「肥満は自己責任」と言われるようになったワケ
プレジデントオンライン / 2019年11月11日 11時15分
※本稿は、磯野真穂『ダイエット幻想』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。
■メディアで話題になった「シンデレラ体重」
2018年冬、シンデレラ体重という言葉がメディアで取り上げられ話題になりました。出所は不明ですが、ネットで広く共有される情報を見ると、BMI18、あるいは身長(m)×身長(m)×20×0.9の計算式で算出される体重のことを指すようです。たとえば、身長150cmだと40.5kg、155cmだと43.2kg、160cmだと46.1kg、165cmだと49kgがシンデレラ体重になります。
私が担当する早稲田大学の医療人類学のクラスを受講した学生たちがシンデレラ体重についての大変興味深いアンケートを実施してくれたので紹介しましょう。
アンケート回答者は、彼女たちの友人・知人84名で、同世代の大学生です。84名はアンケートとして多い数字ではなく、データが発表の数日前に慌てて集められたというほほえましい経緯もあるため、これがどの程度一般化できるかは議論の余地があります。しかし友人からの依頼という、回答者にとって気軽に答えられる状況でのアンケートなので、その点に置いてはむしろ信頼がおけるともいえるでしょう。
ここから先は、彼女たちが提供してくれた元データを、私が再分析しながらお話を進めます。
■「やせること」への女子大生の複雑な心境
彼女たちが作成したアンケートの項目はいたってシンプルです。シンデレラ体重の解説をし、自分のシンデレラ体重を回答者に把握してもらった後、次の質問が続きます。
②シンデレラ体重に具体的にどのようなイメージがあるか
③自分の身長に対するシンデレラ体重を知ったうえで、シンデレラ体重になりたいか
結果は次のようになりました。
良い:52名(62%)
悪い:32名(38%)
・自分の身長に対するシンデレラ体重を知ったうえで、シンデレラ体重になりたいか
目指したいと思う:50名(60%)
目指したいと思わない:34名(40%)
このアンケートが示すように、半数を超える学生がシンデレラ体重を肯定的かつ目指し得る体型として捉えています。しかし「シンデレラ体重に対するイメージ」についての回答を見ると一転、この体重に対する女子学生の複雑な心持が見えてきます。
たとえば、シンデレラ体重に対して「良いイメージ」を持ち、かつ「目指したい」と答えた人(38名)の回答を見ると「なりたい」「素敵」「細い」「理想の体型」「顔がブスでもかわいく見える」「この体重まで持っていければ」といったように肯定的な回答がならびます。
■「やせすぎ」だけど「理想の体型」という複雑さ
ところが面白いのは、「目指したい」と答えながらも「悪い印象」を持つと答えた学生(11名)もいることです。
回答には「やせすぎ」「がりがり」「軽くないといけないという強要」といった言葉が見られます。「放っておいてくれと思いつつ……」と書いた学生もいました。この彼女たちの回答は、「シンデレラ体重に悪いイメージを持ち、かつ目指したくもない」と回答した学生(21名)の「やせすぎ」「押し付け」「非現実的な理想」といった言葉と呼応します。
他方、「目指したくない」と答えながらも「シンデレラ体重にはよいイメージを持つ」と答えた学生も13名いました。そこには「かわいい人はマストみたいな世間のイメージ」「女子力高そう」「天使の羽のような軽さ」といった言葉が並びます。
これら回答は、シンデレラ体重に対する女子学生の入り組んだ気持ちを表します。「目指したい」と思いながらも、「行き過ぎじゃないか」と思う。「こんなのはごめん」、と思いながらも、どこかで「こうなりたい」という気持ちも隠しきれない。そんな複雑さです。
ダイエットの当事者である女子学生自身に「やせすぎ」「がりがり」「強要」といったネガティブなイメージを持たせうる体型が、同時に「かわいい」「理想の体型」といったポジティブなイメージとしても立ち現れるのは一体何故なのでしょう。
■「デブ専」という言葉が持つ前提
世間ではやせている人が評価される。
こういうと、「いや、『デブ専』みたいな言葉もあるじゃない」といった反論がくるかもしれません。おっしゃる通り、太っている人に魅力を感じる人たちは存在します。また、タレントの渡辺直美さんのような大きめ体型でありながらも「かわいい」「きれい」という評価を世界中から受ける人もいます。
ですがこのような状況を受けても、私たちの社会がやせていることを評価する事実は変わりません。たとえば、「デブ専」という言葉は、多くの男性がやせている女性を好むという前提があるからこそ生まれた言葉です。それの証拠に「ホソ専」という言葉はありません。
からだのシューレのメンバーである、吉野なおさんがモデルを務める、ぽっちゃり女子のための雑誌『la farfa』にモデルとして出てくる皆さんはとても素敵ですが、だからといって日本女性のやせすぎか解消に向かっているわけでもありません。
では、やせていることはなぜこうも称えられるのでしょう。
■昔の美の基準は「ぽっちゃり型」だった
やせていることを評価する社会は昔からあったわけではなく、この100年にも満たない社会の変化の中で起こりました。それまでの美の基準はぽっちゃり型だったのです。
人間の社会が、狩猟採集から農業や牧畜を中心とした食料を作り出す社会に移行し始めたのは約1万2000年前です。新石器革命と呼ばれる狩猟採集から農業への移行は、それまでの社会とは大きく異なる社会の誕生を可能にしました。農業により生活を営むということは、獲物を求めて住処を頻繁に変える必要がないということ、つまり食糧の備蓄が可能になるということです。
