1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「10日後35ドル」と「明日15ドル」、あなたはどちらを選ぶか

プレジデントオンライン / 2020年2月8日 11時15分

景気がよくても悪くても、福袋人気は衰えない。(Getty Images/時事=写真)

■つい福袋を買ってしまう消費者の心理学

「初売り」「新春特別セール」など、年明けは何かと購買意欲を駆り立てられる言葉が目立ちます。いつもは衝動買いをしないのに、つい福袋を買ってしまったなどという人もいるかもしれません。そうした人の消費行動には、どのような心のメカニズムが働いているのでしょうか。

衝動買いに限らず、消費者の行動を理解するための重要な視点があります。それは「人が情報を処理するには心的リソース(資源)が必要で、リソースは基本的に不足している」という考え方です。

私たちは目や耳で外の世界の情報をキャッチしたり、頭の中で物事について考えたりしますが、こうした情報を処理するために利用できる心的リソースは、意外なほど少なかったり、簡単に枯渇してしまいます。

例えば、短期的な記憶の容量は、語呂合わせなどの手段を用いない限り、「4個」程度しかありません。また、外の世界の情報に注意を向けて細かく処理したり、頭の中で何かを深く考えたりする状況になると、同時に扱える対象はほぼ1つと言われています。

こうした心的リソースの不足は、消費者としての私たちの行動に直接的な影響を及ぼします。例えば、広告ではよく商品の横に有名タレントが並んでいます。しかし、これを消費者が見るときには、タレントの処理に心的リソースが奪われてしまい、肝心の商品についての記憶は低下してしまうことがわかっています。

また、心的リソースは簡単に枯渇してしまいます。スーパーのジャム試食コーナーでは、6種類のジャムを並べるよりも24種類並べるほうが、立ち止まる人の数は1.5倍に増えます。しかし、実際にジャムを買う人の数は6種類のほうが8倍も多くなるのです。

選択肢が多いと消費者は惹きつけられますが、実際に24種類もの中から選択するのには多くのエネルギーが必要になります。もし心的リソースが枯渇してしまうと、途中で選択をやめてしまったり、結果として不満足な選択を行ったりする人が多くなってしまいます。

こうした制約の中で、私たちの意思決定を可能にしているのが「ヒューリスティクス」という思考様式です。これは経験則や直感を用いて解答を導きだす思考様式で、論理的かつ客観的な思考様式である「アルゴリズム」と対比される概念です。

ヒューリスティクスの影響力を実証している面白い実験があります。アメリカの大学生にワインやチョコレートの商品の写真を並べたプリントを配り、はじめに自分の社会保障番号の下2桁を記入させた後、商品を購入するためにいくらまで支払えるかを尋ねました。すると、社会保障番号の下2桁の数字が大きい人(80~99)は、小さい人(01~20)に比べて、200~300%も高い金額を払ってもいいと答えたのです。これは大学生が記入した社会保障番号が、無意識のうちに商品価格の基準となったために生じたと考えられています。

つまりヒューリスティクスとは、外部からの無関係な情報の影響を無意識的に受け入れる思考様式でもあるのです。私たちの心的リソースは不足したり、簡単に枯渇したりするため、私たちの意思決定は、こうした影響を頻繁に受けていると考えられます。

■無関係の情報が意思決定を左右する

人はなぜ、衝動買いをしてしまうのでしょうか。衝動買いは非計画的な購買行動で、抗いがたい欲求が源にあります。また、多くの場合、欲求を充足するためには何らかのリスクを伴います。スーパーで目にした新発売のケーキやスナック菓子を食べたいという欲求を満たすことは、体重の増加や金銭の浪費といったリスクを生むということです。そこで、私たちは脳内にある2つのシステムのバランスを取ることで、行動をコントロールしようとします。

