「いったい誰が土下座するのか」東大総長選をめぐるドロドロの権力争い
プレジデントオンライン / 2020年10月2日 6時15分
■どの報道も「誰と誰が対立しているのか」が抜けている
「隔靴掻痒」とはこれを言う。東京大学が6年に一度の総長選で、何やら大揉めなのはお聞き及びかもしれない。9月半ばからテレビや新聞で「選考過程をめぐって質問状や要望書などが相次ぐ異例の事態」(NHK)が報じられているからだ。しかし、どのメディアの報道も誰と誰が対立しているのか、という肝心な構図が抜けている。
テレビドラマ『半沢直樹』の人気は敵役にある。大和田常務、伊佐山部長、簑部幹事長らを演じる名優、怪優が悪党ぶりを競った。さて、こちらの令和版「東大紛争」の敵役は、三代前の第28代東大総長で現三菱総研理事長の小宮山宏氏である。今回は総長選考会議の議長として選考過程を牛耳った。それに対し、学内から猛反発が起きているのだ。
東大の総長選は、代議員会(予備選)の投票で選ばれる学内候補者10人程度と、学外の委員からなる経営協議会が推薦する2人程度、計12人程度の「第一次総長候補者」から選ばれる。第一次総長候補者は、学内8人、学外8人の計16人で構成する「総長選考会議」で3~5人の「第二次総長候補者」に絞り込まれる。
「第二次総長候補者」が決まると候補者の氏名が公表され、全学の教授会構成員(教授、准教授、教授会を構成する講師)による意向投票(本選)が行われる。通常はこの本選で過半数を得た候補を、総長選考会議が「総長予定者」として決定。文部科学大臣に上申して任命してもらう(編註:記事末尾で「東大総長選の仕組み」を図解)。
■7月7日の「予備選」で選ばれた11人の氏名
本来、代議員会(予備選)の投票で選ばれる候補者名は非公表だが、今回は教員有志がその氏名を公表している。7月7日の予備選で選ばれたのは以下の11人だった。
石井 洋二郎 :中部大学教授、元理事・副学長、元総合文化研究科長
大久保 達也 :理事・副学長、元工学系研究科長
太田 邦史 :総合文化研究科長
梶田 隆章 :宇宙線研究所長(ノーベル物理学賞を受賞)
佐藤 岩夫 :社会科学研究所長
白波瀬 佐和子 :理事・副学長、人文社会系研究科教授
染谷 隆夫 :工学系研究科長
福田 裕穂 :理事・副学長、元理学系研究科長
藤井 輝夫 :理事・副学長、元生産技術研究所長
宮園 浩平 :理事・副学長、元医学系研究科長
得票順位は以下の通り(丸カッコは辞退者)。
2 藤井輝夫 54票
3 (梶田隆章 24票)
4 白波瀬佐和子 23票
5 大久保達也 20票
6 福田裕徳 18票
7 石井洋二郎 16票
8 染谷隆夫 14票
9 相原博昭 14票
10 太田邦史 13票
11(佐藤岩夫 13票)
2015年にニュートリノ研究でノーベル物理学賞を受賞した梶田氏と社会科学研究所長の佐藤氏は選考を辞退した。
■1位の「宮園外し」が仕組まれていたという疑いが浮上
一方、経営協議会側の推薦者は一人だけだった。
残った10人から3~5人に絞りこむのが「総長選考会議」の役目である。9月7日に発表された第二次総長候補者は3人だけだった。それからである、学内が騒然となったのは。
永井 良三 (自治医科大学学長)
藤井 輝夫 (理事・副学長)
予備選でトップだった宮園氏の名がなく、第8位と下位だった染谷氏の名があったからだ。しかも前回総長選では5人だった第二次候補が3人に減っている。
この選考に先立ち、今年4月28日に総長選考会議の内規が改定されていた。改定では第二次総長候補者を「5名程度」から「3人以上5人以内」に変更。さらに「総長予定者の決定」の条でも、「投票の結果を考慮して総長予定者を決定する」を「調査及び意向投票の結果を考慮して総長予定者を決定する」と「調査」という言葉が加えられていた。このことから、「宮園外し」が予め仕組まれていたのではないか、との疑いが生じた。
■ぴったりのタイミングで流れた「怪文書」の中身
医学系研究科長を3期務め、副学長の一人でもある宮園氏は、6年前の総長選では、現総長の五神真氏の次点だったため、今回も最有力候補と目されていた。それを何とか防ごうと総長選考会議の内規を変え、さらにぴったりのタイミングで「怪文書」が流れた。予備選トップの候補を落とすために「調査」という言葉を加えたようにみえる。
