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驚異の区立中「中1が中3数学をスラスラ解く!」

プレジデントオンライン / 2019年12月15日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xavierarnau

近年、教育現場にも浸透し始めてきたIT。生徒はスマホの授業に集中し、教師もタブレットで進捗を管理するなど、常識が一変しつつある。そんなIT×教育の最新事情をお伝えしよう。

■タブレット教材で授業時間が半分に

黒板の前に先生が立ち、大勢の生徒を相手に一斉授業を行う。そんな懐かしい授業風景が変わりつつある。

とある日の午前中、広々とした校内のカフェテリアで、数学の授業が行われようとしていた。ここは東京都千代田区立麹町中学校。生徒の多くはタブレットを持っており、画面上には次々に設問が現れる。タッチペンで正しく解答すれば「正解」の〇が、間違えば「不正解」の×が表示されていく。解いている問題は同じではない。AIが各自の習熟度を解析し、レベルに合った問題を出しているのだ。1年生が3年生の数学を学ぶケースもあれば、3年生が2年次の復習をしたり、受験対策に精を出すこともある。

今、教育(Education)と技術(Technology)を掛け合わせた造語の「EdTech」(エドテック)が注目されている。ITが教育現場に進出したことにより、学力が向上したり、環境が整備された事例が次々と報告されるようになった。麹町中学校では、AI型タブレット教材「キュビナ」を、2018年の2学期から導入。年間指導計画に基づく従来の数学の授業時間は60~70時間あったが、それがどの学年でも約2倍の進度になり、約半分の授業時間で修了したという。

大手ではベネッセが提供する「クラッシー」が、生徒向け動画コンテンツ配信や学校と保護者のオンライン連絡サービスなど、学校業務を包括的にケアするサービスで拡大。リクルートの子会社が運営する「スタディサプリ」は、講義配信、学習計画作成などのオンライン学習サービスを提供し、会員数が順調に増加中である。野村総合研究所の試算によると、EdTech市場は現在すでに2044億円規模。2025年には3210億円まで成長する見込みだ。

野村総合研究所の小山満氏は、市場が拡大する背景として、「20年が教育業界にとって変曲点」であることに注目する。

「新学習指導要領が小学校から実施され、英語には4技能が求められ、プログラミング教育が必修化されます。従来の授業のあり方が変わって、教師の負担増が懸念される中で、EdTechはそれを軽減する役割を期待されています。そこに近年、生徒間でスマホが普及したことも大きい。これまではパソコンやタブレットなどの機器がないと実現できないサービスは少なくなかった。今や学校だけではなく、家でも自由に学べる環境が整いつつあります」

■教育市場にGAFAも参入

ひと口にEdTechと言っても、その包括する分野は幅広い。その中で特に市場成長が見込まれるジャンルは、小山氏によれば3つあるという。ひとつが、前出の「キュビナ」のように、AIが学習者の習熟度を分析し、適切な学習コンテンツを最適化して提供する「アダプティブラーニング」。タブレット型AI教材「アタマプラス」は、数学、英文法、物理、化学などの教科を網羅し、大手予備校が続々採用。「センター試験(数1A)で、2週間教材を学習した受験生の得点が平均50.4%増えた」という報告もある。

そして、生徒が能動的に参加するようになる学習手法が、「アクティブラーニング」。タブレットを使うことで教師と生徒間のコミュニケーションを活性化させる授業支援ソフト「ロイロノート」は、開成中高などの進学校をはじめ、小学校から大学、塾でも使われている。もうひとつが、講義映像をインターネット配信する「オンライン学習」だ。

こうしたビジネスチャンスを、ITの覇者・GAFAも見逃していない。近年、グーグルのOSを搭載した低価格の「クロームブック」を学習用パソコンとして導入する公立学校が増加。グーグルは、クラウドベースで管理ができる教育機関向けサポートツール「G Suite for Education」を無料で提供し、埼玉県ではすでに全県立高で導入している。ITに疎い教師に対する講習会なども積極的に開催し、教育市場を取り込みにかかっている。

今後、EdTechによって何が変わるのか。公教育へのEdTech普及に熱心な新宿区議会議員の伊藤陽平氏は、教師の役割の変化を予測する。

■教師の存在は不要になるのか

「AIが最適化した学習を提供することで、教師の存在は不要になるのかといえば、そんなことはないでしょう。EdTechによって、教師はその役割が『コーチ』へと変わっていくと思います。勉強や仕事の効率化はAIが担えても、『なぜ勉強が必要なのか』『勉強の面白いところ』を一人ひとりに伝えたり、モチベーションを管理するのは難しい。効率化によって捻出した時間を、生徒とのコミュニケーションに使っていくのではないでしょうか」

小山氏は「オンライン学習ツールの普及で選択肢が増え、受動的だった学習が能動的なものへと方向転換するはず」と見る。

「そして社会的には、『学歴』から『学習歴』が重視される気がします。今までは企業が学生を評価する際、どのような学習をしてきたのかがわからないため、大学名で判断してました。それが近年、リポートやサークル活動、教師のコメントなど、学びに関わるあらゆる記録をデジタル化する『eポートフォリオ』が教育業界で推進されています。学習過程が明らかになることで、評価軸も変わっていくはずです」

