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エストニア人に驚かれた「日本人の3つのムダ」

プレジデントオンライン / 2019年11月14日 15時15分

エストニアに本拠地を置くブロックチェーンスタートアップblockhive CEOの日下光氏

1991年に旧ソ連から独立して以来、世界に先駆けて「電子政府」を実現したエストニア。その「あたりまえ」は、日本とは大きく違う。エストニアで現地法人を設立し、日本でもビジネスを展開するblockhive CEOの日下光氏に聞いた――。

■働く人たちに「10分間の投票休憩」

平日の勤務中、10分間の休憩時間にオンラインで選挙の投票を済ませる。

これがエストニアの日常です。投票日は働く人たちに「投票休憩」が与えられ、すべての有権者が電子投票できる。そのためこれほど短時間での投票が可能です。

エストニアでは引っ越しもラクです。所要時間は数分。PCやスマホからオンラインで住所変更をすると、役所や警察、電気・ガス会社などの関係先に個人の同意に基づくかたちで連携することができます。

日本では転出・転入届を出すためにわざわざ役所へ足を運ばなくてはいけません。しかも窓口が混んでいたら、待ち時間だけで半日が潰れてしまう。引っ越しに限らず、こうした公的手続きのために貴重な有給休暇を使ったことがある人も多いのでないでしょうか。でもエストニアなら、デジタルデバイスさえあればいつでもどこでもオンラインで手続きが完了します。

■財布にカードを詰め込むこともない

エストニアは世界初の電子政府を実現した国として知られ、行政サービスの99%がデジタル化されています。それを可能にするのが、「e‐ID」と呼ばれる電子IDカードです。これはエストニア版マイナンバーカードといえるもので、普及率はほぼ100%。

政府の各省庁が持つデータベースを連携する基盤があり、そこに記録された個人のデータはすべてe‐IDとひもづいているので、このカードさえあれば本人性を担保できます。よって非対面のオンラインでもあらゆる行政サービスを受けられるわけです。

さらには行政だけでなく、民間企業もe‐IDと連動した利便性の高いサービスを提供しています。日本で複数の銀行に口座を作ったら、それぞれにパスワードを設定しなくてはいけません。でもエストニアの金融機関では、e‐IDで本人認証してログインできるので、個別のパスワードを設定する必要はなし。いくつものパスワードを忘れないように管理するなんて面倒なこともしなくて済みます。

スーパーや映画館でポイントカードを作るときも、e‐IDを提示すれば顧客情報と個人データが連携されるので、このIDカード一枚さえ持ち歩いていればどの店や施設でもポイントサービスを受けられます。買い物するたびに作った大量のポイントカードで財布がパンパンになることもありません。

■雇用契約はサウナのロッカーで

このように、デジタル化が進んだエストニアでは、日常生活における“ムダ”が徹底して省かれています。投票所や役所に足を運ぶのもムダ、パスワードをいくつも覚えるのもムダ、ポイントカードを何枚も持ち歩く手間もムダ。エストニアにいると、日本にいれば当たりまえだったことが、実は「やらなくていいこと」だったと気付かされます。

その最たるものが「手書きの署名」です。日本では頻繁に名前や住所の記入を求められます。ホテルに宿泊するたびに書き、店でポイントカードを作るたびに書く。ビジネスでも、一件の契約につき何枚もの書類に署名し、ハンコを押す作業がついて回ります。

一方エストニアでは、日常におけるほとんどのケースで電子署名が使われます。e‐IDカードがいわばデジタル世界のハンコのような役割を果たすので、手書きの署名は一切不要。e‐IDを専用のリーダーでPC端末と接続したり、連動したデジタルIDアプリを用いたりすることでかんたんに署名できます。

私が会社の従業員と雇用契約を結んだときも、サウナのロッカーにいたときにスマホにデータが送られてきたので、その場で電子署名したくらいラクな作業です。ハンコを取りに会社に戻るとか、相手に明日まで待ってもらうといった手間もありません。

そもそもエストニアには「once only(一度きり)」という原則があり、一度登録した情報は二度と自分の手を動かして入力しなくていい仕組みになっています。これは優秀なエンジニアの思考回路と同じです。2回以上同じ作業を繰り返したら、その重複を省くためにプログラムから書き換える。「一度しかやらなくていい」という前提が、社会全体のムダをなくしているのです。

■エストニアの「当たり前」を日本に逆輸入する

blockhiveはエストニア発の電子契約プラットフォーム「e‐sign」の日本展開を発表。日本語対応で、世界中の誰もが一生無料で使用できる。

これでわかるように、エストニアでは電子契約をはじめとするデジタルサービスが社会インフラとして定着しています。私がはじめてエストニアを訪れたときも、すぐに「この国には目指すべきデジタル社会の未来がある」と感じました。それで2017年にエストニアへ移住し、現地で法人を立ち上げました。

私はもともと日本でベンチャーを創業し、企業から受託したブロックチェーンの開発案件をたくさん手がけていました。エストニアは、ブロックチェーンの技術を国家基盤である行政システムに導入している唯一の国です。日本を含め、世界中の国々がいずれエストニアのようになる。

