マッキンゼーが30代のうちに「もう来なくていい」と通告するワケ
プレジデントオンライン / 2020年2月14日 8時45分
■「仕事ができるようになりたい」という人はたくさんいるが…
【楠木建(一橋大学大学院 教授)】2019年12月に山口さんとの対談をまとめた、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社)を出版したわけですが、この本の起点になった問題意識はけっこう単純で、「多くの人が仕事をできるようになりたいと思って、それなりの努力をしているのに、仕事ができる人が依然として稀少なのはなぜか」ということでした。
たとえば、東京一極集中が進むのは「地方よりも東京に住みたい」という意志を持っている人が多いからで、そうした人々の意思が一極集中という結果に直結しています。これなら話は分かりやすいのですが、こと仕事に関してはそうはなっていません。「仕事ができるようになりたい」という意志を持っている人はたくさんいるのに、結果はそうなっていないのです。これは考察に値するテーマではないかというのが、山口さんとの対談の出発点だったわけです。
【山口周(コンサルタント)】先日お会いした時、楠木さんは「人生最大の危機に直面している」とおっしゃっていましたけれど、その危機もまさに「仕事ができるできない問題」にかかわることだったようですね。
■「向いてない仕事」ほど自他を不幸にすることはない
【楠木】いきなり極私的な話(笑)。僕はこの危機を「逆白い巨塔」(『白い巨塔』は大学病院の医局を舞台にした権力争いを描いた山崎豊子の小説)と呼んでいるのですが、僕ぐらいの年齢(55歳)になると、大学を経営する側の仕事をやることを求められる場合があるのです。ディレクターとかね。ところが僕はマネジメントにはまったく向いていないし、ずっと現場の仕事だけをやりたいと考えています。自分の仕事を「学芸」を提供する「芸者」だと心得ておりまして、大学という組織はさまざまな芸で食っている芸者が身を置く「芸者置屋」みたいなもの。僕としては一生一芸者として芸事に精進していきたい。置屋のお母さんの仕事は「ヤダ」と断ったわけです。
いろいろありましたが、上層部に掛け合ったらなんとか受け入れてもらいました。僕はこの「逆白い巨塔」作戦を継続するつもりです。なぜかというと『「仕事ができる」とはどういうことか?』にも書いたとおり、向いてない仕事をやることほど自他を不幸にすることはないからです。しかもこのフィット感、つまり向いている仕事をやっているかどうかって、中年も後期に入ってくると、若いころに比べてはるかに大切になってくるのです。
【山口】加齢とともに可塑性を失っていきますからね。
【楠木】変わらなければいけないとか、自己変革せよとか、そういうことを言われるのが僕は一番いやなんです。せっかくこの歳までこの芸風でやってきたのに、自己変革だけはカンベンしてくれと(笑)。このあたりが、「逆白い巨塔」作戦のベースにある考え方ですね。
■50代まで「広告の仕事に向いていない」とわからなかった
【山口】仕事とのフィット感といえば、先日、大学のゼミの先輩からこんな話を聞きました。彼女は50代で私がかつて勤めていた電通の先輩でもあるわけですが、僕の同期(49歳)から初めて役員が出たというのです。40代で電通の役員というのは相当に早いと思いますが、彼女はその人事を知って、「私は広告の仕事に向いていなかったことがやっとわかった」と言うのです。
【楠木】50代にして初めて気づかれたわけですね。
【山口】なんと声をかけるべきか迷いましたが、見方によっては、こうした事態の背後には、働かせる側の極めて精密かつズル賢いやり方があるとも言えます。銀行なんかが典型だと思いますが、新入社員に「いつかは役員になれるかもしれない」という夢を抱かせて、その夢を可能な限り引っ張るというゲーム。役員になれないと分かった瞬間に転職を考えるか、会社にブラ下がって定年まで適当にやればいいやと思ってしまう人が多いわけですから、働かせる側からすれば、モチベーションが高い状態でいつまでも働かせるためのゲームと言ってもいい。
【楠木】電通のように大きな会社には、さまざまな職種があるはずです。にもかかわらずその先輩は、自分にフィットする仕事を見つけられなかったのでしょうか。
【山口】たしかに広告営業だけでなく、広報とか地域再生とかさまざまな仕事があるわけですが、そうした「違う打席」に立ってみるということもしなかったようです。
■「スキルよりもセンスがモノを言う時代」の本当の意味
【楠木】自分が現在の仕事に向いているかどうかという、メタ認知が働かなかったと言っていいかもしれませんね。
【山口】僕はこういう現象が、いろいろなところで不幸を生み出していると思うのです。国力を下げる原因になっていると言ってもいい。自分が現在の仕事に向いているかどうかに意識的になるのが難しいのならば、極論ですが、30歳になったら日本人全員が一度転職をしなければならないという制度を作ったほうがいいんじゃないかとすら思います。
【楠木】いまの山口さんのお話には、けっこう厄介な問題が潜んでいると思います。つまり、日本人の誰もが30歳で一度転職しなければならないとなると、30歳までに労働市場でプライスがつく能力を身につけなければならないという意識が働くことになるでしょう。しかもその能力は、一企業の枠を超えて通用する、つまり特定の企業の中だけで通用する能力ではなく、ポータブルなものでなければならないということになる。