ひとつは、「目の前の欲求を満たしたい」と考え、単純で反射的な意思決定を行おうとするホットシステム。対するのが、「客観的・合目的的により大きな利益を追求したい」と考え、冷静で賢明な意思決定を行おうとするクールシステム。この2つがせめぎあって、私たちの行動がコントロールされるという考え方です。人が衝動買いに至るのは、ホットシステムがクールシステムを凌いだとき、と言うことができるかもしれません。

この考え方を支持する興味深い実験があります。実験に参加した大学生は、はじめにデザートの写真を観察するように言われます。この動作は、ホットシステムを活性化する効果を持ちます。その後、大学生は、明日15ドルもらうか、10日後に35ドルをもらうか、どちらかを選ぶよう求められます。すると、デザートの写真を見た学生は、写真を見ていない学生よりも、より衝動的な選択をする。

■意思決定を衝動的にしてしまう

つまり、すぐにもらえる少額の報酬を選ぶことがわかりました。デザートの写真と金銭的報酬は、直接関係がありません。しかし、デザートの写真を見ることで1度ホットシステムが活性化されると、関係のない選択場面でも、意思決定を衝動的にしてしまうことがわかります。

また別の実験では、認知的に難しい課題を行わせることによってクールシステムの心的リソースを消費させると、その後、衝動的な購買が増えることが示されています。これらのことをあわせて考えると、衝動買いは、画像などの外的刺激によってホットシステムが活性化したり、難しい認知作業によってクールシステムの心的リソースが枯渇するなどして、ホットシステムがクールシステムを凌駕したときに、生じやすくなるのだと思われます。こうした状況では、ヒューリスティクスの影響力が高まり、本来商品とは直接関係ない情報によって、無意識のうちに意思決定が左右されてしまう可能性が高くなります。

福袋に関して言えば、買ってしまう原因のひとつとして、「稀少性の原理」が挙げられます。福袋は、数量や期間が限られているため稀少性が高く、「目の前で失われていくものを逃したくない」という心理から、価値があるように思えてくるという考え方です。ちなみに、稀少なものを他人に奪われることに強い抵抗感があるためか、「自己愛傾向が強い人ほど、稀少性に強く反応する」という報告もあります。

お正月というのも注目したいポイントです。人の行動の動機づけには、成功を求めて行動を起こす「促進焦点」と、失敗を避けるために行動を起こす「予防焦点」の2つがあります。人はポジティブな気分のときは促進焦点になりやすく、また、促進焦点の人はリスクを好む意思決定をすることが指摘されています。その結果、お正月のような慶事にはポジティブなムードに乗せられ、「要らないものもあるかもしれないが、うまくいけばいいものをたくさん手に入れられる」という福袋の購買行動に及ぶとも考えられます。

■衝動買いを防ぐ方法

最後に、これまでの話から、衝動買いを防ぐ方法について考えてみたいと思います。第一の方法は、クールシステムが十分に機能している状態であるか、自らをモニタリングしてみることです。ひとたびホットシステムが活性化してしまえば、私たちは自分自身でさえ、なぜそうしたのか説明できない決定をしてしまう可能性があるからです。

第二の方法は、そもそも意思決定の機会をできるだけ減らすというものです。買い物リストを持っている消費者は、衝動買いをしにくいことが明らかになっています。リストにないものは買わないと決めることで、ヒューリスティクス的な意思決定の機会も自ずと減ることになるでしょう。

消費者として行動する際、私たちの評価や選択は思いがけないものに影響を受けています。それを意識することで、後悔するような衝動買いを抑止することができるかもしれません。

----------

八木 善彦(やぎ・よしひこ)
立正大学心理学部教授
1974年生まれ。筑波大学大学院博士課程心理学研究科心理学専攻修了。博士(心理学)。専門は認知心理学・消費者心理学。日本学術振興会特別研究員(PD)、立正大学心理学部専任講師、同准教授を経て、2019年より現職。

----------

(立正大学心理学部教授 八木 善彦 構成=山田由佳 写真=Getty Images/時事)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください