プラダも採用「和歌山の工場」が作るすごい機械
プレジデントオンライン / 2019年12月13日 9時15分
■今までのアパレル産業は「無駄ばっかり」
環境保全など、社会的な課題に関心の高い企業やブランドを積極的に選ぶ「エシカル消費」の拡大とともに、欧米の高級ブランドも、サステナビリティ(持続可能性)を意識した商品を展開している。
ところが、旧来のアパレル産業のビジネスは、企画、製造、流通の各プロセスにおいて、相当な資源の無駄遣いをしているという。
「ニットでも織物でも、生地を型紙に合わせて裁断するから、裁ちクズが出るんです。製品にする過程で、セーターのようなもので約30%、デザインの凝ったワンピースやドレスなら約50%の原料が無駄になる。今までのアパレル産業は無駄ばっかりなんです」
アパレル業界の裏方を支える世界有数の編機メーカー、島精機製作所(本社・和歌山市)の創業者、島正博会長は、そう語気を強める。
「もったいないだけやない。そういうカットロス(裁断時に出る無駄)を廃棄して燃やしたら二酸化炭素も出る。二酸化炭素などの温室効果ガスは、地球温暖化の原因になりますが、アパレル産業が出す二酸化炭素は、地球全体が排出する量のおよそ10%を占めると言われているんです」
「衣食住」と言われるように、衣服は人間にとって欠かせないもの。それだけに、社会全体に与える影響も無視できない。日本が誇る発明家でもある島さんは、数十年前にこの問題に気づき、改善策を模索してきた。
島さんの挑戦をまとめた書籍『アパレルに革命を起こした男』(梶山寿子著、日経BP)から、その一部を抜粋、再構成して紹介する。
■カットロス、縫い代分の無駄がなく、大量廃棄も防げるツール
島さんが発明・開発した無縫製型のコンピューター横編機「ホールガーメント編機」は、アパレル産業における無駄を減らす強力なツールになりうる。
糸さえあれば、入力されたプログラムに従って、機械が自動的に1着分の洋服をそのまま編み上げるという優れもの。型紙に合わせて生地を裁断することも、各パーツを縫い合わせる必要もない。いわば3Dプリンターのニット版である。
高級ブランドのニットウェアや肌着、あるいは、ユニクロの「3D KNIT」シリーズなど、多様な製品に使われているので、その名前を耳にする機会も増えているのではないか。
この機械なら、カットロスも、縫い代分の無駄もないため、原料を有効に活用できる。
利点はそれだけではない。縫製作業が不要なので、賃金の高い先進国(ファッションの主な消費地)でも生産が可能。輸送の手間やコストがかからないのはもちろん、消費地のトレンドにすばやく対応できるため、売れ残りを減らすことができる。昨今、問題となっている衣料品の大量廃棄を防ぐことにもつながるわけだ。
さらに、同社が開発した画期的なデザイン・ツール「デザインシステム」とホールガーメント編機を連携させ、3Dバーチャルサンプルを活用すれば、今後注目されるであろう「マス・カスタマイゼーション」(カスタマイズされた商品を手頃な価格でマスマーケットに提供する手法)や「オーダーメイド/カスタムメイド」に最も適したソリューションとなる。
これこそサステナビリティ重視の時代が求める技術であり、アパレルのビジネスモデルを変えうる革命的な発明なのだ。
■構想は、今から30年以上も前
そんな最新鋭の編機なら、ごく最近の発明だと思うかもしれないが、製品としての発表は1995年、構想されたのは今から30年以上も前にさかのぼる。
さらに言えば、島さんがベースとなるアイデアを思いついたのは、半世紀以上も前のことだという。サステナビリティなどという概念が生まれるずっと前に、「これからは、こういうものが必要になる」と確信し、プランを温めてきたのである。
島さんの偉業は、この編機の発明に留まらない。
時代、時代の潜在的なニーズを掘り起こす製品をいくつも開発し、ニット業界のビジネスのあり方や、そこで働く人たちの働き方を変えてきたのだ。
10代から天才発明少年として名を馳せ、約650件もの特許を個人で取得。それゆえ“紀州のエジソン”とも呼ばれるが、着目すべきは発明の数ではない。その発明の革新性こそが、称賛に値するのである。
ないからつくれ。
そして、なくてはならない会社になれ。
それが島精機製作所が掲げるビジョンなのだ。
■82歳で現役の経営者にして発明家
同社は製品の約9割を海外で販売するグローバル企業である。エルメス、フェラガモ、プラダ、クリスチャン・ディオールといった名だたるブランドがこぞって同社の製品を採用しているのは、その高い技術力の証だろう。
