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「女の子は50kg以下がいい」という先入観の正体

プレジデントオンライン / 2019年10月31日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TommL

女性が「やせたい」と言い出すのはなぜなのか。文化人類学者の磯野真穂氏は「生まれたときから『やせたい』と思っている人はいない。背景には、『やせている人の方が素敵である』という社会に共有された価値観がある」という——。

※本稿は、磯野真穂『ダイエット幻想』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。

■女性への「やせ礼賛」が浸透した90年代

私が初めて「やせたいな」と思ったのは中学生の時です。

いまやったら大問題になりそうですが、当時の身体測定は、男女別に部屋を分け、生徒をそれぞれ名簿順に並ばせた後、保健の先生が体重をみんなに聞こえるように大きな声で読み上げており、私はそれが嫌で仕方ありませんでした。

その頃の私の身長は155センチに少し足りないくらい。クラスの中では6番目か、7番目の身長でしたが、体重はもうすぐ50キロに差し掛かりそう。「こんなに小さいのに体重が50キロあるなんて恥ずかしい」と思っていたのです。当時の写真を見返しても全く太っておらず、なぜそう思ったのかはよく覚えていないのですが、とにかく50キロは絶対にダメな体重と思っていました。

後で調べてみてわかったのですが、私が中学生になった90年代は、女性に対するやせ礼賛の風潮が社会に浸透した頃でした。いまでも記憶に残っているのは、(たぶん)和田アキ子さんが司会をしていた夜の特番です。太った女性たち数人がサウナスーツを着て、必死に運動をしていました。プログラムをさぼったり、エクササイズを真剣にやらなかったりする参加者には、トレーナーから叱咤激励の声が浴びせられます。

彼女たちがなぜそこまでしてやせようとしていたのかは覚えていません。ですが、「やせること・やせようとすることは素晴らしい。一方、やせられないのは努力のできない、だめな人たち」というメッセージをその番組からはっきり受け取ったことは確かです。

■「重いことは恥ずかしいことらしい」

もう一つ覚えているのは、友人とその母親が遊びに来ていた時の出来事です。

私と彼女はいつも通り一緒に遊んだ後、母親二人がお茶をしている居間に合流しました。その時、話題はなぜか体重の話になり、いきなり友人が「うちのお母さんの体重は○キロ!」と体重を公開したのです。

友人の母は、慌てふためき、顔が真っ赤になりました。明らかに自分の体重は他人に知らせるようなじゅうぶんに「軽い」ものではないという態度です。私はその体重を聞いても何も思いませんでしたが、その姿を見る中で、「重いことはどうやら恥ずかしいことらしい」というのを学んだのです。

冒頭のエピソードと重なるデータが、2016年から行っている、「からだのシューレ」のアンケート結果から出ています。「からだのシューレ」とは、身体と食べ物を、社会とのつながりから考えるためのワークショップです。これまでに22回開催され、私のほかに、元摂食障害の当事者で、摂食障害の啓発活動を行っている編集者の林利香さん、管理栄養士の鈴木真美さん、プラスサイズモデルの吉野なおさんがいらっしゃいます。

■10代前半で「やせたい」気持ちが生まれる

シューレでは、ご来場の方全員に「初めてやせたいと思ったのはいつか」「なぜやせたいと思ったのか」という2つのシンプルな質問をしており、ご来場くださった女性161名(第1回~11回の合計)の回答を見ると、初めて「やせたい」と思った時期は、小学校高学年から中学までの時期に集中します。

つまり第2次性徴期を迎え、身体が丸みを帯びてくるその時期に、その成長を押さえるような気持ちが生まれているのです。ちなみに男性の参加者は18名しかないのでほとんど参考にはなりませんが、全員大学卒業以降でした。

なぜこの時期に彼女たちはやせたいと思ったのでしょう。「なぜやせたいと思いましたか」についての回答を分類すると、そのきっかけの65%を占めたのが、「比較」でした。この内訳をさらに細分化すると、①他者からのコメント、②自分で自分を比較する、③他人による他人の体型指摘、④洋服のサイズ、という分類が得られましたので、それぞれの中身を簡単にご紹介します。

■「太ったね」「もう少しやせなよ」

①他者からのコメント

ここに入るのは、「すごい太ったね」、「もう少しやせなよ」などの他者からの言葉です。これらコメントを「比較」としたのは、そう言ってくるかれらの頭の中に、過去の彼女たちの体型や、彼女たちよりもっとやせている他者のイメージがあり、それらとの比較の上でこれらの言葉が発せられているからです。男の子から「デブ」とからかわれ続けた、部活の顧問の先生からしきりにやせるように言われたといった経験もここに入ります。

