最強の選択肢「都会の収入で地方暮らし」に潜む6つのリスク
プレジデントオンライン / 2020年8月4日 15時15分
■地元に移住した9割の人が「生活環境が良くなった」
新型コロナがきっかけとなり、大企業を中心にニューノーマル(新常態)としてのリモートワークがビジネスの世界に広がり始めています。「考えてみればオフィスに通う必要がない業務だった」という発見も多く、オフィスコストが不要だと判断されることも増えました。
IT企業の中にはオフィス閉鎖に踏み切って完全リモートの会社組織へとデジタルトランスフォーメーション(DX)を行う動きもあります。そのようなトレンドの中で地方移住に踏み切る人が出始めてきました。
ケースとしては「高校まで慣れ親しんだ地元に戻る」というのが多いようです。そうして地元に移住した9割の人が「生活環境が良くなった」と答えています。
地元といってもさまざまだと思いますが、自然が豊かで空気がきれい、食材がおいしい、気軽にレジャーに出かけられるといったメリットを主張する人たちは、海や山などの自然が残るエリアに移住したのでしょう。都会の生活とはまったく違った毎日が開けるのは想像に難くありません。
もう少し便利な地方の都市部に移住した人も、生活費が安い、部屋が広いうえに部屋数も増える、通勤時間の無駄やストレスがなくなるといったメリットを挙げています。大都市でしか得られない交通の利便性についても「車があれば困らない」ということです。
■「都会の収入で地方暮らし」という最強の選択肢
以前は、地方移住すると文化や流行から遠ざかってしまうというデメリットがかなり強調されていました。しかし、「ZOZOTOWNやアマゾンで手に入らないものはない」「新型コロナがきっかけでアングライベントでも配信で参加できるようになった」とカルチャー面でのマイナスもなくなってきた。つまりコロナ以降は、地方移住のメリットがますます増大しているようです。
また、これまで地方移住する最大のマイナス要因は「地方の給与レベルが低いこと」でした。しかし、今回のニューノーマルでは、大企業に勤めながらリモートワークによって居住地を地方に移すことができるようになり、前提が変わりました。その意味では「都会の収入で地方暮らし」という人生の最強の選択肢が浮上したことになるわけです。
ここまでの状況を考えると、完全リモートワークができている人の場合は地方移住に踏み切りたいと考えるかもしれません。しかし、その判断は時期尚早かもしれない。なぜなら、これまであまり語られていない別のリスクが存在しているからです。
今回は地方移住する前の「6つのリスク」について指摘したいと思います。
■あなたのスキルはリモートワーク向きなのか
今、多くの大企業が働き方改革に取り組んでいて、リモート会議や業務のデジタル化を進めています。その結果、あなたの仕事が完全リモートになって晴れて地方移住ができることになった。ここまでは良いでしょう。
大企業では、国からの指導もありリモートワークにできる仕事をこれから増やしていくでしょう。しかし、他の会社であなたと同じスキルを持った人が行っている業務が、あなたの会社と同じようにリモート化されているかどうかはわからない。なぜならば、どの業務をリモート化させるかは会社によって違うからです。ここにリスクが存在します。
IT企業に勤めていて特定の言語や分野のエキスパートであるといったように自分のスキルが明確で、かつそのスキルを持った人材はどの企業に移ってもリモートワークに向いているというような確信が持てる場合なら良いです。
しかし、「各営業所のリポートをまとめたうえで、課題を共有し各営業所に指導をする」といった業務をリモートで行っている場合、あなたが勤めている会社の業務フローやシステムのおかげでリモートになっている可能性が高い。
そのような場合に気を付けるべきことは、あなたには転職リスクがあるということです。あなたのスキルが専門性にあるのか、それとも社内の人脈や知識にその基盤があるのかを見極めておかないと、地方移住した後で別の仕事に転職しようとしても「地方在住では難しい」ということになりかねません。
■コンビニで買った雑誌が他人に知られている怖さ
大都会で暮らしているとあまりに当たり前で、そのメリットを忘れがちになるのが自分の存在の匿名性です。都会のマンション暮らしは、お隣さんでさえもあなたが何をしている人なのかを知らないのが当たり前。
誰もあなたのことを知らないし興味がないという日常こそが都会で生活するメリットなのですが、ほとんどの人がその恩恵について地方に移住してそれを失ってから気づくものです。
あなたが書店であんな本を買ったこと、コンビニであんな雑誌を毎回買っていること、カラオケであんな歌を歌っていたことや、この間都会に行ってあんなことをしてきたことなどを思わぬ他人が知っている。移住してその怖さを実体験する前に、そういった怖さがあることを理解しておくべきです。
■富裕層の子は都会の進学校に進める
