1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「世界恐慌級の不況」でも安倍政権の財政出動が世界的にショボすぎる事情

プレジデントオンライン / 2020年5月14日 11時15分

緊急事態宣言を全47都道府県を対象に5月31日まで延長することが決定し、記者会見する基本的対処方針等諮問委員会の尾身茂会長(左手前)を見る安倍晋三首相=4日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

コロナ禍で経済状況は悪化の一途だ。元米モルガン銀行日本代表の藤巻健史氏は「世界恐慌以来の不況だが、政府の財政出動は世界的に見劣りする。それは日本政府には『お金は出したいのだけれど、これ以上出せない』という深刻な事情があるからだ」という——。

■世界に揶揄される「日本病」と無自覚な日本人

デービッド・スミック氏が発行人兼編集長を務める世界的権威の経済誌『The international Economy』から久しぶりに寄稿依頼があった。氏は、金融界では「知らない人はモグリ」とまで言われた金融レポートの発行元「スミック・メドレー・インターナショナル」の共同代表だった方だ。

『The international Economy』には各国中央銀行総裁や財務大臣経験者、世界の著名大学教授、エコノミスト等が執筆している。私は(僭越(せんえつ)ながら)JPモルガン時代の実績からの実務家枠での依頼ということだろう。

聞いてきたトピックは「Is the World Still at Risk of the “Japan Disease”?」(世界はあいかわらず「日本病」のリスクにさらされているのか?)だ。

この雑誌は2017年夏号でも「日本病は世界に蔓延するか?」というタイトルの議論を組んでいる。だから、この号では「still」という言葉が入っている。1970年代の英国は「老大国」「英国病」と揶揄(やゆ)されていた。世界に権威ある経済誌が、今や、日本経済の現状を過去の「英国病」に匹敵すると認識しているのだ。

それなのにこの国では、政治家、マスコミ、国民に、そこまでの危機感が無い。「平和ボケ」としか言いようが無い。世界が「日本病」と揶揄するような状況の中で、日本は新型コロナウイルスによって(IMFが言うところの)「世界恐慌以来の不況」を迎えてしまった。

■世界最悪の借金、低成長、日銀による国債の爆買い

彼らが案ずる「日本病」とは①1114兆円(2020年3月末)を超える世界最悪の借金を抱え(※)、②40年間で世界最低の経済成長しかできなかった状況に陥っていること。そして③財政危機を先延ばしする目的で、日本銀行が大量の国債を買い取っている現象だ。

※国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(令和2年3月末現在)

日本の借金がいかに大きいかは名目GDP(国内総生産=経済の規模)との比で判断する。米国は104%、ドイツは62%。財政危機に陥ったギリシャやイタリアでさえ、184%と132%だ。日本は237%。断トツで世界最悪の数字となっている(いずれも2018年末)。

日本のこの数字は第2次世界大戦終戦直後の数字とほぼ同じだ。終戦後にハイパーインフレに陥った日本は、昭和21年に預金封鎖と新券発行を行った。銀行に置いてある預金しか新券に変えてもらえず旧券は流通不可になるのだから、国民は、預金せざるを得ない。こうしてタンス預金をもあぶりだされたのだ。

この時代と対GDP比で借金額の数字が同じに膨れ上がっているという事実には戦慄(せんりつ)を覚える。

■異次元緩和は「国の資金繰り倒産回避策」

コロナ禍に遭遇し、世界中が「日本病」と揶揄される日本と同じことを始めた。先述の③のように、各国政府が発動する大型財政政策の資金を調達するため政府が発行した大量の国債を中央銀行が買い取り始めたのだ。

「政府の借金を中央銀行が賄う」行為は、私が金融マンだった頃(2000年3月まで)には、世界中でタブーとされていた。しかも、皆で相談してタブーと決めたのではなく、各国が個々の判断でタブーとした。ハイパーインフレの経験からだ。それほど各国はハイパーインフレを怖がっていたといえよう。

そのタブーを日銀が先頭を切って破った。2013年の異次元緩和がそれだ。政府・日銀は「デフレ脱却のため」と言っているが、異次元緩和は「財政ファイナンス」そのものだ。これは国の資金繰り倒産回避策に他ならない。