②自分で自分を比較する

これは文字通り、自分自身の中の比較です。以前よりも体重が増えた、写真を撮ったら友人より太っていた、鏡に映った姿を見たら自分が一番太っていると思った、そのような出来事が含まれます。

③他人による他人の体型の指摘

これは友人との会話の中で、「○○ちゃん、太っているよね」とか、「女の子は50キロ以下でいてほしい」といった会話を耳にすることです。これらのコメントは、直接自分に向けられてはいませんが、社会の中でどのような体型がネガティブな評価を受けるのかを学ぶ機会として働きます。

④洋服のサイズ

最後のカテゴリーは洋服です。着たい服が入らない、やせていないとおしゃれに見えないといったことが理由です。着てみたい洋服と自分の体型を重ねるので、これも比較のひとつです。

■生まれた時から細くなりたい人はいない

女性116名へのアンケートで、「生まれたときからやせたいと思っていた」と回答した人はひとりもいません。この結果から明らかなのは、「やせたい気持ち」が成長の過程で現れ、しかもその多くが他人と自分を見比べたときに現れているということです。

でも、なぜ比較をし、その上で体型を変えようと思うのでしょう? 隣の子のボールペンが、自分のボールペンより細かったとしても、もっと細いボールペンを買おうとは思いません。私は左利きですが、周りが右利きだからといって変えようと思ったことはありません。違いに気づくだけでは、変化のモチベーションは高まらないのです。

人が比較の上で何かを変えようと思った時、その背後には何らかの価値観があります。この場合のそれは、やせている人の方が素敵であるという、社会に共有された価値観です。私たちは成長の過程でこれを学び、その学びが「もっとやせなよ」といったアドバイス、「デブ」という罵(ののし)り、あるいは「やせたい」という気持ちにつながります。

■「気持ち」は自分の外からやってくる

このような考えを目新しいと思う方もいるかもしれませんが、私たちのふるまいや、考え、嗜好、さらには感覚や感情までも学習によって生まれてくると考える文化人類学において、これはごく一般的な人間の理解の方法です。

たとえば伝統的なポリネシアの社会では、女性がおっぱいを人前でさらすことはわいせつでもなんでもない一方、太ももを人前にさらすことは大変に恥ずかしいう考えがかつては存在しました。そればかりでなく、おっぱいに性的な魅力を感じるのは子どもだけで、大人になったらそんなところに魅力は感じないという見方もあったとか。

恥じらいとか、性的な興奮は、自分の意志とは関係なく生まれてくるどうにもあらがえないもののように思えます。ですが、そんな気持ちの中にすら、それぞれの文化が持つ価値観が滑り込むのです。

■「やせたい」と思わせる環境から逃げればいい

とはいえ、「その気持ちは、ほんとうは外から来たものなんです、なんて言われてもどうしようもない。私のやせたい気持ちは変わらない」という人もいると思います。誤解しないでほしいのですが、私はみなさんのそのような気持ちを否定したいわけではありません。また「やせたい」と思うことがよくないというつもりもありません。

磯野真穂『ダイエット幻想』(ちくまプリマー新書)

ただ私たちは、「朝から晩まで体重のことしか考えられない」、「太ることが怖くて、楽しく食事もできない」といったように、「やせたい」という気持ちにしばしばがんじがらめになることがあります。私はこのような人たちに、《「やせたい」と思わせる環境から逃げればいい》というメッセージを送りたいのですが、気持ちを自分だけのものだと思いすぎると、私たちをとりまく世界が、私たちの気持ちを作っているという現実に気づきにくくなり、逃げるという選択肢がみえにくくなります。

ですから私は、そのような状態を解きほぐすための1つの方策として、「やせたい」という気持ちの構造を、私たちと世界との関わりという点から見ていきたいのです。

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磯野 真穂(いその・まほ)
国際医療福祉大学大学院 准教授
1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒。オレゴン州立大学応用人類学修士課程修了後、早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は文化人類学、医療人類学。著書に『なぜふつうに食べられないのか 拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界 「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、宮野真生子との共著に『急に具合が悪くなる』(晶文社)がある。

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(国際医療福祉大学大学院 准教授 磯野 真穂)

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