「1ドル100円割れ」でも、まったく驚かない理由

プレジデントオンライン / 2019年9月3日 11時15分

米カンザスシティー連邦準備銀行主催の経済シンポジウムに参加する連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長(右)=2019年8月22日、アメリカ・ワイオミング州ジャクソンホール

■円はドルに対してじり高の展開となる可能性がある

今年5月以降、外国為替市場で円高傾向が続いている。8月26日には一時、104円台半ばまで円が買われ(ドル安・円高)、1月3日の高値(104円10銭程度)に接近した。円高傾向の背景には、米国の景気後退懸念の高まりや米中貿易摩擦への警戒などから、投資家が“リスクオフ”に動いたことがある。

この為替動向に関して、一部では「“異常”ともいえるペースで円高が進んでいる」との見方もあるようだ。確かに、8月26日朝方のような、ごく短期の動きに目を奪われてしまうと、そうした印象は拭えないだろう。

ただ、冷静に米国の金利(国債の流通利回り)の変化などを見ると、足元の円高は必ずしも“異常”なペースで円高が進んでいるとはいえないだろう。むしろ、ドル/円の為替レートは日米の金利差や米国のファンダメンタルズ=経済の基礎的な条件の変化などに沿って推移していると考えられる。

今後、米国経済は減速が鮮明化する懸念もある。今すぐではないにしても、いずれ米国が景気後退(GDP成長率が2四半期連続でマイナスの状況)に陥ることも考えられる。そうした状況を考えると、日米の金利差は縮小傾向に向かいやすい。やや長めに考えると、不安定な動きを伴いつつも、円はドルに対してじり高の展開となる可能性がある。たとえば「1ドル100円割れ」となっても、驚くには値しない。

■米金利の低下による円高圧力の高まり

短期的な為替レートの変動に影響を与える要因の中で重要なのが、金利だ。投資資金は、金利の低い国(通貨)から、金利の高い国(通貨)に向かう。この基本的な理論を常に念頭に置き、ドル/円などの為替レートの動向を考えることが大切だ。

今、米金利が上昇する一方、わが国の金利が低位に推移しているとする。為替レートが変わらないと仮定すると、円よりも、米ドルを保有した方がより高い利得を手に入れられると期待できる。

その期待から金融市場では、円売り・ドル買いのオペレーション(取引)が増える。なお、多くの投資家は金利の低い円を借り入れて投資資金を調達し、円を売ってドルを買い、日米の金利差を獲得しようとする。これを“円キャリートレード”という。円キャリートレードはドル/円の為替レートに無視できない影響を与える。足元、米金利はわが国の金利以上に低下している。これが、円高圧力を高めている。

■わが国の金融政策は事実上の限界に直面

米金利低下の大きな要因は景気の減速(GDP成長率の低下)だ。2018年7~9月期の米実質GDP成長率は前期比年率ベースで3.5%だった。その後、浮き沈みはあるものの、米国経済の成長率は鈍化している。

特に、米国の景気循環に大きな影響を与える企業の設備投資は低下基調だ。設備投資が伸びていないということは、米国経済全体での資金需要が低下していることを示唆する。資金需要が伸びないと、お金のレンタル料である金利には低下圧力がかかりやすい。

加えて、7月末、FRB(連邦準備理事会)が利下げを行った。FRBは米中の貿易摩擦の影響などが先行きの不確実性(リスク)を高めていると警戒し、予防的利下げを実施した。

一方、わが国の金融政策は事実上の限界に直面している。日銀がこれ以上の金融緩和を進めることは難しい。この結果、日米の金利差縮小と米国経済の先行き懸念からリスクを削減する(リスクオフに動く)投資家が増え、円が買い戻されている。

■米国は18~21カ月後に「景気後退局面」を迎える恐れ

8月に入り、米国の国債流通市場では、10年国債の利回り(長期金利)の水準が、金融政策の動向を反映しやすい2年国債の利回りを下回った(長短金利逆転)。

短期よりも長期の金利水準が低くなるということは、今すぐではないにせよ、近い将来、米国が景気後退局面を迎えるとの懸念が高まっていることを示している。過去の展開を振り返ると、長短の金利が逆転してから18~21カ月たつと、米国は景気後退局面を迎えている。

