香港の自由を奪う中国の魂胆は見え透いている
プレジデントオンライン / 2019年10月4日 18時15分
■過去最大規模となった中国の軍事パレード
中国は10月1日、建国70年(国慶節)を迎えた。
北京中心部の天安門周辺で実施した軍事パレードでは軍備増強を誇示し、アメリカの軍事力に対抗する強い意志を示した。今後、貿易面で圧力をかけてくるアメリカとの間で、軍拡競争が激化することは間違いない。
報道によると、軍事パレードには約1万5000人の兵士に、約750のミサイルや戦車、軍用機などが参加した。中国や北朝鮮などいわゆる一党独裁国家、独裁政権はこの手のパレードが大好きのようだが、今回の中国の軍事パレードは過去最大規模となった。中国国防省によれば、兵器や軍用機はすべて中国産だという。
いまから30年前の1989年6月3日夜から翌4日朝にかけて、この天安門広場でイギリス外務省の公文書では「1000人から3000人」、中国政府の発表では「319人」の死者が出た。市民が戦車によって踏み殺されるシーンは、世界に衝撃を与えた。その光景が脳裏に浮かび、中国の建国70年を伝えるテレビ画面から思わず目をそらした。
■金正恩と習近平の政治思想は親子のように似ている
軍事パレードで初公開された、極超音速兵器を搭載した「東風17号(DF-17)」は、アメリカにとって大きな脅威だろう。極超音速兵器はアメリカもロシアもまだ開発段階にあるうえ、これまでのミサイル迎撃システムでは撃墜が困難だからである。新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「DF41」も初公開されたが、これはアメリカ本土全体を射程に収め、核弾頭10個を搭載することが可能だ。
いずれの兵器も大量殺人が可能なだけに、テレビに映し出されたその映像は不気味さそのものだった。
中国の軍事パレードは北朝鮮のそれとよく似ている。いや、北朝鮮が中国をまねて軍事パレードを繰り返しているのだ。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と中国の習近平(シー・チンピン)国家主席。2人が目指す政治は息子とその父のように似ていると思う。
■香港ではついに「警官の実弾発砲」で負傷者が
いまの中国にとって香港は目の上のたんこぶだろう。そのたんこぶが日増しに大きくなっているから、これほど厄介なものはない。
その香港で1日、民主派の学生や市民らが、中国建国70年に合わせて香港政府と中国政府に対する大規模な抗議デモを行った。デモ隊は高度な自治を認めた本来の「一国二制度」が形骸化していると訴え、香港各地で行進した。
デモ隊の一部は警官と激しく衝突。18歳の男子高校生が銃で撃たれ、病院に運びこまれた。今年6月から続く抗議デモで警官の実弾発砲による負傷者が出るのは初めてだった。
■心臓からわずか3センチの位置に止まっていた
香港警察の発表によると、警官は中国本土に近い新界地区で発砲した。警察は「脅威にさらされて発砲した」と説明。警官が斜め後ろから棒を持って近づいてきた男子高校生に対し、振り向きざまに至近距離から胸に向けて拳銃を発砲した。
銃弾は体内で割れ、そのかけらの一部が心臓からわずか3センチの位置に止まっていた。高校生は病院で4時間かけて銃弾のかけらの摘出手術を受けた。幸い容体は安定しているという。
1日の香港各地の抗議デモでは、警官隊の衝突による負傷者は104人で、胸を撃たれた男子高校生のほかに2人が重体、2人が重傷となった。
建国70年の記念日の10月1日に香港で、天安門事件の再来があるのではないかとずっと心配していた。死者が出なかったことに安堵(あんど)を覚えた。
■尖閣諸島にもその触手を伸ばす「膨張中国」
香港を「一国二制度」という分かりにくいシステムで政治的に縛り、経済的には巨額な利益を吸い上げようとする中国政府の魂胆は見え透いている。
香港の市民がいま、欲しているは真の自由と民主主義である。市民の意見が反映する政治であり、努力した者が報われる経済だ。いくら物質的に潤っても経済的に豊かになっても、市民に自由がなければ意味がない。中国の習政権には自由を求める香港市民の気持ちが分からないだろう。
