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なぜ「あの人は気が強い」は女性にばかり使われるのか

プレジデントオンライン / 2020年7月13日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VioletaStoimenova

「あの人は気が強い」という言い方は、女性に対して使われることが多い。ゴールドマン・サックス証券副会長のキャシー松井氏は「誰もが無意識のバイアスを持っている。だが、社員が能力を発揮するためには自然体でいられる環境を作ることが大切だ」という――。

※本稿は、キャシー松井『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます 励まし方、評価方法、伝え方 10ヶ条』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■アメリカでも「能力が高い女性は嫌われる」

旧来の「男らしさ」「女らしさ」にまつわる無意識バイアスが、多様な人材をマネージメントする際に厄介(やっかい)な障壁となりうることは、アメリカでジェンダー研究をしている研究者からはたびたび指摘されてきました。男性側に固定的な性別役割分担というバイアスがあることは前述したとおりですが、それだけではありません。当の女性自身も旧来から求められてきた「女性らしさ」に縛られてしまうことが少なくないのです。

女性に対しては様々なバイアスがあることが知られていますが、なかでも厄介なのは、「能力が高い女性は嫌われる」というもの。日本でもこうした傾向があると思いますが、これは比較的女性の進出が進んでいるアメリカにもあります。

■女性も「成功した女性」に好感を持たない

このバイアスに関しては有名な研究結果が報告されています。コロンビア大学ビジネススクールのフランク・フリン教授とニューヨーク大学のキャメロン・アンダーソン教授が2003年にある実験を行いました。実在する女性ベンチャー・キャピタリストの「強烈な個性の持ち主で……幅広い人脈を活用して成功した」というエピソードを、2つのグループの学生に読ませるというものです。ただし片方のグループにはこの女性の名前を伏せて、男性名で示しています。

このエピソードを女性のストーリーとして読まされた側の学生たちは、この女性を「自己主張が激しく自分勝手」であるとして、同僚として好ましくないとの評価を下しています。ところが、男性名でこのエピソードを読んだ学生たちのグループは、同僚として働くのに好ましい人物として評価するという結果が出ています。

不思議ですね。違っているのは性別だけなのに、人はこれほどまでに違う印象を抱きます。つまり、成功している男性には好感を持ち、成功した女性に対しては好感を持たないのです。実験からわかるように、これは男性だけの感情ではありません。女性であってもそうなのです。

■「気が強い人」は男性にはあまり使わない

こうした例は、あなたの周囲でもきっと数多くあるはずです。たとえばある組織で「リーダー候補」とされる人物に対する評価が、「あの人はアグレッシブ」「とてもタフだ」「強引だ」といったものだとします。その人物が男性であった場合、その評価はとてもポジティブですよね。積極的で精力的、そしてたくましい。しかしそれが女性になると、今度は逆に、攻撃的で頑固、威張りちらしているといったネガティブなイメージになるという結果が出ているのです。

あるいは私たち金融業界でよく耳にする、女性に対する形容として、「シー・ハズ・シャープ・エルボー(彼女はとてもとがったヒジを持っている)」という言い方があります。とがったヒジで相手を押しのけて進む、つまり、彼女はアグレッシブすぎるという意味であり、男性には使われない表現です。日本でも、「気が強い」という表現は、主に女性にしか使われないネガティブワードですね。

■褒め言葉の「アグレッシブ」でマイナス評価

他にも、競争心が旺盛(おうせい)、自信たっぷり、独立独歩、冷徹(れいてつ)など、男性においてはある種の褒め言葉になる表現が、女性に冠されたときにネガティブな評価として受け取られることがあります。それは昇進のプロセスにおいて――特に彼女をよく知らない人たちに印象を伝える場合には、細心の注意をはらって言葉を選ぶ必要があります。

たとえば営業でバリバリ稼いでいる女性社員がいたとします。彼女の昇進を推薦する文章に上司が良かれと思って「非常にアグレッシブです」と書いたのですが、それを読んだ年長の幹部たちが「性格がキツそうな女性だ」と受け取って「リーダーにふさわしくない」と評価してしまうかもしれません。あるいはある女性社員のクールで冷徹な判断が会社のビジネスを発展させるうえで非常に有益かもしれないのに、「そんな女性とチームを組むのは嫌だ」という現場の反発を招いて、彼女が働きにくくなってしまうといったケースも考えられるのです。

人を評価する言葉には、旧来のイメージがもたらした「無意識バイアス」がからみやすい。人材のマネージメントにおいては、できるだけジェンダー的に中立な言葉を用いることを心がけるべきでしょう。

■「もうちょっと優しい態度でいてくれたら…」の声

もう一点、無意識バイアスがもたらす厄介な問題として、女性たちの自己評価に葛藤(かっとう)が生まれてしまうということがあげられます。

これは当社でも日本やアジアに多い現象かもしれないのですが、非常によくできる女性社員に対して、男性陣から「彼女の仕事ぶりは評価している。ただ、もうちょっと優しい態度でいてくれたら」といった声がちょくちょく上がってくるのです。多少冗談めかしてではありますが、「男っぽすぎる」「女性らしさに欠ける」といった軽口も聞かれます。