景気後退への懸念が高まる状況下、多くの投資家はリスクオフに動く。今後の動向次第では、これまで以上のマグニチュードで円キャリートレードの巻き戻しが進む可能性も排除できない。米国の長短金利が逆転したことは軽視できない変化だ。

今後の米国経済の動向を考えた時、GDPの70%程度を占める個人消費の動向は重要だ。足元、米国の個人消費は相応に好調だ。米国の労働市場では人手不足が深刻化している。それを反映して、賃金は緩やかに上昇している。それが、個人消費を支えている。旺盛な個人消費が設備投資減少のマグニチュードを緩和し、米国経済は相応の安定感を維持していると考えられる。それが、世界経済全体を支えている。

■米国家計の債務残高は過去最高水準に

ただし、未来永劫、経済が右肩上がりの成長を続けることはできない。個人消費もしかりだ。すでに米国経済が減速している中、個人消費も徐々に鈍化する可能性がある。それに加え、家計の債務残高が増えている。これは、消費を圧迫する要因の一つだ。

6月末の時点で米国家計の債務残高は13兆8600億ドルに達した。これは、過去最高水準だ。クレジットカードローンの返済延滞も増えている。ここから先、個人消費が一段と勢いづくことは想定しづらい。

今すぐではないにせよ、米国経済が景気後退局面に移行する可能性は徐々に高まっている。長短の金利が逆転した状況が続く場合、米国経済の先行き懸念は高まるだろう。それに伴い、ドル/円の為替レートにも徐々に円高圧力がかかりやすいと考えられる。

■トランプ大統領はFRBに「利下げ」を行わせたい

先行き不透明感が高まる中、FRBのパウエル議長は、基本的には金融緩和を重視している。しかし、FRB関係者の見解が、一つにまとまっていない。これは、一時的にドル/円の為替レートを上下に変動させるだろう。

7月末のFOMC(連邦公開市場委員会)では、2名の地区連銀総裁が利下げに反対票を投じた。彼らは総じて米国経済は回復のモメンタムを維持し、利下げは必要ではないと考えている。また、金融緩和に関するFRB関係者の考えにも濃淡が感じられる。FOMC参加者の見解をどうまとめられるか、パウエル議長の力量が問われる。

一方、市場参加者は9月のFOMCでの利下げを既定路線と考えている。さらに年内に追加の利下げを予想する市場参加者も増えている。本当にそうなるか否かは、為替相場に大きく影響する。トランプ大統領が繰り返しFRBにさらなる利下げを求めていることも、市場参加者がFRBの追加的な利下げを期待する一因だろう。トランプ大統領はFRBに利下げを行わせて米国の株価を支え、有権者の支持を獲得しておきたい。

■中国や欧州でも景気の下方リスクが高まっている

もし、FOMCなどの場でFRB関係者の見解の相違が解消されていないことが確認されるなら、8月上旬のように局所的にドル買い・円売りの取引が増えることが考えられる。反対に、FRBの政策方針が金融緩和にシフトすると考えられる場合、内外金利差の縮小から、従来以上に円高が進むこともあり得る。FRBの金融政策のスタンスがどうなるかは、ドル/円の為替レートに無視できない影響を与える。

また、米国以外の国や地域でも、景気の下方リスクが高まっている。中国経済は成長の限界を迎えている。度重なる景気刺激策にもかかわらず、十分な効果が表れていない。中国経済は一段と厳しい状況を迎える可能性がある。ユーロ圏経済はドイツを中心に景気後退懸念が高まっている。それを反映して、ドイツの国債流通市場では短期から30年まで全ての国債の流通利回りがマイナス圏に落ち込んだ。

やや長めの目線で考えると、円はドルなどの主要通貨に対して買われやすいだろう。ただ、米中の通商協議への思惑なども絡み短期的にはドルが反発する可能性も排除はできず、当面は不安定な展開となることも考えられる

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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