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新大学入試の大欠点"自己採点ができない"

プレジデントオンライン / 2019年7月26日 6時15分

ユーチューブ文部科学省公式チャンネル「mextchannel」 の中の「柴山文部科学大臣会見令和元年7月9日」で文科相の全発言を確認できる。

2021年1月から始まる「大学入学共通テスト」では、初めて記述式の問題が導入される。その採点をめぐり、柴山昌彦文科相は7月9日の記者会見で「(採点者には)様々な属性の人間が含まれる」として、大学生が採点者になる可能性を否定しなかった。予備校講師の小池陽慈氏は、「新試験では自己採点が難しいため、受験生の志望校選びでの負担が増すだろう」という――。

■文科相は、大学生が採点者になる可能性を否定せず

7月4日、NHKが2021年1月からスタートする大学入学共通テストに関して、「文部科学省がアルバイトの大学生の採点者も認める方針である」と報じた。

これに対し、私は「大学入試採点に“学生バイト”は絶対反対だ」という記事をプレジデントオンラインに寄せた(7月7日公開)。学生バイトのリスクの大きさを述べたこの記事に対して、予備校関係者だけでなく、多方面から大きな反響があった。

そして本記事がアップされた直後の7月9日、柴山昌彦文部科学大臣は会見で、大学入学共通テストの採点について、「(採点者には)様々な属性の人間が含まれる」と発言した。会見の内容は、文部科学省のホームページで確認できるが、重要な点について一部を紹介したい。なお、それぞれの発言は文意を損ねない程度に整えている。

■「(採点者には)様々な属性の人間が含まれる」発言の意味

【記者】大学入学共通テストの記述式問題の採点者にアルバイトの大学生も認める方針だということですが、大臣の見解をお願いします。

【大臣】大学入学共通テストの記述式問題の採点業務に関しては、現在、大学入試センターにおいて採点事業者の入札公告中でありまして、採点者の選抜方法等については、契約後、事業者からの提案を踏まえ、センターと事業者とで協議をすることとなっております。この仕様書においては、

●適正な試験等によって質の高い採点者を確保すること
●必要な研修プログラムなどで、採点者の質向上の取り組みをするとともに、1次採点は複数名で独立して行うこと
●複数名の採点結果が異なる場合等には、採点監督者が採点結果の確認や不一致のあった答案の採点などを行い、独立して採点した結果が一致するまで当該答案に対する採点作業を行うこと
●採点作業中に適時、採点結果の品質チェックを行い、その結果を採点作業の改善につなげること

など、採点の正確性を確保するための取組が求められております。文部科学省としては、こうした多層的な組織体制と品質チェックの充実等によって採点の質を確保することが重要だと考えておりまして、個人の属性のみに着目して採点者を採用する方針ではないと考えております。

【記者】個人の属性によってではないということは、大学生も採点者に含まれ得るということですか。

■大学入試センターの公式見解も文科相と同じ内容

【大臣】採点業務につきましては、適正な試験等によって質の高い採点者を確保するということが仕様書によって求められております。適正な試験等の結果として様々な属性の方が含まれ得るとは思いますけれども、いずれにせよ、その上で多層的な組織体制と品質チェックの充実等によって採点の質が確保されると考えております。

【記者】様々な属性の中には、大学生も含まれるということだと思うんですけれども、大臣としてはそれでよろしいというふうに考えていらっしゃるんでしょうか。

【大臣】先ほど申し上げたとおり、適正な試験等によって、場合によっては学者であってもそうした試験をクリアできないということもあり得ると思いますので、そうではなくてしっかりとした質の高い採点者を確保するということが望ましいと私は考えております。

大臣のこの発言は、大学入学共通テストの記述式問題の採点業務に大学生を雇う可能性を、まったく否定していない。「適正な試験等によって質の高い採点者を確保すること、必要な研修プログラムを行うこと」によって「採点者の質を向上する」ことや、「多層的な組織体制と品質チェックの充実等によって採点の質を確保する」ことを前提に、「個人の属性のみに着目して採点者を採用するといった方針」ではないと明言しているのである。

なお、大学入試センターは7月12日に「NHKの報道について」という表題で、採点業務を委託する民間事業者を公募中として、具体的な採点の方法について、声明の中で下記のポイントを示している。

●今夏以降に、採択された事業者との契約において定めていく
●厳正な審査を行って採点の適性がある採点者を採⽤する
●採点者に対して事前に十分な研修を行う
●複数の視点で組織的・多層的に採点を行う体制を構築する
●採点者の採用不採用の条件については、採点者個⼈の属性にのみ着目することはない