▼[AIによる効率化]黒板に板書して授業するのがムダな理由

「小中学校の45分間授業で、本当に集中している時間はわずか5分でした」

そう語るのは、AI型タブレット教材「キュビナ」を開発した、コンパス代表の神野元基氏だ。神野氏はシリコンバレーで起業後、「子供たちに未来のことを伝えたい」と帰国して学習塾を開校した。しかし生徒たちは勉強に追われ、未来について教える時間もない。そこで「授業中、自分にとって本当に意味のある時間はどれほどか」のアンケートを実施し、分析したところ、冒頭の数値に行きついた。

「それ以外の時間はといえば、生徒はわかりきった話を聞いているか、あるいは理解不能な話を聞いているかのどちらかでした。1人の先生が35人前後の生徒を教えようとすれば、どうしても注意喚起の時間や、板書する時間など無駄な時間が発生してしまう」(神野氏)

集団学習の限界を感じ、もっと効率的な学習で未来について伝える時間をつくりたいと、開発したのが「キュビナ」だった。タブレット上で、生徒がどのくらい正解しているか、どういう順番で解いているか、解説を何秒読んでいるかなどのデータを集め、一人ひとりの習熟度をAIが解析。弱点とするポイントを把握し、さらに能力を伸ばすための難易度を調整しながら、各自に最適な問題を出題していくという、「AI先生」である。

学習の効率アップは歴然だった。教材を導入後、塾では従来の中学校数学1学年分の授業時間が、7分の1に短縮されて修了。生徒の多くは、中1で中3数学まで終わったという。

■教師にとってもメリットは大きい

AI導入がプラスになるのは、生徒だけではない。教師にとってもメリットは大きい。

生徒が教材に取り組む間、教師は管理画面を通して、生徒別・問題別の学習状況をリアルタイムで確認できる。解答に苦労している生徒がいれば個別に声がけできるし、クラス全体の進捗や理解度を把握することで、授業の組み立てにも生かせる。

「テストに丸つけをして生徒に返していた今までは、教師の手元に記録されるのは点数だけでした。それが『キュビナ』を使うと記録が逐一残るため、間違えた問題だけを指導できます。また、帰宅してからの勉強時間を確認して、『こんな遅くまで頑張ってたんだね』と励ますことも可能。こまかいフィードバックができて、教師にとっても教えやすくなるのです」(神野氏)

また、アダプティブラーニング型のAI教材を使用すれば、方向性の逸れた生徒には一対一で対峙することができる。「統率」に使う時間を削減し、生徒たちとコミュニケーションする時間を増やせるのだ。

「最適化することで余った時間を使って、何をするかは生徒の自由です。余暇やスポーツに時間を費やすのもいいし、私は今こそSTEAM教育(科学・技術・工学・芸術・数学に重点を置く教育システム)に取り組むべきと考えています。麹町中では創出された授業時間で、学習した数学の知識とプログラミングを使ってドローンやロボットを動かしたり、3Dプリンタでアクセサリーをつくったりしています。それに子どもたちは目を輝かせて取り組んでいますから」(同)

▼[事業のマネタイズ]無料で生徒一人ひとりに授業できる仕組み

「大河の周辺は農耕が盛ん。そうなると人口が増えます」

スマホの画面に登場した教師が、ホワイトボードにポイントを書き込む。すると動画の下には「わかりやすいです」「なるほど!」のコメントがどんどん更新されていく。コメント欄に質問が書き込まれると、教師が直接反応したり、配信スタッフによる回答が返されたりしていった。

これは中学・高校生向けオンライン学習塾「アオイゼミ」の授業光景だ。こうしたオンライン学習講座は、08年ごろから海外の大学を中心に展開。近年、日本でもサービスを展開する塾や予備校が増えてきた。

アオイゼミが特徴的なのは、毎週月曜から土曜、19時から配信されるライブ授業の受講が、無料であることだ。オンライン学習講座は、最初は無料のお試しで、一定期間後は有料プランに移行していく場合が多い。

一方、アオイゼミは、過去の動画視聴やテキストダウンロード、個別質問などは有料プランながら、メイン事業を無料提供する。アオイゼミを運営する葵代表の内藤正史氏は、「FPだった創業者が、貧困家庭の現実を目の当たりにして、生活保護環境にも教育を届けたいという理念から起業しました。今もミッションは『教育の格差をゼロにする』です」と説明する。どうやってマネタイズしているのか。

「基本はサービスを無料で提供し、一部の人には有料会員になってもらう、フリーミアムモデルです。また大学などをバナー表示する広告収入もあります。利用者が中高生であるため、広告主の求める層に届くということで、高い媒体評価をいただいてます」(内藤氏)

授業の質が高まって、無料会員が増えるほど、有料会員や広告収入の増加が見込める。サービスを始めた当初はWebサイトでライブ配信し、サーバダウンなどのトラブルが起きていた。しかし翌年、アプリ化したことで配信が安定し、一気に会員数が増加した。