だったら外側から眺めるのではなく、実際にこの国で暮らしてデジタル立国を体感し、日本国内の課題を解決できる仕組みや制度があれば逆輸入したい。それがエストニアで起業した理由です。

日本国内で提供を始める予定の「e‐sign」はその一つ。これはエストニアと同様、デジタルIDで電子契約できるプラットフォームです。スマホのアプリからマイナンバーカードや運転免許証などの公的本人書類を登録すればデジタルIDが作成でき、印鑑の代わりに電子署名が可能となります。

日本でもすでに電子契約サービスは提供されていますが、一部のお試しプランをのぞき毎月1万円程度のランニングコストがかかります。一方、e‐signは完全無料です。無料での提供に踏み切ったのは、多くの人に利用してもらうことで、エストニアのようにデジタルサービスが社会に欠かせないインフラになってほしいと考えたから。

とくに日本はハンコ文化が根強いだけに、「紙に手書きで署名し、印鑑を押すのが当たり前」という常識を覆すには、メールのように無料で手軽に使える必要があると判断しました。

■令和元年は「電子政府化元年」

電子化については、日本も決して世界に後れをとっているわけではありません。政府は2023年までに電子政府化の実現を掲げ、今年5月には行政の電子化を推進する「デジタル手続き法」が交付されました。これにより、行政手続きのオンライン実施が原則化されます。令和元年は、「日本の電子政府化元年」でもあるのです。

デジタル化によって、日本ならではのサービスが生まれる可能性も高まります。遠隔診療はその一例です。日本では地方の医師不足が深刻化し、遠く離れた医師と患者をオンラインでつなぐ仕組みの整備が急務となっています。

これもデジタルIDが普及すれば、遠隔診療のサービスにログインするだけで保険証や医師免許のデータと連動し、診察後に医師が書く電子カルテや電子処方箋と患者の個人情報がつながります。患者が医薬品を扱うECサイトにログインすると、処方箋に適合する医薬品が自動的に表示されるといったサービスの連携も可能でしょう。

エストニアは日本に比べて国土が狭いので遠隔診療のニーズは高くありませんが、日本ではこれをデジタル化で解決できます。課題先進国である日本こそ、解決できることがエストニア以上にあるはずです。

■1人あたり年間一週間相当分の労働時間を削減

では、デジタル化によってムダが省かれた結果、何が生まれるか。それは「時間」です。エストニアの働く人たちは、電子署名の活用によって、1人あたり年間一週間ほどの時間が削減できたといわれています。

ここで重要なのは、「その一週間を何に使うか」です。エストニアの人たちは電子化以前から時間の使い方が上手で、自分の時間を大事にしてきました。残業もほとんどせず、夕方になると会議の途中でも「子供のお迎えがあるから帰る」と言って会社を出るのが当たり前です。

週末は自然の中で過ごす人が多く、私も森へ行ってブルーベリーを摘んだり、湖でボートを漕いだりして過ごします。そして自宅へ帰ったら、妻や娘と一緒にブルーベリーマフィンを焼く。まるで絵に描いたみたいな話だと思うかもしれませんが、エストニアではこれが普通のライフスタイルなのです。

一方で、日本の人たちはどうでしょうか。私も日本で講演すると、「明日から一週間の余暇ができたら何をしますか?」と参加者に問いかけますが、答えに詰まる人がほとんどです。それではせっかくデジタル化を推進して時間が生まれても、ただスケジュールにぽっかりと穴が開くだけになってしまいます。

エストニアの人たちに同じ質問をしたら、すぐに「あれがしたい」「これをする」と答えが返って来るでしょう。エストニア人は時間がお金より尊いものであると知っていて、いかに時間を有意義に使うかを考え抜いている。だから電子化によって生まれた時間をムダにしなかったのです。

とはいえ今の日本では、日常生活の中でムダな作業に追われ、自分と向き合う余裕さえないのが現実です。時間の大半をストレスフルなことに奪われていたら、思考停止に陥っても仕方ありません。だからこそ、テクノロジーを活用してムダを省き、自分と向き合う時間を作って、「自分にとって何が大切なのか」「本当にやりたいことは何か」を考えることが必要です。

デジタル化で可処分時間を増やすことはできる。でも、その時間を有効に使えるかどうかは自分次第である。この時間に対する向き合い方こそ、日本がエストニアに学ぶべき点なのかもしれません。

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日下 光(くさか・ひかる)
blockhive CEO
1988年生まれ。2012年、デジタルガレージ主催のTED meets NHKで「The next stage of social capital」と題したスピーチを行ない、そこで触れたデジタル上でソーシャルキャピタルの可視化をする「評価経済システム」の研究開発のために起業。 2013年、Rippleを利用したプロジェクトに携わることをきっかけに、ビットコイン・ブロックチェーン技術と出会う。2017年、エストニアに拠点を移しblockhive OUを設立し、デジタルIDとスマートリーガルコントラクトを活用した独自の資金調達モデルILPの開発などを行う。eResidencyチームと共にエストコインプロジェクトの検討委員会メンバー、エストニアICOサンドボックス策定チームのメンバーも務める。今年3月、日本の事業会社を設立し、デジタルIDとブロックチェーンを活用したソリューション提供などのサービスを開始した。

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(blockhive CEO 日下 光 構成=塚田有香 撮影=西田香織)

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