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「7000人の子を救ったカリスマ心臓外科医」が大切にする2つのこと

プレジデントオンライン / 2020年10月17日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat

※本稿は、高橋幸宏『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)の一部を再編集したものです。

■20年間日本一の小児心臓手術

私が副院長を務める榊原記念病院は、心臓外科の世界的権威・榊原仟(さかきばらしげる)先生が設立した循環器専門病院です。年間500件を超える小児心臓手術を行っており、20年近く日本一の数を継続しています。

私が行ってきた小児心臓外科手術の成功率は、98.7%という数字になっています。榊原記念病院には比較的難しい症例の患者さんしか来ませんし、一般的にいえば、難しい症例の割合が増えれば増えるほど確率は下がりますから、その中である程度の成績を挙げているといえるでしょう。

手術の難易度に応じて点数を割り当てる「アリストートル・スコア」というものがあります。榊原記念病院のスコアは平均7~8点で、非常に難しい手術を多くやっていることになります。海外の医療関係者と話しても、「とてもいい成績だね」との評価を受けています。

■子どもの心臓にメスを入れるということ

みなさんは、子どもの心臓手術に対してどのような印象をお持ちでしょうか?

休むことなく拍動を続ける命の源ともいえる心臓にメスを入れる。しかも、小さな小さな子どもの心臓です。「考えるだけで怖くなる」「絶対したくない仕事」などと思われるかもしれません。

それはまさしくその通りです。だって、現在も心臓手術をやり続けている筆者もたまにそう感じるのですから……。

しかし、胎児の命と向き合えば向き合うほど、また、親御さんと付き合えば付き合うほど、そして手術チームのみなと共に苦労すればするほど、そういった感情や日頃の悩み事を超えて、とんでもなく大事な“何か”を考えなければならない状況が出てきます。

■胎児期から心臓の病気はわかる

その1つは、もちろん患児のことです。今は検査技術が発達して、妊娠中から胎児の心臓の状況がわかります。出産後間もない時間で手術に臨むこともよくあります。

残念ながら手術で亡くなること、逆に奇跡的に助かること、また、心臓以外の病気が合併して手術の適応外となること、さらに胎児期に治療を断念する選択をすることなど、赤ん坊の魂というものを考えれば考えるほどに、外科医になった意義以上に自身の無力さを痛感することになります。

もう1つ思うことは、我々医療従事者のことです。心臓手術はチーム医療の最たるものといわれます。ゆえにチームワークが大事だとよくいわれますが、それは単に仲がいいということではありません。チーム各員の技量がすでに突出していて、手術中は最高のスキルをお互いに見せ合うようなものでないと、チーム医療とはいえないのです。

小児心臓手術の仕事は、子どもや親御さんたちの切実な要求と日々向き合い、極度のプレッシャーの中で最高のパフォーマンスを発揮すべく、絶えず己を磨き、チームづくりをしていくことが必要です。

そのような技量や最高のスキルを見せ合うことのできる手術チームは、多少顰蹙を買う言い方かもしれませんが、赤ん坊の心に対して常に愉しそうに接して話しかけることができます。我々が愉しみながら赤ん坊の命と魂を救う、そのことが“何と幸福なことか”とみなが思えるようなチームを育成してくべきだと思います。

■患児の生死にかかわる「時間短縮」

私が小児心臓手術を行う際に、きわめて大事だと考えていることが2つあります。

1つは「時間短縮」です。いかに努力しても、2~3時間、心臓を止めて行わなければならない複雑な心臓手技があります。このような長い手術では当然、全身臓器のダメージや非生理的変動が強くなりますので、患児の生死にかかわる可能性が高くなります。

そのため外科医は、今までの経験から独自につくり上げてきたポリシーと治療戦略(ストラテジー)によって時間短縮に向けて努力をします。特に小児心臓外科医は時間短縮に徹底的にこだわらなくてはいけません。

■患者さんの体に負担の少ない「優しい手術」を目指して

当院では、ほかの施設と比較して半分から3分の1ぐらいの時間で手術を行います。見学に来られた先生方はびっくりされます。

私はほかの病院の先生方の手術をあまり見たことがないので、「なぜそんなに短いのか?」と聞かれても「必然的にそうなってしまった」としか答えられないのですが、短時間で手術を終わらせることは何よりも手術を受ける子どもたちのためなのです。小児心臓外科手術の低侵襲対策(患者さんの体に負担の少ない「優しい手術」にすること)として、時間短縮は最も大事なことなのです。

ここで注意すべきことは、「事前に決めた戦略にこだわり過ぎない」ということ。1つの戦略にこだわりすぎると、望まない問題が数パーセントの確率で必ず発生します。逆に、別の戦略に切り替えると、その数パーセントの問題は解決しますが、新たな別の問題が数パーセントの確率で発生する可能性が出てきます。

つまり、自分のポリシーや戦略にあまりこだわっていると、望まない問題が発生した場合に対応できなくなるのです。大事なのは、よくいえば「柔軟に」数パーセントの問題に対処することであり、悪くいえば「少しいい加減に」途中で出現した矛盾に対して解決していくことです。要は、手術の流れに沿うように要路よく流れをつくっていくことが求められます。

医者と患者の手でハートの形のハンドサイン
写真=iStock.com/Pollyana Ventura
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pollyana Ventura