基本的に、先の文科相の発言を踏まえての内容であると判断できる。すなわち、「しかるべき審査や研修、そして万全の採点体制のもとに採点の質を確保する。したがって、採点者個人の属性は問わない。つまりは、大学生が採点者として採用される可能性は否定しない」というのが、文科省や大学入試センターの、現段階での公式見解なのである。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/wnmkm)

■大学入学共通テスト「国語」の出題には“欠点”がある

大学受験は、受験生の人生がかかっている。たった1点、2点の差で合否が決まるシビアな世界だ。当然、その採点作業には大きな責任がのしかかる。万が一、“人為的”なミスがあれば、受験生は人生を台なしにされてしまう可能性もある。よって、繰り返すが、大学入試採点に“学生バイト“は絶対反対だ。

大学入学共通テストに関して声を大にして言いたいことがもうひとつある。

筆者は先日の記事内で、大学入学共通テストの「国語」の出題に関するある特徴を述べた。それは記述問題について、「大量の枚数を短時間で正確に採点する」ために、「解答が“一義的”に決まるよう、さまざまな仕掛け」が用意されているということだ。

とりわけその傾向が顕著だったのは、大学入学共通テストの「第1回試行調査問題」(2017年実施)だった。加えて「第2回試行調査問題」(2018年)でも、「第1問/問3」の記述問題では、様々な細かな“条件”が付され、解答があからさまに一定の文言に“誘導”されていた。記述式とはいえ、答えの“自由度”は極めて限定的だ。

■○か×か、採点の難易度が高い出題をどう扱うのか

ただし、同じく第2回の「第1問/問1」は、設問の作られ方が“文脈を参照し傍線部を解釈する”という形になっており、したがって解答する上での“自由度”もわりとゆるやかになっている。そうすると当然、他の設問に比べて、採点の難度は高くなることが予測される。

当該の出題内容を紹介しよう(以下はすべて、文科省とともに大学入学共通テストの運営をする大学入試センターのホームページにアップされている第2回試行調査問題・第1問/問1による)。

「第2回試行調査問題」(2018年)の「第1問/問1」。大学入試センターのホームページより。

問題文はある人物が「ヒトと言語」というテーマでレポートを書く際に、以下の2つの文章を参考にした、という前提で、2つの文章を受験生に読ませた上で問いに答えさせる。

文章1は鈴木光太郎『ヒトの心はどう進化したのか――狩猟採集生活が生んだもの』、文章2は正高信男『子どもはことばをからだで覚える メロディから意味の世界へ』だ。

「問1」の問題文は、文章1の中の一節にひいた傍線部「指差しが魔法のような力を発揮する」とはどういうことか、30字以内で書け(句読点含む)というものだ。大学入試センターの解答例(3つ)は次の通り。

【解答例】(第2回試行調査問題・第1問/問1)
例1/ことばを用いなくても意思が伝達できること。(21字)
例2/指さしによって相手に頼んだり尋ねたりできること。(24字)
例3/ことばを用いなくても相手に注意を向けさせることができること。(30字)

大学入試センターでは解答例とあわせて「正答の条件」も示しているので、それも引用してみよう。

①30字以内で書かれていること。
②ことばを用いない、または、指さしによるということが書かれていること。
③コミュニケーションがとれる、または、相手に注意を向けさせるということが書かれていること。

■「正答の条件」に合っているか否か見極めが困難な解答への対処

なるほど、例1~例3の解答例についていえば、これらの条件を満たしていると判断することは、さほど難しいことではないだろう。例2の「相手に頼んだり尋ねたりできること」という内容が、条件③に該当するか否かはやや疑問の残るところではあるが、ここではとりあえず、問題なしとみなしておく。

しかし、受験生が以下のような答案を作成したら、どうだろうか。筆者が作成した想定解答例について考えてみよう。

〈想定解答例1〉ことばを用いずに、自己を表現することができること。(25字)

まず、「ことばを用いずに」という部分は、条件②「ことばを用いない(中略)ということが書かれている」と対応しているとすぐに判断できる。では、「自己を表現する」という箇所が、条件③「コミュニケーションがとれる(中略)ということが書かれている」に該当すると言えるかどうか。“自己表現”と“コミュニケーション”は別の内容とも考えられるが、しかしながら解答例の2は「相手に頼んだり尋ねたりできる」という内容で条件③を満たしていると判断している。これはどちらかといえば、“コミュニケーション”というより“自己表現”に属する行為であるようにも思える。と、なると、これは正答か誤答か。判断するのはやや難しい。

