日本よりざんねんなアメリカ政治の批判ごっこ
プレジデントオンライン / 2019年10月23日 11時15分
■16歳を起点に始まった世界的ストライキ
9月20日、世界同時に開催された抗議行動「気候変動ストライキ」は、16歳の環境活動家グレタ・トゥンベリさんを先頭に、世界150カ国400万人の若者が環境への危機を訴えた。彼らの中には率先してプラスチックストローをやめ、エコバッグや水筒を持ち歩き、さらには、肉を食べるのを減らすという行動を実践している者も少なくない。
そんな彼らに対する大人たちの反応は、意外な展開を見せつつある。環境問題が2020年大統領選の大きな論点になりつつあるだけでなく、日本人にはちょっと想像もつかない「肉をめぐる争い」が起こっているのだ。
スウェーデンの高校生、グレタさんは2018年8月、毎週金曜日に学校を休み、議会の前で環境対策を訴えるストライキをたった1人で始めた。これがネットで世界に広がり、世界中の高校生がそれぞれ同様のストライキを開始。やがて今年5月には150万人が参加する世界同時の高校生ストに発展した。グレタさんは一躍時の人となり、今年のダボス会議に続き9月の国連環境サミットにも招かれて、一時はノーベル平和賞受賞もささやかれた。
そしてサミット直前の9月20日。今度は若者だけでなく多くの環境保護団体や企業なども巻き込んで、世界150カ国で世界同時の環境ストライキが開催された。主催者推定では400万人が参加したとされている。
筆者も25万人(主催者発表)を動員したニューヨークでの抗議行動を取材した。スタート時刻の正午、集合場所は手作りのプラカードを持ったたくさんの人々で身動きが取れなくなるほど。その過半数は、中高生と大人同伴の子どもたちだった。
■パタゴニア、アマゾン、グーグル社員も参加
この日は平日だったにも関わらず、なぜ多くの児童や学生が集まったのか。ニューヨーク市からは前日、公立の小中高110万人の生徒に対しストに参加するなら学校を休んでもいいと通達が出ていた。民主主義を実地で学ぶチャンスであるとともに、子どもたちの環境への強い関心と危機感の高さに配慮した計らいだったとも言えるだろう。私の友人の子どもたちも、何日も前から熱心にプラカードを作っていた。
実際どのくらいの大人が会社を休んで来ていたかは分からないが、報道ではパタゴニア、バートン、ラッシュなど若い世代に人気のブランドが活動に賛同、当日は店舗やオンラインショップをシャットダウンした。一方、アマゾンのシアトル本社では社員1000人がストライキへの参加を表明、グーグル社員も参加という報道もあった。
彼らの手作りプラカードには思い思いのメッセージが書かれていた。「地球はたった一つしかない」「化石燃料産業と戦え」「自分は破壊された未来のために勉強しているのか?」などなど。
小学生の子どもがかぶっている家を型どった段ボール箱には、炎と共に「私たちの家が燃えている」というメッセージ。グレタさんがスピーチで常に口にするフレーズだ。フランスのマクロン大統領も、アマゾン火災報道を受けて同様の言い方をしていたのは記憶に新しい。
■「工場畜産は禁止」「議会はパニックせよ」
また、全身真っ黒なボディスーツに牛の頭の被り物をかぶった2人組、プラカードには「工場畜産を禁止せよ」と温室効果ガスを大量に放出する畜産に抗議している。「地球を救うためにヴィーガン(肉や卵などの動物性たんぱく質をとらない食生活)になろう」というプラカードを持ったグループもいた。
「投票することが環境を守る行動だ」と政治参加を求めるメッセージも目立ち、「議会はパニックせよ」と、環境対策に消極的な政治家たちに対する憤りや怒りをぶつけたものもあった。
筆者は参加者数人に「なぜこの抗議行動に参加したのか」という質問を投げてみた。
13歳の女子は「気候変動に対する大人たちの知識が少なすぎる。温暖化がフェイクニュースではないということを知らせたかった」と答えた。またアマゾンの火災に関しても「これまで報道が少なすぎたけれど、今回世界の多くの人が知ることになったのはよかった」と語ってくれた。
14歳の女子は「気候変動に対処するために残された時間は最悪12年(国連が2018年発表した)しかないのだから、温室効果ガスを減らすための抜本的な対策をしてほしい。地球を悪くしている大人もこの抗議に一緒に参加し、政府に圧力をかけ、毎日の生活も変えてほしい。例えば公共交通機関を使うとか、地球を救うためにやってほしい」