ここまで借金がたまると通常は国債の需給バランスが崩れ長期金利が急上昇する。そうなると支払金利のみで税収が消えてしまい、政府は予算など組めない。そこで日銀が長期国債の爆買いを始め、長期金利を低く抑え込んだのだ。

「日本の財政まだ大丈夫」という無責任な主張のせいもあっただろう。危機感が湧き起こらず、だらだらと続けた結果、日銀は、現在、国債発行額の50%近くをも保有するに至ってしまった。1991年には8%弱の保有だから、すさまじい勢いの長期国債の爆買いだ。日本の財政は、こうした爆買いに支えられていることを認識してほしい。

■日銀は各国中央銀行のカナリア役

長期国債爆買いによって、今や日銀のバランスシートの規模は対名目GDP(国内総生産)比で100%を越した。経済規模に比べてお金を無茶苦茶にばらまいてきたということだ。

それでも、今のところインフレの気配もなければ、表面だった問題点は現れていない。他国の政府・中央銀行がそれを見て、日本のまね(=大型財政出動&中央銀行の国債買い取り)をしたいとの誘惑にかられるのも、もっともな話だ。

日銀はいわば炭鉱のカナリア役だ。有毒ガスを感知するカナリアを炭鉱に持ち込む。カナリアがさえずるのをやめたり、死んでしまえば炭鉱夫は逃げ出すのだ。

日銀の対バランスシート規模対GDP比100%超えなのに対し、FRB(米連邦準備制度)は約20%、ECB(欧州中央銀行)は約40%にすぎない。先頭を行く日銀がハイパーインフレや中央銀行の倒産を引き起こせば、すぐに軌道修正可能な位置に他国の中央銀行はいる。日銀の壮大なる実験結果を注視しながら大胆な策を打てるのだ。

■安倍政権が大胆な財政政策に踏み切れない理由

今回のコロナ禍に対し米国、ドイツが大胆な経済政策を打つ一方、日本の政策が非常にみみっちく見えるのはこのせいだ。

他国は「日銀がまだ危機に陥いっていないから同レベルまでは大丈夫」と大胆な政策を打てる。一方、日本政府・日銀は未知の領域に足を突っ込んでしまっているからビクビクしながら進まざるをえない。

安倍晋三首相は、今こそ大胆な財政政策を打ち出したいに違いない。それをやれば「日本の窮地を救った名宰相」として歴史に名を残せる。自民党も次回選挙で圧勝だ。逆に大胆政策を打たなければ政府の評判はガタ落ちとなるのは明らかだ。

なのに、安倍首相は大胆政策がとれない。それはそんな政策を採った途端に日銀が臨界点を超えるのが怖いのだ。その他に、どんな理由があるというのだろうか?

■お金を刷ってばらまくほど出口戦略の困難さが増す

日銀のバランスシートが対GDP比で巨大になる(=お金を銀行市場にばらまいている状態)と何が問題か? 現時点では銀行間市場にお金が溢れているだけだが、前向きにしろ、後ろ向きにしろ、銀行融資が増加すると信用創造で市中のお金が膨れ上がる。

マネタリーベースと言ってベースがつくくらいだから銀行間市場にあるお金はタネ銭だ。タネ銭が少なければ市中に流れるお金はいくら増えても限度があるが、多ければ加速度的に増加する。そうなるとお金の価値が減価しハイパーインフレを引き起こす。それが歴史の教えだ。しかも今回は不景気な環境においてのインフレ、すなわちスタグフレーションに陥る可能性がある。

また、バランスシートが対GDP比で巨大になればなるほど、日銀の「金融緩和からの出口」は難しくなる。政策金利を引き上げ、景気回復時に市中にばらまいた資金を急速に回収しなければならない。金融引締めだ。景気を良くしようと動いていた今までとは真逆のオペレーションが必要となるわけだ。

真逆の資金回収手段とは日銀保有の国債を市中金融機関に売り渡し、資金を回収することだ。しかしそんなことをしたら金利急騰で財政が破綻してしまう。FRBも昨年までの量的緩和の縮小に際し、ここで悩んだ。そこでFRBが採用したのは「満期待ち」手法だ。

日銀にもその方法しかないだろう。しかし満期が来た債券の乗り換えもできず、日銀が臨界点を超えてしまう可能性がある。このコロナ禍の最中に中央銀行がアウトになったら、それこそ目も当てられない。困窮者が急増する。繰り返すが、それを自覚しているからこそ日本政府は今、大型財政出動に及び腰なのに違いない。