また、ZARAなどのファストファッションをはじめ、需要が急拡大するスニーカーや、インテリア、医療関係など、同社の編機の用途はさまざまな分野に広がっている。
日本では「知る人ぞ知る」といった存在だが、海外での知名度は抜群で、特にヨーロッパのファッション界では「島正博」の名を知らぬ人はいないほどだという。
戦中・戦後、高度経済成長、バブル、そして平成と、激動の時代を生き抜き、小さな町工場を和歌山が誇る世界企業に育てた。
和歌山が輩出した実業家といえば、パナソニックを創設した松下幸之助の名がすぐに浮かぶが、島さんをよく知る人は「発明家、イノベーターとしての才は、島さんのほうが上ではないか」と評するくらいなのだ。
創業55周年を迎えた2017年、社長職を長男・三博氏に譲ったものの、御年82歳(2019年秋現在)にして、現役の経営者(代表取締役会長)であり発明家。それだけでも尊敬と称賛に価しよう。
島さんの歩んできた軌跡と、その業績を知れば、「こんな日本人がいたなんて!」と、誇らしい気持ちになるのではないだろうか。
■「時代の先の、そのまた先」を読んでいた
時代を読むことに長けた島さんは、アパレル業界の大量生産モデルに限界が来ることを、かなり早くから察知していたという。
また、無理や無駄のない生産システムを築く必要性も感じていた。
「アパレル産業は原料を有効に使っていない。資源を大切にせんといかんと、1970年代のオイルショックの頃から考えていました。そこで多品種・少量生産に対応できるコンピューター制御の横編機を開発したんです。同じ商品を大量に生産するのではなく、消費者のさまざまな好みに対応する魅力的な商品をつくれば、長く大事に着てもらえる。そうすれば、捨てられてしまう服も減らせるんやないかと……」
その慧眼が、数々の革命的な編機や、斬新なデザイン・ツールを生み出したのだ。
島精機が最初に製品化したコンピューター制御横編機は、オイルショック直後から開発の準備に入り、1978年に発表された。それを劇的に進化させたのが、無縫製型のホールガーメント編機である。
とはいえ、ホールガーメント編機が発表された当初、その真価をきちんと理解できた人は少なかったという。「東洋のマジックだ!」と称賛された機能に業界関係者の注目が集まったものの、単なる「高度なシームレス編機」といった認識だったらしい。
「縫い目がないという意味の英語はシームレスやけど、シームレスと聞くと、『シームレス・ストッキング』なんかを連想してしまう。大量生産された低級なもの、というイメージなんです。ホールガーメントはまったく違うのに、うちの社員でさえ、ちゃんとわかってなかった」と、島さんは嘆く。
■四半世紀の時を経て、社会が追いついた
要するに、早すぎたのだろう。
つまり、島さんは「時代の先の、そのまた先」を見ていたのだ。
そして、ついに機は熟した。
近年になり、SDGs(Sustainable Development Goals・持続可能な開発目標)やESG(環境、社会、ガバナンス)が経営課題として浮上。サステナビリティは、あらゆる企業が取り組むべき重要なテーマとなった。
ホールガーメント編機に対する関心も、にわかに高まっている。
四半世紀の時を経て、ようやく社会が島さんに追いついたということ。
「SDGsのビジョンを体現するのがホールガーメントなんです」
そう胸を張る島さんの上着の衿には、SDGsのピンバッジが輝いている。
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ノンフィクション作家、放送作家
神戸大学文学部卒業。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。経営者、アーティストなどの評伝のほか、ソーシャルビジネス、女性の生き方・働き方、教育など幅広いテーマに取り組む。主著に、『紀州のエジソンの女房』『トップ・プロデューサーの仕事術』『鈴木敏夫のジブリマジック』『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』のほか、自らのリハビリ体験をもとにした『長く働けるからだをつくる』『人生100年、自分の足で歩く』『健康長寿は靴で決まる』などがある。
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(ノンフィクション作家、放送作家 梶山 寿子)
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