9月4日の総長選考会議では、選考で予備選の票数を考慮するかどうかで議論があった。学内委員が次々と「尊重すべきだ」と発言すると、「経営協議会の意義をないがしろにしている」と学外委員と言い合いになったという。その際、議論を終始リードし、時に後輩の学内委員を非難したのが、議長である小宮山宏氏だった。このやりとりが明るみに出れば、『半沢直樹』のように誰かが土下座する羽目になるかもしれない。
結局、4日の会議では、法務課の反対を押し切って、各自3~5人の名を書いて電子投票(無記名)を行い、7日に改めて絞り込むことになった。ここで出てくるのが先の「怪文書」である。この文書が指摘しているのは、2012年に浮上した分子生物学の第一人者だった加藤茂明教授(当時)の研究不正との関わりだ。
東大は2017年に計33本の論文で図の改竄や捏造があったとして、加藤氏ら4人を懲戒解雇相当とする処分を下している。この疑惑浮上時に医学研究科長であり、問題教授との共著が1冊あり撤回した宮園氏が総長になることは対外的にマイナスであるという理屈で、宮園氏を振り落とす方向へ議論を誘導したとみられる。「宮園氏はむしろ被害者」との擁護論も学内にはあり、匿名文書を真に受けるのはいかがなものかとする意見も出たのに、本人から聴取もせず、調査の手順を踏んだ形跡もない。
■学外委員の一人は「五神総長は晩節を汚した」と憂う
絞り込みの結果、予備選2位の藤井氏と、経営協議会推薦の永井氏が残ったが、なぜか予備選8位だった染谷氏も残った。工学系2人、出戻りの医系1人という第二次候補の偏った顔ぶれに、学内の多くは愕然とした。東大総長は暗黙のうちに文系と理系のたすきがけだったが、有力だった法学部長が外に出たため変則になったとはいえ、工学系の優遇の裏に染谷氏を本命に仕立てて「傀儡」にするのではないか、という小宮山―五神ラインへの疑心暗鬼が募ったのだ。
小宮山氏は後継総長の浜田純一氏(法学部)と折り合いが悪かった。そこで理学系の五神氏を次の総長にかついだ。五神総長が小宮山氏に従順なことは、今回の選考会議で一気に露呈した。
五神総長のもとで、東大は初の大学債を発行することを決めている。償還期限40年で、大和証券、SMBC日興証券、みずほ証券を主幹事に指名し、日本格付研究所(JCR)から最上級の「トリプルA」、格付投資情報センター(R&I)から「ダブルAプラス」の格付けを取得した。調達資金は先端研究施設の整備にあてるとしているから、配分を誰が仕切るかが問題である。
五神総長は「東大債の行方を見守りたい」と言い、染谷氏は選考会議の面接で「五神先生と二人三脚で取り組みたい」と述べているからミエミエとも言える。学外委員の一人は、露骨な議事壟断に「夜も眠れなかった」ともらしたほどで、「五神総長は晩節を汚した」と憂う。
■「本選」で1位の藤井氏が総長に選ばれることはあるのか
この下心を嗅ぎ取った学内有志が、本選にあたる意向投票の延期を求める運動を起こし、NHKなどを動員した。有志の公開質問状に対し、五神執行部も小宮山議長も木で鼻をくくったような返答しかしていない。
執行部批判は法学部、文学部、医学部、薬学部長や梶田氏ら研究所長に広がり、要望書や質問状を出していたが、9月30日の本選を予定通り行うことでいったん矛を収めたのは、選考過程の事後検証を執行部が約束したからだ。7日の選考会議は録音されている。誰がどんな発言をし、他の候補をどう落としていったかは、言い逃れできない証拠になる。それは追い追い明かしていこう。
実は9月30日の本選ではサプライズがあった。結果は以下の通り。
永井 良三(自治医科大学学長)232票
藤井 輝夫(理事・副学長) 951票
白票 251票
投票総数 2069票
有効投票数 1818票
過半数 910票
ダークホースだった藤井氏が一発で過半数をさらい、いかに小宮山―五神―染谷ラインに学内の反発が強かったかを証明してしまった。しかも白票が251票も出たうえ、永井票をも上回って、推薦した学外委員もメンツ丸つぶれである。
ただし、総長選考会議の内規によれば、意向投票の結果は「調査」と合わせて考慮することになっている。小宮山―五神ラインはこのサプライズにどう対処するのか。それは10月2日の小宮山議長の記者会見のお楽しみだ。この記事はその予告編、いや露払いである。
■▼【図解】東大総長選考プロセスのイメージ
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(チーム「ストイカ」)
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