嫌いな相手は、なぜそこまで嫌いになるのか
プレジデントオンライン / 2019年9月20日 9時15分
■自分は売れる作家ではないと思っていた
——『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は重版され、ベストセラーになっています。どのような反響が届いていますか?
もともと私は“売れる”作家ではないと思っていたので、今回の売れ行きは意外です。これまで私の本は『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など、政治や社会運動に関心がある人、主に男性が多く読んでくれていたと思いますが、この本の読者は7割が女性だそうです。Twitterに投稿された感想などを見ていても、これまで私の本を知らなかった方や子育て中の女性がつぶやいてくれて、読者層が広がったというか、変わってきたのかなという感覚がありますね。
■子どものまっすぐな質問が社会に投げかけること
——息子さんは中学校に進むとき、ひと昔前は“底辺”と呼ばれていたけれど、現在は多様性を重視しユニークな教育をしている公立の学校を選びます。さまざまな人種や階層の生徒がいる環境で、10代の息子さんがいろんな体験をして発する言葉にハッとさせられます。
うちの子は優等生すぎて、ストリートワイズ(タフで抜け目がない)なところがないので、これから実社会でサバイブしていけるのかと心配しているぐらいですが、まだ中学生ですから、これからですよね。
私たち親はこれまで地べたでいろんな経験をしてきているから、ある意味、曲がっていて、まだ曲がっていない息子がまっすぐに「いじめって勝ち負けの問題なの?」「人種差別は違法だけど、貧乏な人や恵まれない人は差別しても合法なんて、おかしくないかな」などと質問してくると「ああ、本来はそうだったか」と思い出させられるんですよね。そういう気づきはきっと今の社会にとっても大事ではないかと思って、この本を書きました。
■分断を乗り越えられるシンパシーの力
——本のひとつのテーマになっているのが「シンパシーとエンパシーの違い」ですが、この2つの言葉、英語圏ではどのように理解されているのでしょうか?
シンパシー(sympathy)とエンパシー(empathy)と響きが似ているし、英語が母国語の人でもごっちゃにして使いがちです。シンパシーは同情や思いやりのことですが、エンパシーは、例えばフェイスブックやTwitterの「いいね!」ボタンを押せないような相手が何を考えているんだろうと想像してみること。違う立場の人のことを理解できるかということですね。必ずしも「いいね!」ボタンを押さなくていいけれど、想像してみる力が必要です。
例えば現在、イギリスの議会はEU離脱をめぐりたいへんなことになっていますが、単に離脱派と残留派がいるわけではなく、一人ひとりの議員は「この部分では離脱していいけれど、この部分ではEUとの関係を保ったほうがいいよね」というように考えているわけです。一般人でも、いろんな考えを持った人がいろんな立場からものをいう。移民の立場から、富裕層、貧困層の立場から、そして男性、女性それぞれから……。それらの主張の微妙に違うところを誰もまとめられないから、イギリスはもうとんでもない状況になっているわけです。そんなときにものをいうのがエンパシーで、分断されたさまざまな立場の人のことを想像しつつ、うまく落としどころをつくっていく能力が問われます。
現在、日本と韓国の政府が対立していますが、お互いに言いたいことだけ言い合うのではなく、「なぜ相手は強い態度に出てきたんだろう」と考えてみて、落としどころを考えていくような知的能力が必要なのではないでしょうか。
■子持ち女性への冷たい視線が見えなくしていること
——分断と言えば、日本でもあるデータによると「職場の人間関係がうまくいっていない」と思っている人が他の国より多いそうです。女性同士でも、例えば子持ちで定時で帰る人とフルタイムで残業もしている人の間に溝ができることがあります。
それこそ、まさにエンパシーで乗り越えていくべき問題ですよね。「いいね!」ボタンを押すか押さないかは、感情の問題だから変えられない。でも、想像力は高めていくことができるはずなんです。職場でも違う立場の人と腹を割って話してみると、いがみ合っている原因はお互いの性格ゆえじゃなくて、環境にあることが分かると思います。
例えば、子持ちの女性が定時に帰ってしまうことで、そうでない女性にしわ寄せが来るというのは、全社的に残業が多いことが問題なのであって、定時で帰ることが悪いのではありません。労働のシステムや組織の問題なんです。本当は、女性同士対立するのではなく、雇用主に働きかけなければいけないはずです。
——本の中でも、息子さんと直接ぶつかった同級生とは結果的に仲良くなりますが、裏で悪口を言っている子とはいつまでも分かり合えないままというエピソードが出てきますね。
やはり相手とインボルブ(involve)する、直接関わることが大事だと思います。よくTwitterでは対立が見られますが、遠くから石を投げ合っているだけだと、お互いについても限られた情報しか持てない。けれど、実際にその相手に会って関わってみると、これまで知っていたこととは全然違うことがわかるかもしれません。すると、世の中の見え方も変わってくると思います。今は昔に比べてあまりにも情報化社会になりすぎていますよね。うちの息子もInstagramでずっと友達の動向をチェックしています。でも、学校ではスマホは使えないので、実際にぶつかり合って友達になっている。それを見ていると、ひとつの希望だと思いますね。
■楽ばかりしていると無知になる
——いわゆるママ友付き合いでも印象的なエピソードがありました。学校でアフリカの性器切除の風習が紹介され、アフリカから移民してきた女の子の母親に、みかこさんがそれを疑っていると誤解されてしまうという……。かなりヘビーな体験だったのではないでしょうか。
イギリスだと人種も宗教もちがうので、ママ友付き合いは難しいですよね。相手には信仰があることを尊重しつつ、自分の意見もちょっと言ってみる。そんなふうに多様性がある中で生活するためには、絶妙のバランスで立っていなきゃいけないので、それは知的な作業ではあるけれど、疲れると言えば疲れます(笑)。
でも、そこから人間は成長していくんじゃないかな。「みんな同じがいい」と言うのは楽なんですけど、それだと社会のことや人間のことが分からなくなる。本の中でも息子に「多様性は楽じゃないのに、どうしていいの?」と息子に質問されて「楽ばっかりしていると、無知になるから」と答えています。
実はアフリカから来た女の子はその後、不登校になってしまったんですが、すごく歌がうまくて、音楽部に入りコンサートで大活躍したというエピソードも続きの連載で書いています。それで学校にも来るようになって、お母さんもすごくうれしそうでした。ママ同士として一度、誤解を生んだこともあったけど、もうそれはお互い水に流したというか……。多様性のある社会では衝突しても水に流していかないと生きていけないですから。たいへんな中にも、そうしてときどきよかったと思えることもあるし、多様性がある社会は案外楽しいですよ。
■エンパシーが世界中で弱まっている
——多様化社会、ダイバーシティの実現に向けて、そういったエンパシーの能力を高めるにはどうしたらいいのでしょうか?
この本で書きましたが、息子が学校で教わってきた「他人の靴を履いてみる」ということ。すごくシンプルな言葉ですけど、そういった力が今弱まっているからこそ、世界中で分断が激しくなっているのではないでしょうか。
うちの息子は「ホワイトでイエロー」ということで差別されたこともありましたが、そういう違う考えを持った子どもともなんとなく付き合ってお互いのことを知り、変化しながら成長しています。そんなふうに中学校という場所は社会の縮図であり、ひとつの小宇宙。そこで起きていることはおそらく大人にとっても学びになることが多く含まれている。そう考えて書いた本なので、日本で暮らす方々にとっても何かのヒントになればいいと願っています。
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1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、96年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、著書多数。
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(保育士・ライター・コラムニスト ブレイディみかこ)
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