先進国全体で貧富格差の原因の分析が進んでいます。日本ではあまり話には出ませんが、貧富格差の原因の多くは両親の貧富格差に由来することが解明されています。
ここで考えるべきは「なぜ両親の貧富格差が子の貧富格差の原因になるのか」。最大の理由は、富める両親の子は都会で私学の進学校に進めるからだそうです。
「いやいや、今ではスマホで最先端の進学予備校のカリスマ講師の授業だって地方で受けることができる時代だよ」とあなたは反論するかもしれませんが、リモート学習の最大の課題は子供がそれに集中しないことです。
子供が大学に進学する段階になって「ああ、やはり都内の私学に行かせておくべきだった」と後悔しないように、少なくとも子供の教育のことを検討してから移住を判断しても遅くないと思います。
■「外出先で酒が飲めないこと」の持つ意味
地方移住して初めの頃はいいのですが、1、2年経つと「新しい出会いが不足する」と言い出す人が結構いらっしゃるようです。地方に戻った当初は出会う人すべてが新しい出会いなのですが、1年も経つとそれでメンツは固定されてしまう。それから先は新しい人との出会いはない。
これが都会だったら誘われて飲み会に行くたびに誰か新しい人と出会い、新しい話を聞いて刺激を受け、それがきっかけで新しい世界を知るという展開が普通に行われます。そのような知人や世界の新陳代謝が地方ではなくなってしまうというのです。
いや、そもそもの本質的な問題がもうひとつあります。それは「外出先で酒が飲めないこと」。車を運転しないと居酒屋に顔を出すこともできないのですから。
■大口クライアントが経費削減に動いたとしたら……
これまでの話はある程度、地方移住する前に検討できるものばかりですが、これからお話しする2つのリスクは事前に検討できないものです。
今は会社が政府の旗振りどおりにリモートワークや働き方改革を推進して調子のいい状況だとします。しかし今後、新型コロナ、ないしは業界構造そのものの問題がきっかけで、会社が大規模なリストラを計画するとしたらどうでしょう。
「いやいや、うちはIT企業だから大丈夫」
というかもしれませんが、もしIT企業としての取引先が大手航空会社や大手自動車メーカーだったとして、大口クライアントがコロナの影響で経費削減に動いたとしたら? そもそも本当に会社が安泰かどうかはプロのコンサルタントでもなかなか見抜くのが難しい経済問題のひとつです。
そして本当に会社の業績が悪くなり、会社がリストラを計画するようになったとして、その情報をいち早く察知して自分の身を守ることができる人はどんな人でしょうか? 当然ながら本社の中枢にいる人ですよね。地方に移住して自分の身を守れるのかどうかは、まだ表面化していない未来のリスクだとは思いませんか?
■寝る間も惜しむような生活に逆戻りする可能性
今、大企業勤務で完全リモートワークになった人が地方移住を考えるきっかけが、冒頭にお話ししたような「都会の給与レベルで地方の生活ができる」という夢のような新しい現実にもとづく話だったわけです。
しかしこの先、10年ぐらいのスパンで考えた場合、そういった大企業が業務の多くの部分をリモートでできるように切り出し、組織全体でデジタルトランスフォーメーションが大幅に進んだときのことを考えてみてください。
大企業から見れば新しい現実として社員を大都会の中で採用する必要がなくなります。そのような新しい時代に高い給与でないと来てくれない都会の人材と、安い給与でも来てくれる地方の人材を選べるようになったらどうなるでしょう。私が大企業の人事部だったら、よろこんで地方採用の社員をたくさん採用します。
そのような未来になったら何が起きるでしょうか。シンプルに考えれば、元・都会採用のあなたの給与の増加ペースは頭打ちになるはずです。そしてあなたの査定は、もっと給与の安い地方採用のリモート正社員の生産性と常に比較されるようになります。
「君の3分の2の給料でみんなきちんと仕事をしてくれているんだけどねえ」
といった課長の嫌味で、大都会に住んでいたときには抱えていなかったストレスを感じ、生産性を上げるために毎日サービス残業をするようになる。それで寝る間も惜しむようなライフスタイルに戻るとしたら、それは怖い逆戻りと言えないでしょうか。
■引っ越しを決める前の検討材料に
いかがでしょうか。完全リモートをきっかけに地方移住する前には、6つのリスクを考えてみるとよいでしょう。
もちろん今のメリットとデメリットを比較すれば、完全リモートワークが実現した人にとっては地方移住のメリットが大きいことは事実です。なにしろ9割の人が「良かった」と答えているのですから。
コロナという変化によって多くの人にとって地方移住を考えるべきタイミングが来ています。その前提でこれらの6つのリスクについても検討してから引っ越しを決めてみてはいかがでしょうか。
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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