■トマ・ピケティの警告は無視され続けている

格差論で有名なフランスの経済学者トマ・ピケティ氏が『トマ・ピケティの新・資本論』の中でこう述べている。

「ヨーロッパから見ると、日本の現状は摩訶不思議で理解不能である。政府債務残高がGDPの2倍、つまりGDP2年分にも達するというのに、日本では誰も心配していないように見えるのは、どうしたことか。(中略)われわれは日本の政府債務のGDP比や絶対額を毎日のように目にして驚いているのだが、これらは日本人にとって何の意味も持たないのか、それとも数字が発表されるたびに、みな大急ぎで目をそらしていまうのだろうか」

この原著は2012年の刊行だがトマ・ピケティ氏の危惧は現実化していない。なぜピケティ氏の心配が杞憂(きゆう)に終わっているのだろうか? それは2013年4月、黒田日銀が、想像だにしていなかった異次元緩和を始め、財政破綻危機を将来に飛ばしてしまったからだ。

ピケティ氏の母国フランスや、財政危機が話題になったギリシャでは、中央銀行が政府を助けられない。政府が資金繰り倒産しそうになっても、新しく紙幣を刷って渡せない。通貨ユーロを刷る権利はヨーロッパ中央銀行(ECB)にあって、各国の中央銀行にはない。

ところが日本では、日銀が必要なお金を刷って政府に渡している。だから政府が資金繰り倒産をしないで済んでいる。トマ・ピケティ氏がこの本を書いたとき、彼も、まさか日銀が「異次元緩和」という「後は野となれ山となれ」政策を採るなどとは思っていなかったはずだ。こんなことを出口も考えずに日銀が無責任に行うとは、想像だにしなかったはずだ。

■「中央銀行が紙幣を擦れる国」ほど危うい

中央銀行が紙幣を刷れるだけで歳出を極大化できるのなら、どの国もEUになど参加しない。紙幣を刷れば何でもできるのならそれは最大の国益だからだ。紙幣を刷れることに何ら価値を見いださず(=ハイパーインフレに見舞われるから)EUに参加している。

すなわち巨大債務をためてしまった国は、中央銀行が紙幣を刷れなければ財産破綻の危機に直面し、擦れればハイパーインフレの危機を迎えるにすぎない。どちらも地獄で、ある高層ビルで火事に遭ったとき、飛び降りて激落死をするか、飛び降りずに焼死するかの差だ。

どちらかというとイタリアやギリシャのように中央銀行が紙幣を刷れない国の方が被害は少ないかもしれない。彼らは国が資金繰り倒産をしそうになるとIMF、ECB、世銀等に助けを求めなければならなくなる。そして債権者たちが騒ぐから、財政赤字に敏感となり、それなりに財政規律が守られる。

いざとなれば、融資国や機関が自分も巻き添えを食うのは嫌だからそれなりに債権放棄などのコストを担ってくれる。ところが日本のように自国で紙幣を印刷して危機を先延ばしにすると、現在のように国民の間に緊張感がわかず能天気になる。これが自覚症状のない「日本病」の恐ろしさの一つなのだ。

■非伝統的金融政策が招く「過激」な未来

私の主張や結論が過激、極論だと思われる方も多いだろう。しかし私自身は自分が過激だとは思っていない。この30数年で起きた財政規律の崩壊、非伝統的金融政策等の金融政策自体が過激だったのだ。だからこそ「過激」な未来を予想せざるをえないのだ。

コロナ禍最中の今、安倍首相が他国並みに財政出動をしたくてもできなくなってしまった理由でもある。私が金融マンだった頃に「禁じ手中の禁じ手」「タブー中のタブー」「ありえないこと」と習い、そう思って実務をこなしてきたことが、180度変化し常態化している。

そしてそれが新しい挑戦ではなく「財政赤字が極大化し財政ファイナンスを行ってハイパーインフレを引き起こした」過去への先祖がえり政策だからこそ、怖いのだ。

----------

藤巻 健史(ふじまき・たけし)
フジマキ・ジャパン代表取締役
1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参議院議員を務めた。

----------

(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください