「球が速い」と「打たせて捕る」、いいピッチャーはどっち?
プレジデントオンライン / 2020年2月13日 11時15分
※本稿は、鈴木颯人『最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす』(KADOKAWA)を再編集したものです。
■「立てっぱなし」の目標は達成できない
パフォーマンスを着実に上げるには、“正しい”目標設定のコツを知ることが重要です。とくにチームメンバーの成長を支える立場の方は、知っておいていただくといいと思います。
そもそも、目標はなぜ必要なのでしょうか。目標は、才能やパフォーマンスを引き出す「原動力」になります。人は、いくらお金がもらえても、その仕事にやりがいや夢、目標が全くない状態では、意欲的に働き続けられないものです。これをポジティブに解釈すると、本人が心から望み、納得した状態であれば、意欲的に行動できる可能性が高くなるということ。
つまりリーダーが相手の心に火をつける目標を一緒に考え、そのモチベーションが持続するよう伴走できれば、相手のパフォーマンスはどんどん上がるのです。
メンバーとリーダーの間で、一度は設定しておきながら、進捗の確認をしていない目標はないでしょうか。あるいは、目標設定すらしていない、ということはありませんか? 今からでも良いので、メンバーの目標を、リーダーも一緒に立てることをおすすめします。
■「マイルール」「こだわり」が成長を阻む
「目標を考えて伴走すると言ったって、そんなに簡単にいくはずがない」と思うかもしれません。たしかに、最初から100%を目指すのは難しいと思います。しかし、リーダーも一緒に目標を定めることで、少しずつメンバーのパフォーマンスは上がるはずです。
もう一つ、目標を共有する際に、ぜひチェックしてほしいのが、メンバーが「こだわり」や「マイルール」で損をしていないか、ということです。一体どんなこだわりやマイルールが成長を阻むのか、実例を見てみましょう。
■豪速球ストレートでなくてもアウトは取れる
私がコーチングしている野球選手に、豪速球を武器にしているピッチャーのM選手がいます。彼は「ストレートで良い球を投げなければいけない」という思い込みが強く、制球に苦労していました。豪速球にこだわるあまり、ストライクが入らなくなっていたのです。
M選手に目標を聞いたところ、「速い球を投げて三振を取り、制球力も高めること」と答えました。この目標は、残念ながら的を射ていません。なぜだかわかるでしょうか。
それは、その目標が、本質をとらえていないからです。野球で速い球を投げられれば、たしかに武器にはなります。しかしそれは、アウトを取るための必須条件ではありません。
ピッチャーがマウンドに立ったときの役割は、「アウトを取ること」です。三振を取る以外にも、凡打やフライなど、打たせてアウトを取る方法はいくつもあります。それなのにM選手は、三振を取ることに意識が向きすぎていました。速い球を投げれば、打者を抑えられるという思い込みもありました。
つまり、速い球を投げるという「手段」を「目標」にしていたのです。
それは、勝負に勝つための本質ではありません。そこで私は、M選手に次のように言いました。「速い球を投げれば、打者を抑えられるのですか?」と。
M選手は少し考え込んでいたようでしたが、そうではないことに気がついたようです。
■「最終的なゴール(=目標)」をきちんと見極める
その後、何度かのコーチングを経て、手段を目標にしていたことを自覚したM選手は、球の投げ方を少しだけ工夫して、打者の打ち損じを狙うことにしました。
するとコントロールを意識しなくても自然と良い球が投げられるようになり、面白いようにアウトが取れるようになったと報告してくれました。
ここでのポイントは、「最終的なゴール(目標)は何か」をきちんと見極めることです。野球であれば、短期的なゴールは「相手チームに勝つこと」です。勝つために、ピッチャーは何をすれば良いのでしょうか。
そう考えると、自ずと答えは出てくるはずです。つまり、「目の前のバッターを一人ひとり抑える=アウトを取る」ことがゴールになるとわかります。
迷ったときは、会社、あるいは部署の目標を達成するために、「今、自分は何ができるのか」を考えるようにします。内容は、どんなに小さなことでもかまいません。仕事は、一つひとつの積み重ねでできています。小さなことを一つずつクリアしていくことが、大きな目標達成につながります。
■脳のサーボメカニズム機能を利用する
“正しい”目標設定の必要性は、心理学や脳科学の面からも明らかです。自分や身内に子どもが生まれると、外出した際も子どもの存在に気づきやすくなるといいます。「急に子どもが増えた気がする」と思ったことはありませんか?