■基本「手技」を極めることが大切

もう1つ大事にしているのは、小児心臓外科医に特有ともいえる時間感覚と皮膚感覚です。

小児心臓手術には、心臓の穴を閉じる、狭くなったところを広げる、弁を修復する、血管をつなぐなど、基本的な「手技」がいくつかあります。ほとんどの手術はその組み合わせで行いますから、手術時間の長短は組み合わせの数で決まります。

難易度が高く、複雑になればなるほど、それらの手技をいかに完璧にできるかが問われます。したがって、時間短縮にはそれぞれの基本手技を確実にかつ迅速に行える技量を身につける必要があります。

基本手技がしっかりできるようになると、あとは同じ組み合わせを状況に合わせてやっていくだけ。気持ち的にはそれだけ楽にこなせるようになるわけです。基本的な手技をこなすことによって、一定の時間感覚が身についていくのです。

■心臓を止める「20分」の「時間感覚」

しかし、それ以上に大事なのは、「心筋保護液注入」の時間感覚です。これは心臓を止めるために用いる薬剤で、注入は約20分間隔で繰り返し行います。そのあいだ、執刀医の手だけでなく、手術の流れが止まることになります。

したがって、心臓を止めたあと、次回の心筋保護液を注入するまでの20分間にどこまで手技を進めて次の手技に移るか、もしくは、次の心筋保護液を注入する時期を考慮して各手技の時間をどれだけ有効に使うかなど、この20分間の使い方が手術の大きなポイントになります。そして、最も有効な時間短縮へとつながるのです。

20分という間隔をいかに大事にするか。この20分という時間は、小児心臓外科医のみが有する特殊な時間感覚であるような気がします。たとえるなら、ボクサーの試合における3分間の時間感覚と同じようなものかもしれません。

私たちは20分の中で停滞しない手技の流れをつくること、そして間をつくることによって、時間短縮という低侵襲性の獲得を目指しているのです。

■手術全体の流れを整える「皮膚感覚」

次は皮膚感覚です。

低体重児の手術では、小さい心臓の周辺で外科医の大きな手が交錯することになります。そこで求められるのは、お互いの手を邪魔しない皮膚感覚です。特に執刀医の多くはわがままですから、自分のテリトリーにほかのスタッフが入ってくることを好みません。

手術がスムーズに流れることは、当然、時間短縮につながっていきます。流れのよい手術では、お互いに自然と気を配って手がぶつからないように、邪魔にならないように手術の流れをつくっていきます。

このような皮膚感覚を身につけるために必要なのは、手術全体の流れを通して見ることに尽きる、といっていいでしょう。

■手術は「現場」で起きている

周囲に常に気持ちを張り巡らせ、看護師が器械を出すタイミングはどうか、技士が行う体外循環の管理はうまくいっているのか、麻酔医は循環動態に反応して動いているのか。これらの流れがうまくいっていない時にはスタッフにずいぶん厳しいことも言いました。

しかし、執刀医はそうやって手術の流れをよくして、時間を少しでも縮めることが手術の質の向上につながること、特に術後の回復が早くなることをチーム各員に具体的に示さなくてはならないのです。

皮膚感覚を自分のモノにするには、なるべく多く手術室にいること。これがいちばん手っ取り早い方法です。だから私は、若手の外科医に対して、できる限り手術室にいるようにと指導しています。

高橋幸宏『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)
高橋幸宏『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)

皮膚感覚を獲得すると、外科医は完璧なる平和主義者になります。人と争うことが嫌になるのです。争うことが自分の精神状態だけでなく、患児のデメリットになることを知るからです。

今は働き方改革が叫ばれ、医師や看護師の中にも「病院と戦ってでも改革しなければならない」などと大きな声で唱える人がいます。労働環境の改善は確かに必要なことでしょう。しかし、医療者にとって皮膚感覚を得ることはそれ以上に大切なことなのです。

患者さんの命を救うという「医学の根っこ」がどこにあるのか、それを見失わないようにしなければいけないと思いますし、それは若い人たちにもしっかり伝えていくことが大事だと考えています。

■小児心臓外科医の実体験から伝えたいこと

以上のような私が大事にしている仕事の進め方、これまでの歩みやチーム医療に関する考え方を述べさせていただいたところ、取材を受けた雑誌の記者の方から、「そのお話は、そのままビジネスの世界にも置き換えることができますね」と言われました。

自分としてはたいへん意外に感じたのですが、ご縁があって、小児心臓外科医として働く私が今、実体験から得た知見、最も大事と考えていることを、今回『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)という1冊の本にまとめました。

これらの内容に共感を得てくださる読者の方がいらっしゃるとすれば、そして、外科医としての私のつたない経験が、いささかでも皆様のお役に立つ部分があればたいへん嬉しく思います。

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高橋 幸宏(たかはし・ゆきひろ)
小児心臓外科医
1956年宮崎県生まれ。熊本大学医学部卒業後、“心臓外科の世界的権威”と呼ばれた榊原仟氏が設立した榊原記念病院への入職を希望するも、「新米はいらない」と断られ、熊本の日赤病院で2年間初期研修。27歳で榊原記念病院に研修医として採用。年間約300例もの心臓血管手術を行い、35年間で7000人以上の子どもたちの命を救ってきた。手術成功率は実に98.7%にも及ぶ。2003年心臓血管外科主任部長、06年副院長に就任。専門書に『榊原記念病院 低侵襲手術書』(榊原記念病院)がある。

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(小児心臓外科医 高橋 幸宏)

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