この変化により、一つのコミュニティでより多くの人口が保持できるようになり、結果としてコミュニティを保持するための政治経済体制が、狩猟採集時代のそれらよりも複雑な形で成立していきました。
するとそのコミュニティの中で社会の階層化が生じ、偉い人とそうでない人が登場します。階層化によっておいしい思いをするのは当然ながら支配階層にいる人々であり、それは食糧不足の際に特に露(あら)わになります。狩猟採集社会では身分の分化が少なく、比較的平等に食料が分配されますが、農業による定住生活が始まると事情が変わり、支配階層の人々は、下位の者に税金といった形で食料を納めさせ、食料の備蓄ができます。この結果、飢饉(ききん)が起こっても飢えずにいられるのです。
■自分の身体をコントロールできることに価値
その結果、太った身体は十分な食料にアクセスできることの象徴、つまり上流階級の証としてはたらき、加えて、女性の場合は、ぽっちゃりした身体が、元気な赤ちゃんを産むことのできる印としてみなされました。婚姻前に無理やり新婦を太らせる習慣を持つ民族がいくつも報告されているのはそれが理由です。
ところが、社会の工業化が進むと状況は一変します。食料確保と備蓄の技術が進み、貧しい者でも簡単に太ることのできる社会が到来すると、十分な食料を備蓄できること、餓えずいられることは富の証ではなくなります。
むしろ大量の食べ物に囲まれる中でも、その誘惑に屈することなく、自らの意思で自分の身体をコントロールできることに価値が置かれるようになるのです。こうして太っていることは病気の兆候、やせていることは健康と美しさの証となり、結婚式を控える新婦がダイエットに励む社会が訪れます。
■病気は「不運」から「自己管理の失敗」になった
次に考えていきたいのは、体型と健康、そして自己管理の関係です。一般的に私たちの社会では、やせている人は自己管理ができて健康で、太っている人は自己管理ができずに不健康といわれます。しかしこの結び付けはどこから来たのでしょう?
実はこの考えもそれほど古いものではなく、20世紀後半に広がった予防医学の考え方の影響を受けていることがわかっています。これはいまある病気を治療するのではなく、身長や体重、性格、ライフスタイルといった個々人に関する多様なデータを統合し、病気のリスクを統計的に割り出したうえで、予防のための介入を行う、20世紀後半以降の医学のあり方のことです。
このことを『リスク化される身体』(青土社)の中で体系的にまとめた医師の美馬達哉さんは、病気にならないための食事や運動指導、あるいは定期検診の推奨といった形で、心身の不調を感じない人々の生活にまで医学が介入しはじめた点を批判的に検討します。
それまでの医学は目の前で苦しんでいる人を治療するという「いまここ」に着目するものでした。ところが、予防医学の考えが広まるにつれ、医学は、そうでない人々の身体にまで積極的に干渉するようになります。
一方でこの考えは、「あなたの自己管理が悪いから病気になった」という自己責任論を生み出す温床にもなり得るのです。たとえば「自己管理を怠ったからがんになったにちがいない」とか、「予防注射を打たなかったからインフルエンザにかかったのだ」といった考え方をあげることができるでしょう。
がんの要因は様々ですし、予防注射をしてもインフルエンザにかかるときはかかります。しかし病気の自己責任論が行き過ぎると、個人のそれまでのふるまいがターゲットになりやすく、病気は人生の不運から、自己管理の失敗に姿を変えるのです。
■やせた身体には「理想とされる物語」が埋め込まれている
その中でもすぐに測定でき、外見からもある程度の予測が可能な体重は、自己責任論の格好のターゲットです。例えばアメリカのファット・アクセプタンス運動の研究を行なった文化人類学者の碇陽子さんは、『「ファット」の民族誌』(明石書店)の中で米国公衆衛生局の長官が2001年に「肥満はエピデミックの域に達した」と述べたことを批判的に検討します。
エピデミックとは本来、鳥インフルエンザのような感染症の爆発的な広がりのこと、つまり何かがエピデミックと呼ばれる時は、感染の広がりを食い止めるための早急な介入が必要なことが示唆されます。
つまりこの言葉が肥満に比喩的に使われると、肥満はあたかも感染するような病気であり、しかもその原因は本人の自己管理の失敗にあるという、肥満の当事者に過剰な恥と罪の感覚を持たせることが可能になります。日本で肥満がエピデミックと大々的に叫ばれることはありません。
しかし肥満と自己管理の失敗が結び付けられていることは明々白々です。現代社会においてやせた身体が賞賛されるのは、やせた身体の中に「自己管理を怠らず健康を維持している」という、私たちの社会の中で理想とされる物語が埋め込まれているからなのです。
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国際医療福祉大学大学院 准教授
1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒。オレゴン州立大学応用人類学修士課程修了後、早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は文化人類学、医療人類学。著書に『なぜふつうに食べられないのか 拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界 「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、宮野真生子との共著に『急に具合が悪くなる』(晶文社)がある。
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(国際医療福祉大学大学院 准教授 磯野 真穂)
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