時代関連の書類の整理をしている。朝日新聞の自分史の広告が見て、作りたいと思っている。
毎日家でゴロゴロしているので、健康状態はよくない。運動不足だと痛感しているが、行動するまでに至らない。常に一人でマイペースなので、何かきっかけを作ってあげないと、なかなか変われない人たちである。
▼「ラブラブお宅」
このグループに属する男性が最も多い。外との付き合いは少ないが、妻、家族と仲が良く、自分と家族だけで平凡で幸せな毎日を過ごしている。
妻とは本当にラブラブで、お互いにとても大事にしている。毎日一緒に買い物をしている。妻の誕生日に必ずバラの花束を贈っているし、自分の誕生日にもプレゼントをもらっている。月1回歌舞伎座で観劇し、妻と銀座ランチ+買い物のデートをしている。
山登りが大好きで生きがいになっている。山登り資金のため、コンビニでバイトをしている。月1回妻とゴルフ、温泉にも行っている。消費がとても活発である。
最近の欲しいものは、自分と妻のための自宅のバリアフリーへの改装と車の買い替え。人生最後の買い物だと思い、スポーツカーでも買おうと考えている。
■各ペルソナにどんなサービスを提供するか
「スーパーグランパ」には、夫婦二人参加型のイベントが望ましい。家族、特に孫に対する愛情も深いので、孫消費が期待できる。実は団塊の世代の孫消費が盛り上がらなくなっている理由には、子供たちの晩婚化が進み、まだ孫がいなかった人が多かったことも大きい。70代では多くの人に孫がいるので孫消費が期待できる。
健康に関心が強いので、夫婦での健康教室、自己管理を進める健康測定・データ化の商品やサービスもいい。また、他人に褒めてもらいたいので、趣味を自慢する舞台もニーズがあるだろう。車については、運転支援機能の強化された車が期待できる。
「武勇伝じいじ」は、外向きなので、メンズファッション、スキンケア、ヘアケアの消費が期待できる。いつも現役のままという気持ちが大きく、彼らに「働いている」「社会、若者に役立っている」という感覚を与えることが重要だ。
「卒婚の一匹狼」は、不健康な生活を送っているので、健康関連のサービスを提供したいところだが、何かのきっかけを作れるかどうかがカギになる。「卒婚の一匹狼」のペルソナを作成するのに参考にしたMROC参加者の一人は、「禁煙効果のある新薬の治験へ応募・参加し禁煙に成功した」と発言している。こうした行動を起こすために、きっかけ作りが重要となる。
また、ポール・マッカートニーのコンサートなどが人気となっているが、このグループは若い頃に親しんだ趣味に関連したイベントや商品などに糸目をつけないだろう。
「ラブラブお宅」には、旅行でもランチデートでもプレゼントでも、二人の世界を楽しむ機会を提供していくことが考えられる。夫婦仲良く暮らしていくため、健康関連のサービス期待できるだろう。住宅リフォームや車なども「人生最後の買い物」であることを強調し、ハイスペックな仕様を提案していくべきだろう。
■70代消費をビジネスチャンスとするための2つのポイント
最後に70代消費をビジネスチャンスとするために重要なポイントを2つ挙げておく。
第1が、前もったアプローチである。山登りやテニスの趣味は若い頃から習熟が必要となるもので、70代男性の余暇消費の多くは、もっと若い時に決まっている。70代だけをフォーカスするとタイミングが遅れてしまう。若い年齢の段階でアプローチすることがとても重要である。
第2が、70代に対する雇用機会の提供である。70代は趣味に使うお金をアルバイトで捻出しようとしている人が多く、企業は70代を積極的に雇用していくことが必要だ。かつて米フォード社は高い賃金を労働者に払い、労働者たちはその金で安価なT型自動車を買ったという。
冒頭に述べたように、70代は子育てや介護などさまざまな制約から、解放された世代である。それだけに企業が70代の雇用を積極化し、彼・彼女たちの財布の中身を豊かにすれば、個人消費の拡大に貢献することは間違いない。
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三菱総合研究所 主席研究部長。1956年、神奈川県生まれ。78年、慶應義塾大学経済学部卒、三菱総合研究所入社。現在、未来構想社会センター 主席研究部長。消費、社会、人口、情報通信等の調査研究、コンサルティングに従事。2010年より日本最大規模の生活者情報データベース「生活者市場予測システム(mif)」の開発・運営を担当。著書に『3万人調査で読み解く日本の生活者市場』(日本経済新聞出版社)などがある。
劉瀟瀟(りゅう・しょうしょう)
三菱総合研究所 研究員
中国・北京市生まれ。外交学院(中国外務省の大学)卒業後、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)(中国)に入行。その後、東京大学大学院修士課程に留学し、三菱総合研究所入社。専門は日中の消費市場動向。講演多数、首相官邸観光戦略実行推進会議有識者等。著書に『女性市場攻略法―生活者市場予測が示す広がる消費、縮む消費―』(日本経済新聞出版社)などがある。
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(三菱総合研究所 主席研究部長 佐野 紳也、三菱総合研究所 研究員 劉 瀟瀟 写真=iStock.com)
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