われわれ、『「仕事ができる」とはどういうことか?』の中で、「スキルよりもセンスがモノを言う時代ではないか」というテーマを中心に議論しているわけですが、労働市場でプライスがつき、しかもポータブルな能力となると、それはどうしても「スキル」になってしまう。本の中でも再三指摘していることですが、スキルとは「TOEICが何点」というように説明も計測も可能なものであり、一方のセンスは、説明も計測も不能なものですね。
となると、30歳の一斉転職制度によってある種の問題は解決するのかしれませんが、本質的に自分はどんな仕事に向いているのかを見極めるという問題とはズレてしまう可能性もある。そこがちょっと厄介なところだと思います。
■30代のうちに「もう会社に来なくていい」と言われる幸福
【山口】楠木さんとも親しい篠田真貴子さん(長銀、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経てほぼ日CFO。2018年に退任)のブログに、マッキンゼーで「あなたにはこれ以上成長の余地が見込めないから、もう会社に来なくていい」と言い渡された話が出てきます。コンサルの世界はとても厳しいんだと。でも、彼女はそれを30代のうちに指摘されているわけで、50歳で「あなたはもうおしまい」と言われるより、ずっとましだと思うのです。
ある仕事が自分に向いているかどうかをメタ認知することはたしかに大切だと思うのですが、マッキンゼーを辞めたときの篠田さんだって、ブログを読む限りメタ認知はできていない。でも、「もう会社に来なくていい」と言われた瞬間、メタ認知もへったくれもなく向いていないことを認めざるを得ない。内省せざるを得ないわけです。そして、これまでの人生で自分が最も得意だったことは何か、好きだったことは何か、周囲が褒めてくれたことは何かをトコトン考えることになる。ところが日本の大きな会社って、こうしたフィードバックの機会がほとんどないんですね。なんとなくうまくやれちゃってる状態のまま、50代まで来てしまう。
これはある意味、ものすごく残酷なことだし、国全体としての適材適所、言い換えれば、6500万人の労働人口をどうやってアロケートするかという問題において、パフォーマンスを大きく下げる要因になっていると思うんです。
■篠田真貴子さんは若いころから「キラキラした人」だった
【楠木】僕は篠田さんをよく存じ上げて尊敬しているのですが、彼女は若いころから、なんと言えばいいんですかね、キラキラした人だったのだと思います。
【山口】なんですかそれは(笑)。
【楠木】慶應女子を卒業して、周囲からもそういうキラキラした人として扱われてきた方……。
【山口】たしかに華やかな感じの方ですね。
【楠木】きっと子供のころから一目置かれるタイプだったと思います。それだけに、マッキンゼーの一件で自分の向き不向きについて深く考えさせられたのかもしれません。
【山口】それは幸福なことだったと僕は思うんですけど。
【楠木】自分が本当に好きなことは何かを考え直すキッカケになったという意味で、その通りだと思います。翻って僕自身はどうかというと、もう、若いころからまったくキラキラしていないわけ。
【山口】なんですかそれは(笑)。
【楠木】何をやってもうまくいかない。学芸会でも「村人A」とか言った端役で、セリフは「今日は晴れだぞ」の1行だけ。若いころから、「こりゃ生きていくのは大変だぞ」と思っていたので、篠田さんよりずっと早い段階で向き不向きを考えざるを得なかった(笑)。
■「仕事ができる」とは「あの人じゃないとダメだ」ということ
【楠木】いずれにせよ、フィードバックがかかるかどうかという意味では、マッキンゼーのような組織ですら、顧客から直接的なフィードバックがかかることは少ないと思います。一方で、山口さんや僕のような仕事は、比較的フィードバックがかかりやすい。つまり芸者と同じで、向いてなければ需要がない。お座敷がかからない、あるいは、何でお前なんぞがここへ来たんだと言われてしまう。
これを裏返して考えれば、仕事ができるということは、世の中から必要とされる、世の中から頼りにされる、あの人じゃないとダメだと思われるということではないかと思うんですね。
【山口】この話って地震のメカニズムとよく似ていて、多くの人は、地震はなるべく起こらないほうがいいと考えるわけですが、実は起こらない期間が長いと、プレートに蓄積される歪の量がどんどん大きくなってくわけです。そしてどこかの時点で、蓄積されたエネルギーがバーンと一気に放出されて大惨事を引き起こす。
【楠木】それをスキルとセンスの議論に置き換えてみると、たとえば、向こうから中国人がやってきたと。僕は中国語を話すスキルがないので、「ニーハオ」と話しかけられると「あっ、俺は返事ができない」といや応なくフィードバックがかかる。もし中国語が仕事にとって必要なスキルであれば、自然に中国語を習得しようというインセンティブが発生する。
■「お前センスないね」といわれる機会は非常に少ない
【楠木】一方のセンスは、あるのかないのか自分でもわかりにくいところがあって、なくてもそのままいっちゃう人がいる。おそらく、自分よりセンスのある人から「お前、ここんとこピンとこないよ」とか「なんか外してるんじゃない?」なんて指摘されることでしかフィードバックがかからないと思うわけですが、そういう機会は非常に少ない。もちろん、センスのないやつから「お前センスないね」と言われるほど不愉快なことはないわけですが(笑)。