■解答の「自由度の高い」記述問題の採点は判断に迷う

〈想定解答例2〉指さしが言葉の問題を解決してくれるということ。(23字)

この答案は、さらに判断が難しい。「指さし」について触れられている以上、条件②「指さしによるということが書かれている」には合致していることになる。では、「言葉の問題を解決してくれる」という箇所が、はたして条件③「コミュニケーションがとれる、または、相手に注意を向けさせるということが書かれている」と対応していると言えるのか、言えないのか。○か×かの判断はさらに難しくなる。

〈想定解答例3〉人間の身体性は言語の壁を超えるということ。(21字)

これもまた、簡単に判断は下せないだろう。条件②の「指さしによるということが書かれている」という内容を、「人間の身体性」とまで抽象化することに、問題はあるのか、ないのか。そして、条件③の「コミュニケーションがとれる(中略)ということが書かれている」点を、「言語の壁を超える」と“比喩”的に表現することは許されるのか、否か。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/TkKurikawa)

以上の答案についての判断に関しては、本稿で結論を出すことは控えておこう。ただ、他の設問のように“自由度の低い”記述問題ではなく、このように“自由度の高い”記述問題を仮に大学入学共通テストが出題するなら、このような、“判断に迷う”答案は、必ず多数、そしてもっと多岐にわたるバリエーションで作成されるはずだ。

ここで話を、前述した柴山文科大臣の会見に戻そう。

■“判断に迷う答案”を自己採点しなければならない受験生

柴山大臣のロジックにのっとるなら、先ほど例示した想定解答例を大学生を含む採点者が採点することに、なんら問題はない、ということになる。なぜなら、採点者は、みな学生バイトも含め、「適正な試験」に合格して「必要な研修プログラム」を受けた「質の高い採点者」であり、さらに、個々の採点者の採点結果は、「採点監督者」の指揮の下、徹底的に「品質チェック」されるのだから。

なるほど、先ほど例示した想定解答例で指摘した“判断に迷う答案”は、採点業務に習熟した「採点監督者」が統括するのであれば、この「多層的な組織体制」と充実した「品質チェック」の下、適切に採点されることになるのだろう。

この点については、百歩譲って“問題なし”としておこう。では、これで大学入学共通テストの記述問題についての課題は、完全に克服されたと言えるのか。

ご存じの通り、大学入学共通テストは、現行のセンター試験の後継テストである。そして実際に経験した方も多いと思うが、とくに国公立大学を受験する生徒は、このセンター試験の採点結果によって、最終的な出願校を判断することになる。つまり受験生は、センター試験受験後、すぐさま自己採点を行い、その点数によって受験校を決定するのである。ということは、センター試験の後継である大学入学共通テストについても、受験生は同様の使い方をしていくことになる。

ここで懸案となるのは、国語の記述答案も受験生自ら採点することを強いられるということである。場合によっては、想定解答例で指摘したような“判断に迷う答案”を自己採点しなければならなのだ。

■何点取れたかのかわからないまま志望校を決めなければならない

再度、柴山大臣のことばを思い返そう。大臣は、採点業務にあたっては「適正な試験等によって質の高い採点者を確保すること、必要な研修プログラムを行うことなど、採点者の質を向上するための取組が求められる」とし、「多層的な組織体制と品質チェックの充実等によって採点の質を確保することが重要だ」と述べていた。

けれどもこれは逆に言えば、大学入学共通テストの記述問題の採点は、ここまで徹底したシステムの下でなければその「質」を「確保」することはできない、ということではないだろうか。大臣は、大学入学共通テストの記述問題が、厳格な体制の下になされて初めてその「採点の質」が「確保」されるものであることを、図らずも明言してしまったのである。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/chachamal)

たしかに、「適正な試験」や「必要な研修プログラム」を受けた「質の高い採点者」が「多層的な組織体制」の下で採点するのなら、問題はないのかもしれない。だが、そのような厳格なシステムにおいて初めて可能となるような採点を、個々の受験生は果たして自力でできるのだろうか。いや、現実的に考えれば、無理に決まっている。とするなら、受験生は、自己の正確な得点を判断できない状態で、最終的な志望校の決定を余儀なくされるのである。

厳格な体制によって初めて可能になるような採点を“受験生本人”に行わせるという無謀。そしてその結果、自己の点数も正確に把握できぬままに出願することを強いるという理不尽。この根本的な矛盾について、文部科学省や大学入試センターは、はたして解決策を用意できるのだろうか。

(予備校講師 小池 陽慈 写真=iStock.com)

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