■温暖化対策はアメリカを二分する問題に
15歳の男子は「この抗議活動は自分たち生徒が学校を休んでやっているけれど、実際に世の中を変えることができるのは大人だけだ」と訴えていた。
彼らはおしなべて「環境に関する大人の動きが鈍い」と感じている。そしてその背景には、環境をめぐる驚くべき政治の二極化が存在していた。
アメリカ人の環境への意識はにわかに高まっていて、気候変動が人類の未来に深刻な影響を与えると考える人は、6年前の4割から6割近くに増えている(ピュー研究所調べ)。ただし、意識が高まっているのは、野党の民主党支持者だけなのだ。
研究所によると、民主党と民主党寄りのインディペンデント(支持政党なし)の有権者の84%が、温暖化を深刻に捉えているのに対し、共和党支持者は27%にとどまり、6年前からわずかしか増えていないという。つまりアメリカ人の環境意識は、リベラル寄りの民主と保守寄りの共和ではっきりと二極化してしまっていることになる。
その結果、本来ならば地球と人類全体の問題であるべき環境問題は、政治的な対立の火種になってしまっているのだ。
■スター議員が打ち出した「グリーン・ニューディール」
ご存知のように、トランプ政権と共和党は人間の活動による気候変動・地球温暖化を否定し、経済優先で環境規制を次々と緩和している。それに対し、民主党がもっと厳しい環境規制を掲げて大統領選を戦おうとしているのは自然な流れでもある。
今年2月、民主党が提案した「グリーン・ニューディール」という決議案は、環境対策だけでなく、気候変動の影響を最も受ける低所得者の救済も含めた非常にプログレッシブなもので、提案したのが今年ニューヨークから最年少で下院議員に就任し、瞬く間に民主党のスーパースターになった“AOC”ことアレクサンドリア・オカシオ・コルテス(30)だったことも大きな注目を集めた。
「グリーン・ニューディール」というタイトルも、1930年代の世界大恐慌後のルーズベルト大統領による有名なニューディール政策を彷彿(ほうふつ)とさせ、スケールの大きさとシリアスさを感じさせた。法案は上院で否決はされたが、「環境の民主党」というイメージを強く印象付けることには成功したと言っていい。
ところが驚くのは、それに対しトランプ大統領と共和党が送り始めたメッセージである。
■「民主党に投票すると肉が食べられなくなる」
「民主党が打ち出す厳しい環境規制が実行されると、今まで乗っていた車にも飛行機にも乗れなくなる、ハンバーガーも食べられなくなり食生活も変えなければならない。これまでの生活を守るためには共和党に投票すべきだ」
驚いたことに、さらにこれをマネタイズしているのがトランプ大統領である。トランプ選対委員会のオフィシャルウェブサイトでは、有名な赤いMAGAキャップ(「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」と書かれた帽子)などとともにプラスチックのストローが売られている。「トランプ」というロゴ入りの赤いストローに込められたメッセージはこうだ。
「民主党は環境に悪いからとプラスチックのストローを禁止して、紙のストローを押し付けようとしている。紙ではなんとも飲みにくい。ウチのストローはリサイクル可能なプラスチックだし太くて飲みやすいからこちらの方がベターだ」
10本入りで15ドル、これまでに約5万5000セット(80万ドル相当)を売り上げて選挙資金の一部になっているという。
■「肉を食べるか否か」論争は共和党の思うツボ
こうした両党のせめぎ合いは、アマゾン火災が大きく報道され始めた夏の終わりから顕著になっていたが、そこで折しももう一つの巨大な自然災害が発生した。アメリカ人の人気リゾートでもあるバハマを襲った史上最強のハリケーン・ドリアンが、壊滅的な被害をもたらしたのである。
この辺りから、アメリカ人の環境への関心がこれまでで最高潮に達したのは間違いない。
その直後、CNN主催で民主党の大統領候補者を集めた視聴者参加番組「環境タウンホール」が開催された。
各候補者はそれぞれ独自の環境対策を打ち出し有権者にアピールしたが、ここでも肉やストロー、そして省エネ電球などが話題に上がったのだ。
最有力候補の一人、エリザベス・ウォーレン上院議員はこんな質問を受けた。「トランプ政権は省エネ電球の基準を引き下げると発表しましたが、国民がどんな電球を使うかを政府が決めるべきだと思いますか?」