このような人の仕組みを「カラーバス効果」と呼びます。特定のものに意識を向けることで、脳が勝手に関連する情報をどんどん集める現象が起こるのです。また、脳には、自ら設定した目標に対して自動的に突き進む「サーボメカニズム」機能が備わっていると言われています。本人がその目標を心から目指すことで、脳が無意識にどんどんそこに向かって行動を起こさせようとけしかけるわけです。
先ほどの例で言うと、「速い球を投げること」を目標にしていたら、「速い球を投げるための方法」にばかり意識が向いてしまいます。しかし、「アウトを取ること」を目標にするとどうでしょうか。「アウトを取るための情報」がどんどん集まってくるはずです(もちろん、その中の一つに「速い球を投げること」も含まれるでしょう)。そして、様々な選択肢の中からベストなものを選ぶことができます。
■一流のリーダーは目標をメンバーと一緒に考える
どこに意識を向けるかで、情報の集まり方は大きく変わり、パフォーマンスも大きく変わってくるのです。そのためにもリーダーは、メンバーが本質とは違う目標に固執していないか、見守ることが必要です。
自分を中心に考える「I目線」ではなく、相手の立場からものを見る「YOU目線」を意識しながら、メンバーの事情や気持ちを想像し、さまざまな角度から“正しい”目標案を検討してください。
仮に、会社のノルマで目標の数字自体は変えられなかったとしても、そこにたどり着くための方法やアプローチにおいて「YOU目線」を意識することで、メンバーの気持ちに寄り添った目標設定ができるようになるはずです。二流のリーダーは勝手に目標を設定して満足しますが、一流のリーダーは目標をメンバーと一緒に考えます。
■目標達成のメリットとデメリットを整理する
「メンバーと一緒に立てた目標が本質的なものなのかどうか、判断しづらい」、そんなときは、その目標を達成するメリットとデメリットを、メンバー本人に聞くことをおすすめします。とくにこの方法は、一つの目標に固執しがちなメンバーに効果的です。
競艇選手のN選手は、“まくり差し”という戦法に強いこだわりを持っていました。競艇は、1レース6艇で行われます。ボートにはそれぞれ、1号艇~6号艇まで番号が割り振られています。この番号は、ピット(スタートライン)で待機しているボートに、コースの内側から順につけられるもの。競艇場の番組編成室が、レースごとに平等になるように番号を割り振っています。
6コースのうち、レースに勝つのは、ほとんどが1コースか2コースからスタートしたボートのどちらかです。インコースでスタートするほうが、最初のターンを最短距離で回ることができ、有利だからです。
ところが、私がコーチングをしていたN選手は、6コースから追い上げて勝つ“まくり差し”にこだわっていました。本来不利なアウトコースでも勝てるようになれば、どんなレースでも勝てるようになるはず――それが彼の言い分でした。
しかし、あえてそこにこだわるのは、競技の本質にかなっているとは言えません。そこで私はN選手と、まくり差しで勝つメリットとデメリットを整理しました。
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・観客がレースを観ていてカッコ良い
・配当率も高くなるので盛り上がる
◆まくり差しで勝つデメリット
・アウトコースからまくり差しで勝てることは滅多にない
・まくり差しにこだわって3年以内にある程度の実績を残せなかった場合、契約を打ち切られてしまう(競技人生が短くなる恐れがある)
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■こだわりでチャンスをつぶしていたことに気づく
ここまで整理したうえで、改めてN選手に、まくり差しをやり続ける必要性について考えてもらいました。N選手は、「まくり差しにこだわらず、レースではどのコースでも勝てるようにすること。そして、インコースが取れるときは確実に取ること」を意識するようになりました。
新人時代は6コースからのスタートになりやすく、それでもたまに4コースとなることがあります。そんな貴重な機会があっても、N選手はまくり差しを狙うため、わざわざアウトコースにばかり行っていました。そうではなく、インコース近くからスタートするときは、なるべくインコース寄りで走るようになったのです。まくり差しにこだわりすぎて選手生命を短くしてしまっては、本末転倒ということも理解しました。
新たな目標を立てた結果、N選手は見事、初勝利を収めることができました。あれだけ6コースからの勝負にこだわっていたN選手でしたが、初勝利は4コースからのスタートでした。インコースが有利なことに変わりはありません。しかしこの勝利により、アウトコースにこだわることで、勝利のチャンスを自らつぶしていたことにも気づいたのです。
■勝負に勝ちたいなら本質を見極めよ
このように、勝負に勝ちたいのであれば、その本質がどこにあるのかをしっかりと見極める必要があります。結果を出すためにどこに注力すべきか。メンバーが目標としていることが、その先の真の目的にきちんとつながっているか。迷ったら、その目標のメリットとデメリットを書き出してみて、冷静に考えるようにしましょう。
メリットとデメリットを羅列してみるだけでも、感情論ではなく、冷静に考えられるようになるはずです。目標を立てて満足するのではなく、リーダーが一緒に中身まで精査することで、メンバーが「出したい結果を出す」ことに大きな効果が期待できるのです。
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スポーツメンタルコーチ
1983年、イギリス生まれの東京育ち。Re‐Departure合同会社代表社員。サッカー、水泳、柔道、サーフィン、競輪、卓球など、競技・プロアマ・有名無名を問わず、多くのアスリートのモチベーションを引き出すコーチングを行っている。
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(スポーツメンタルコーチ 鈴木 颯人)
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