■学習する学生はSNSでつながる

アプリ化によって専用のSNS機能が充実したことも、支持を集めた一因だ。全国の生徒や教師と交流することが可能で、授業後はわからないことを教えあったり、勉強の成果を報告しあえる。昨今、一人で学習する学生はSNSでつながる文化があり、オンライン上でクラスのような関係が構築されている。

「ただし難しいのは、他のフリーミアムモデルと違って、利用者=課金者ではないこと。お金を払うか決めるのは生徒の保護者なので、そこに訴求する必要があります」(同)

オンライン授業を覗いた保護者に認めてもらうため、注力しているのはコンテンツをわかりやすく制作することだ。「わかりやすさ」と「授業の短さ」は一致すると考えており、講義時間は15~25分単位。要点を整理し、人の集中力が持続するギリギリの時間に内容を凝縮するよう、工夫を凝らしている。

また授業中、授業と関係ない書き込みがあまりにも多いと、やる気のある生徒が集中できず、サービスの評価が落ちる。そこで、ふざけすぎた話にはスタッフが注意したり、デザイン機能に娯楽性の高い要素を入れないなど、「真面目な勉強空間」を維持するように努めているという。

▼[現場の問題点]ITの理想と現実タブレットを配るだけではダメ

公立学校の学習用パソコン整備率が1位を誇る佐賀県。13年、武雄市では小中学生に1人1台のタブレット配布を決めた。しかし導入されると安価だったせいか、システムトラブルが相次ぎ、授業が停滞。それ以前には県立高校の全新入生に購入を促し、1台約7万円のうち、生徒負担が5万円になることが問題になった――。一部週刊誌が報じた混乱の一端である。

また小中学校の校長がトップダウンでタブレットを導入したところ、現場の教師が「自分たちがいるのに、どうして機器が必要なんだ」と反発。収納場所に鍵をかけて生徒に渡さず、教育委員会が視察に来るときだけ使わせる、という現場の声もある。機器が揃っても成功するとは限らない。明暗を分けるものは何なのか。

教育工学を専門とする、東京工業大学名誉教授・赤堀侃司氏は、失敗しやすい例として、「操作性が難しいこと」をあげる。

■パソコンの起動に5分かかかる

「45分の授業で、パソコンの起動に5分かかかるだけで予定は狂うし、誰か1人でもフリーズしようものなら、その対応に追われて授業が停滞してしまう。現場の教師は操作を学ぶ時間も少ないため、とにかく操作が簡単で、トラブルのない機器を求めています」

そして、コストも課題だ。デジタル機器の導入には、購入費、電源確保やWi-Fi環境といったインフラの整備などで、とにかくお金がかかる。限られた予算内で、安価な製品を選び、故障や不具合に見舞われた例は、冒頭のケースに限らない。

「逆に成功する要因としては、デジタルと紙をブレンドして両方使いこなしていること。スマホやタブレットには、目の前にあると触らずにはいられない『惹きつける力』があり、紙のドリルではやる気の起きない子も、熱中してしまう側面があります。一方でスクロールしないと必要な情報にたどりつけないのが弱点です。それに対し、広げれば情報を俯瞰できる紙は、一覧性に優れているという長所がある。どちらか一方に偏らず、適材適所でデジタルと紙を使い分けられる現場は、授業もうまくいっている印象があります」(赤堀氏)

ただし、デジタル導入が劇的な変革をもたらすケースも少なくない。赤堀氏がかつてスリランカの教育推進に携わったときのこと。デジタル機器の導入検討で現地に視察に向かうと、学校は黒板も足りず、1日に6時間も停電するような地域だった。赤堀氏は「こんな環境にITを導入しても意味はない。まずはトイレや黒板を入れてからだ」と反対した。

「しかし決定事項ということで、教師用に1台だけパソコンを入れることになりました。そして半年後に再び訪れたところ、同校はIT導入した先進的な学校として地域の誇りとなっていたんです。校内はきれいに清掃され、非常用バッテリーが地域住民の寄付金で購入され、教師はパソコンを使って完璧な授業とプレゼンを行うようになっていた。先端技術の導入は人に未来への希望を与えて、学びの意欲を引き出すことを教わりました」

配布されたタブレットを隠して鍵をかけ、進歩を否定してしまっては、成功は望めないのである。

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小山 満(こやま・みつる)
野村総合研究所 ICT・メディア・サービス産業コンサルティング部コンサルタント
専門分野は、情報・通信分野の分析調査・ビジョン策定。
 

伊藤陽平(いとう・ようへい)
新宿区議会議員
1987年生まれ。IT企業役員を経て、2015年、新宿区議会議員選挙で初当選を果たす。
 

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三浦 愛美(みうら・まなみ)
フリーランスライター
1977年、埼玉県生まれ。武蔵大学大学院人文科学研究科欧米文化専攻修士課程修了。構成を手がけた本に『まっくらな中での対話』(茂木健一郎ほか著)などがある。

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(フリーランスライター 三浦 愛美 撮影=大崎えりや)

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