それに対しウォーレン候補はこう答えた。
「もちろん環境のためにできることはたくさんあリ、人によっては省エネ電球だったり、ストローやチーズバーガーをやめることだったりもする。でも、私たちがそれに関して論争することは、もっと環境を汚している化石燃料産業の思うツボ。大気中に放出される温室効果ガスの7割はこうした産業から排出されていることを考えると、私たちがターゲットにしなければならないのはこうした産業なのだから」
一方、その1週間後に行われた3回目の民主党大統領候補討論会でもこんな会話があった。自身がヴィーガンとして知られるコーリー・ブッカー上院議員は、「環境を守るためにアメリカ人は皆ヴィーガンになるべきだと思うか?」と聞かれ「ノー」と答えている。
いずれも共和党の思惑通り、環境論争が肉やストローに終始してしまうことを警戒しての反応だろう。
■共和党支持でも環境意識が高い若者たち
人間活動による地球温暖化を否定し、不要な環境対策で肉が食べられなくなるという危機感をあおる共和党と、それに対し政府による企業活動の規制を訴える民主党。
真っ二つに分断されているように見えるアメリカ人の環境意識だが、実は若者世代だけをとると、全く違う現実が見えてくる。
ミレニアル&Z世代(18~38歳)に気候変動が人間活動によるものと考えるか尋ねたところ、イエスと答えた民主党支持者は76%だった。これは当然としても、意外だったのは共和党支持者の回答だ。55歳以上の大人の支持者だけだと約半数近くがノーと答えている共和党が、若者世代になるとむしろ民主より1%多い77%がイエス、つまり人間活動によるものだと答えているのだ(ニュースメディアNewsyと調査会社Ipsosの合同調査)。
つまり環境問題に限っては、若者世代の間では二極化は存在しない。これが一体感ある大規模な抗議行動や、肉を減らしたい、ヴィーガンになりたいというトレンドにも反映されているのだ。
■「肉を食べたい大人と環境を救う若者」の構図に?
ここで再び1年後に迫った大統領選に話を戻し、環境問題に敏感な若者票がどう大統領選に影響してくるのかを展望してみよう。
若者の投票率が低いのは日本と同様だが、それだけに投票すれば大きな変化をもたらす可能性がある。実際オバマ大統領を2度当選させたのも、投票所に押し寄せた若いミレニアル世代だった。
当時に比べ、彼らは全体としてますます民主党・リベラルに寄っていて、逆にトランプ大統領の支持率は3割と低い。そんな彼らの投票率が上がることは民主党にとっては大きな追い風だし、共和党には脅威になる。そして彼らを燃え上がらせ、投票に向かわせる大きなファクターになりそうなのは、今のところ環境問題に間違いない。つまり大統領選の行方は、民主党がどれだけ実行可能で効果的な環境対策を打ち出すことができるかにかかっている。
それに対し、共和党は「肉論争」を激化させ、ライフスタイルを変えたくない大人にアピールしつつ、今後も経済優先を訴えて規制緩和に対する批判をかわそうとするだろう。
大統領選を制するのはどうしても肉を食べたい大人か、それとも肉を減らしてでも環境を救いたい若者か? 肉をめぐる政治的ジェネレーション・ウォー(世代間争い)はすでに始まっている。
その票の行方は、今後1年間で地球環境がどう変わっていくのか、つまり今後アマゾン火災や巨大ハリケーンのような大災害が起きるかどうかにも左右されるだろう。一方、11月29日に2回目の世界規模の抗議行動を呼びかけているグレタさんの動きも注目だ。こうした抗議行動が今後どれほど盛り上がるかも見逃せない。
環境問題は大統領選を左右する最大のファクターの一つとしても、今後ますます目が離せないものになっていくだろう。
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ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ
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(ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家 シェリー めぐみ)
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