男性のみならず、女性自身も女性らしさに縛られる傾向にあると先ほど指摘しました。これによって、女性たちは、はっきりとものを言い、アグレッシブに仕事をし、あからさまに競争するようなことは「女性らしくない」「人から好かれない」として自分の仕事の目標を低めに設定する傾向があるように思います。本書ではたびたび、女性は自己宣伝が上手ではない、男性に比べて能力があっても昇進に対して消極的だといったことを指摘していますが、こうしたことも、女性自身が「女性らしく」しなくては――と思うためなのかもしれません。

■「できる社員」も「優しい女性」も求められる

外資系の金融業界で活躍する女性たちは、もちろん基本的にタフでアグレッシブ。そうでなければ、この業界で結果を出すことはできません。ですから普段は、そんな男性陣からの評価もいちいち気にしてはいないでしょう。ただ仕事に何らかの迷いが生じたとき、結婚や出産といったライフイベントに直面して将来を考えるときなどに、ふと「アグレッシブであることと、女性らしくあること。自分はどちらの評価に合わせるべきなのか」と悩んでしまう。ひとりの人間に対して、まったく別の角度から「こうあるべき」と求められているようで混乱する。自分のなかで、どうやってバランスを取っていけばいいのか。私は東京のオフィスで、何度かそうした相談を女性たちから受けてきました。

ケースバイケースで抱えている背景も違うため、一概にアドバイスはできません。ただ個人の性格というか、人となりを変えることは難しいですし、たとえ周囲が求める自己像へ無理に合わせたとしても長続きはしないでしょう。あるいは上司に対してはアグレッシブなできる社員、同僚に対しては優しく気配りのできる女性と、2つの面を使い分けるのも自然ではありません。

■自然体の方が、潜在能力を発揮できる

仕事で潜在能力をフルに発揮するためには、自分自身が自然体でいられることが非常に重要です。あなたの会社で次期リーダーとなるかもしれない有能な女性社員が、旧来の女性イメージにしばられて能力を発揮できない、企業人としての成長を妨げられているとしたら、それは大きな損失です。もしも彼女がアグレッシブでタフで、多少強引であるならば、その性格を上手に生かしてあなたの会社で活躍してもらえばいいのです。

もしあなたの会社で同様に、ビジネスに役に立つ性格と、周囲が求める女性像の乖離(かいり)に悩んでいる女性社員がいたとしたら、まずはその悩みにきちんと耳を傾けること。上司や同僚など周囲の無意識バイアスに問題があるとすれば、経営陣からしっかりと指導をして改善をうながす。必要とあれば配置換えなどを検討するといった配慮が必要になると思います。

■「無意識バイアス」はほぼすべての人にある

個人のなかにひそむ無意識バイアスをコントロールし、組織のダイバーシティを進めるためには、地道な訓練、教育しか方法はありません。無意識バイアスを克服していくには、

①無意識バイアスとは何かを理解し、自分も含めてほぼすべての人にあるものだと知ること。
②自分のなかの「無意識バイアス」に気づくこと。
③無意識バイアスをコントロールする具体的な方法を学んで、行動に移すこと。

この三段階が必要だといわれます。

キャシー松井『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます 励まし方、評価方法、伝え方 10ヶ条』(中公新書ラクレ)
キャシー松井『ゴールドマン・サックス流 女性社員の育て方、教えます 励まし方、評価方法、伝え方 10ヶ条』(中公新書ラクレ)

ゴールドマン・サックスでは、世界共通の取り組みとしてダイバーシティ経営を目的とした講習やトレーニングを行っています。特に日本法人の場合、中途採用で日系の金融機関や日本企業から移ってくる人も多いので、旧来の男らしさ女らしさなど、無意識バイアスについてのトレーニングは重要です。トレーニングには新卒向けから幹部向けまで、さまざまなレベルがあります。

たとえばプロの役者が演ずる寸劇を見ながら多様な人材を生かす知識を学ぶ研修があります。子育てと仕事の両立に悩む女性社員に対して上司としてどう接するか、成果があげているけれども同僚とぶつかりがちな女性社員とどう向き合うかなど、実際に起こりそうな場面のシナリオを用意して、受講者がその場面を見て、どう思ったかを議論するといった内容です。「あの場面で、こういう返事をしたのはよくなかった」「ああした態度は問題がある」など、他から指摘されて初めて気がつくことも多いようですね。

こうした講習を行う団体と契約をしたり、専門家を招いてセミナーを行うなどして社員はもとより、皆さんたち経営トップの考え方を変えていくことも大切だと思います。

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キャシー 松井(きゃしー・まつい)
ゴールドマン・サックス証券 副会長
1965年米国生まれ。ハーバード大学卒業、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院修了。90年バークレイズ証券、94年ゴールドマン・サックス証券入社。99年に「ウーマノミクス」を発表し、日本政府が打ち出した「女性活躍」の裏付けになる。『インスティテューショナル・インベスター』誌日本株式投資戦略部門アナリストランキングで1位を獲得。2015年から現職。チーフ日本株ストラテジストとして活躍する一方、アジア女子大学の理事会メンバーも務める。1男1女の母。

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(ゴールドマン・サックス証券 副会長 キャシー 松井)

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