世界第1位の14億の人口を抱え、経済力、軍事力はアメリカに次ぐとも言われる中国。シルクロードを模した「一帯一路」という国家戦略を立て、周辺の国々を巻き込んで突き進もうとしている。
その膨張はエスカレートするばかりだ。南シナ海の島々の周辺に人工島を次々と建設し、軍事基地化やガス田の開発をもくろみ、日本の固有の領土である尖閣諸島にもその触手を伸ばしている。
■「世界最大のCO2排出国家」という点から待ったをかける
習政権にとって香港が目の上のたんこぶであると指摘したが、香港には自ら巨大なたんこぶとなって中国の野心を叩(たた)き潰(つぶ)してもらいたい。そのためには欧米を中心とする国際社会が、大きな助け舟を出す必要がある。具体的には国連である。
石炭をエネルギーの中心に据えている中国は、世界最大のCO2排出国家だ。たとえば国連の気候変動枠組条約国会議などが環境面から中国をさらに縛っていく。地球温暖化対策ならば軍事力削減と違って中国に“待った”をかけやすい。
環境から入って経済、政治、そして軍事へと縛りをつなげていく。北京の空気が汚れ青い空が消え、中国に住む人たちも環境への意識や配慮に関心を持っている。いまがチャンスだと思う。
国際社会が頭を使うときが来ている。
■「中国は、大きな岐路にさしかかっている」
10月1日付の産経新聞の社説(主張)は、大きな1本社説だ。見出しで「中国建国70年 強権の暴走に監視強めよ 経済力と一体の軍拡に警戒を」と大鉈を振るう。さすが、中国が大嫌いな産経社説である。
さらに「このまま中国共産党の独裁下で覇権の確立へと邁進するのか、それとも政治的な自由や人権を重視した別の道を模索するのか。建国70年の節目を迎えた中国は、大きな岐路にさしかかっている」と書き、一党独裁の政権を批判する。
この産経社説でおもしろいのは次のくだりである。
「一党独裁下の70年は、悲惨な事件の連続だった」と指摘した後、大躍進運動や文化大革命での失敗、天安門事件の惨劇、新疆ウイグル自治区の強制収容などの問題を挙げ、「常識では考えられないことがまかり通っている。昔も今も、人権が軽んじられている事実をしっかりと認識しなければならない」と書く。
■産経社説にジャーナリズムは存在するのか
一見すると、分かりやすい主張なのだが、産経社説は元来、人権を重視してこなかった。人権を唱える朝日社説や毎日社説のスタンスを否定的に論じてきた。
極端に言えば、弱者の立場に立たずに強者の立場に立ち、時の政権や有力企業を擁護してきた。新聞社経営の衰退とともに、その傾向が年々高まっている気がする。
果たして産経社説にジャーナリズムは存在するのだろうか。そんな産経社説であっても嫌いな中国のこととなると、人権をストレートに訴えるのだから実におもしろい。
■「新タイプの軍事大国」に日本がどう対処していくのか
毎日新聞(10月1日付)の社説も産経社説同様に大きな1本社説だった。
冒頭部分で同じように「強大化した中国に世界は戸惑い、警戒感が高まっている。米中貿易戦争や長期化する香港のデモもその表れだ。国際秩序を破壊するのか。それとも共存を図るのか。中国の姿勢が問われている」と中国が岐路に立っていることを指摘する。
ただ「ナポレオンの『予言』どおり、『眠れる獅子』が覚醒し、世界を『震撼』させている」との表現は大げさだろう。
中盤ではこのような興味深い指摘もする。
「突出した資金力、技術力で本土から遠く離れた南シナ海に巨大な人工島を造成したことは中国の脅威を顕在化させた。経済が低迷し、軍事力の負担に耐えきれずに崩壊に至った旧ソ連とは異なる、新たなタイプの軍事大国の誕生ともいえる」
「新たなタイプの軍事大国の誕生」とはまさにその通りだ。問題はこのタイプの軍事大国にどう日本や国際社会が対処していくかである。
最後に毎日社説は「日本には、巨大な隣国である中国と共存する以外の選択はない。来春には習氏の初の国賓訪問も予定される。中国に懸念を直言し、米中対立を緩和に向かわせることが日本の重要な役割ではないか」と主張する。
ここは安倍晋三首相にがんばってもらうしかない。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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