【山口】下手に指摘をするとパワハラって言われます。
【楠木】僕自身も人にそういうことは言いませんね。
【山口】僕は社会学者にはセンスが重要だと思っているのですが、たくさんの社会学者がいる中で、なぜかマックス・ウェーバーはずぬけた存在で、現在でも読み継がれていたりします。あるいはマルクスもそうかもしれませんが、彼らのようにセンスのある学者って、問いの立て方が鋭かったり、解法のアプローチが鮮やかだったりして、著書を読んでいると思わず「そうきたか!」と言いたくなってしまう。『イノベーションのジレンマ』を書いたクリステンセンの切り口の鮮やかさなんかも、まさに「センスがいい」としか言いようがありません。
楠木さんも独特のセンスを持ち味にさまざまな現象を切ってきた人だと思いますが、その一方で、教壇に立たれているビジネススクールは、基本的に、センスではなくてスキルを教えるところですよね。このあたり、ご自分でどう整理されているのですか。
■「業績のリスト」が短くてもマイケル・ポーターが尊敬されるワケ
【楠木】意外に思われるかもしれませんが、大学という組織はもともと教育と研究を分けて考えているフシがあります。教官のほとんどが研究者で、主軸を研究に置いている人がほとんどです。おっしゃる通り、ビジネススクールではスキルの伝授が求められています。それはそれとして割り切って伝授するというのが、教える側の前提になっていると思います。
では、研究のほうはどうかというと、本来はセンスがいいとか悪いとか言っていればいいはずの世界なんですが、なかなかそうもいかない。なにしろアカデミックな世界には人がたくさんいるので、人をさばききれない。評価ができないのです。そこで、経営学のような分野でもほぼ自然科学のアナロジーで業績評価をしています。
【山口】論文の引用回数が多いとか?
【楠木】それ以前に、そもそもジャーナル(学術雑誌)に論文が載るかどうかですね。学術雑誌に論文が掲載されるためには、査読を突破しなくてはならないわけですが、そのためには前提として、アカデミックなフォーマットに則っている必要があります。
【山口】そういう体裁を整えていないと、お話にならないわけですね。
【楠木】僕は若いころからそうしたことに懐疑的でした。実を言うと、僕の専門である競争戦略という分野の創始者、マイケル・ポーター先生は非常に影響力のある人でありながら、アカデミズムの世界では「業績のリスト」が短い方なんです。
【山口】『競争の戦略』って、すごい影響力がありましたけど……。
■「学術論文なんて誰も読まないじゃないか」
【楠木】いまから20年ぐらい前になりますが、僕はアカデミズムの世界の息苦しさに耐えかねて、「ポーター先生の仕事はアカデミズムのフォーマットに必ずしも即していませんけど、いったい何を仕事のゴールにしていらっしゃるんですか」と尋ねたことがあるのです。答えは「インパクト!」でした。「アカデミズムのインナーゲームに付き合う必要はない。学者はとにかく自分の考えを世の中に伝えることからすべてが始まるんだ。書いたものが世界に何らかのインパクトを与えられればそれでいい。見てみろ、学術論文なんて誰も読まないじゃないか」と。
僕はポーター先生のこの言葉を聞いて、いろいろなことが吹っ切れたんですね。
【山口】いいお話ですね。これは「価値の本質とは何か」という話でもあると思うのですが、ある行為の価値って、世の中に富を生み出すとか、課題を解決するとか、つまりはインパクトがあるかどうかにかかっていると思うのですが、ひとつのシステムが価値を生み出すまでにはいくつかの連鎖がありますよね。たとえば、経営学という学問の外側に出版機能があったり研修機関があることによって、経営学は初めて価値を生むわけです。
【楠木】クリステンセンのバリューシステムのように。
【山口】そのシステムの内部にいる人のパフォーマンスを計量しようとするとき、本来ならば「価値の連鎖」にどのようにつながっているかが重要なはずですが、それを計量するのが難しいケースが多いので、いったん鎖を断ち切って、あるわかりやすい指標、いまのアカデミズムの議論で言えば論文の数や引用回数といった分かりやすいものをメジャーメントにしようということになってしまうんですね。
【楠木】そして、分かりやすいメジャーで測定できるスキルを磨こうとする行為が、結果として、センスを殺してしまうことになるのだと僕は思うのです。(後編に続く)
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一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。92年、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』など著書多数。
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コンサルタント
1970年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)などがある。
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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建、コンサルタント 山口 周 構成=山田清機)
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