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「恥ずかしさは全くない」40歳のカリスマ書店員がストリッパーとして踊るワケ

プレジデントオンライン / 2021年3月17日 15時15分

新井見枝香さん/1980年、東京都生まれ。アルバイト時代を経て書店員となり、現在は東京・日比谷の「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で本を売る。独自に設立した文学賞「新井賞」も13回目を発表した。著書に『本屋の新井』(講談社)など。 - 撮影=高鍬真之

カリスマ書店員・エッセイストとして活躍しながら、39歳でストリッパーとしてデビューした女性がいる。新井見枝香さん(40歳)だ。彼女はなぜストリッパーになったのか。ノンフィクション作家の菅野久美子氏が聞いた――。

■きっかけは小説家に誘われて…

ストリップ劇場が好きだ。

艶やかな色彩を放つミラーボールの下、眩いばかりのスポットライト。その中心で、あらわになる一糸まとわぬ肢体――。ステージの上には、汗をキラキラと輝かせながら舞う、神々しいとさえ思える女性たちの姿がある。私は、ストリップ劇場に足しげく通っては、数え切れないほどの女神たちを間近に見る。

そんな夢のような舞台に思いがけず立つことになった女性がいる。

カリスマ書店員で、そして人気エッセイストとしても活躍する新井見枝香さん(40歳)だ。新井さんは昨年の2月、39歳の時に新人踊り子としてデビューした。なぜ、カリスマ書店員として活躍していた新井さんが、ストリッパーをやろうと決めたのか。それは小説家の桜木紫乃さんに誘われて、上野のストリップ劇場を訪れたのがきっかけだった。

「桜木さんに連れられて初めてストリップを見て、ここは桃源郷だな、と思ったんです。次から次に、きれいなお姐さんたちが出てきて、夢みたいだなぁとすぐにこの世界に引き込まれました」

中でも最も心を打たれたのは、ベテラン踊り子の相田樹音さんだった。ダンスの技術はもちろんのこと、ショーとしての魅せ方や観客を巻き込む力に圧倒されたという。

1回目のステージが終わると樹音さんは表までサンダルのまま出てきて、親しげに話しかけてくれた。さっきまでステージで踊っていたのに、全く飾らないのだ。

■初ステージでも抵抗は全くなかった

すっかりストリップの虜になった新井さんは、今度は一人でストリップ劇場を訪れるようになる。エアリアルシルクなど巧みな空中芸を持ち味にしていたり、最小限の動きと視線でステージを完成させたりと、踊り子さんにはそれぞれのカラーや個性があることを知った。新しい劇場や、踊り子さんたちとの出会いは新井さんにとって刺激的だった。

ステージを追いかけるうちに距離が縮まり、あれよあれよという間に樹音さんのステージにゲストとして乗ることになった。大好きな劇場のステージに大好きなお姐さんと一緒ということもあって、抵抗は全くなかった。

ストリップ劇場には、リボンさんと呼ばれる常連さんがいる。リボンさんは、踊り子がポーズを決めると、踊り子さんのカラーに合ったリボンを四方八方から飛ばして、ステージに華を添える。ストリップ独特の文化だ。

初ステージの最中、リボンと一緒にふわふわとした羽が舞い落ちてきた。伝説と呼ばれるリボンさんの可憐な演出だった。

「その時、あぁ、こんなに幸せなことってあるんだ。すごくうれしいなぁって感じたんです。これで終わりかぁ、それは嫌だなぁって。それで、舞台の袖に戻ったときに樹音姉さんに『踊り子にならない?』と言われた」

こうして踊り子、新井見枝香さんが誕生した。

■自分の気持ちにまっすぐであるということ

新井さんは、このときのことを後に『小説現代』の連載エッセイでこう書いている。

「レモン」という演目。好きと素直に言えない切なさを踊る
「レモン」という演目。好きと素直に言えない切なさを踊る(撮影=高鍬真之)

「ステージ袖で、思わずハイと答えかけた39歳の私は、20年以上前、まだ高校生だった頃のことを思い出していた。夜の世界で働く7つ上の友人から、保険証を借りたのだ。大人っぽく見えるから大丈夫、これで面接受けてきな、と。条件反射のように受け取って、何も迷うことなどないと、素速く首を縦に振ったのだった。あんな風になりたいと思える人間に出会えたら、私は今すぐ、なりたいのだ。いつか、なんてあるかもわからないものを待つことができない。年齢も名前も偽ったが、自分の気持ちを偽ることはしなかった。」
(小説現代 第七回 きれいな言葉より素直な叫び より一部抜粋)

自分の気持ちにまっすぐであるということ――。それは新井さんのこれまでの人生を振り返ると、偽りのないものであることがよくわかる。カリスマ書店員として、イベントを年間数百回にわたって企画したり、自らが気に入った本を『新井賞』として顕彰するなどユニークな手法で売り上げを伸ばし、そのキャリアを着実に積み上げてきた。そんな会社員として華々しい成功を収めていたさなかの踊り子としての鮮烈デビューである。なかなかできることではない。

新井さんは現在も書店員として店頭に立つ傍らストリッパー、そして文筆業と、三足のわらじという多忙な生活を送っている。

■ストリップを見ると、なぜだか自分の体も慈しもうという気になる

「ストリップに出会わなければ、私はずっと、自分の身体を粗末に扱い続けただろう」

女性向けのストリップ劇場入門コミックで新井さんはそう寄稿している。その言葉が、やけに頭に残って離れなかった。自分の体を粗末にしていたとは、どういうことなのだろう。新井さんに尋ねると、少し考えこんだ後、言葉を続けた。

「それまで自分の体が、あんまり自分のものとは思えなかったんです。運動とか、美で自分の体を追求している人もいると思うけど、私は真逆で、割と体から浮遊しているタイプだった。でも、ストリップに出会って体に対する考え方ががらりと変わりましたね。さまざまな経験や食べ物、人との関わりによって、その体が成り立っている。それは決して当たり前のことではなく、奇跡的ですらあると思うんです」

わかる、と思う。私も割と体をないがしろにしがちな性格だからだ。

しかし、ストリップを見ると、なぜだか自分の体も慈しもうという気になる。体も季節も時間も移り変わっていく。この時間も肉体も永遠ではない。だからこそ尊い。そんな当たり前のことに気づかされる。だから、ストリップは季節の移ろいをテーマにした演目が多いのかもしれない。

■自分自身の体そのものが赦される体験

「女性は、自分の体に自信のない人も多いけど、ストリップに行けばみんなそんなのバカらしいって思うはず。私は、おっぱいがちっちゃいとか、がりがりだなと言われたりもするんだけど、確かにそうだね、としか思わないんです。ストリップを見ると、そんな些末なものではない人間の豊かさを感じられると思う。それ以前に体が自由に動いていることの奇跡がある。他人と比べることなんて全く無意味だということを感じられるんじゃないかな。確かにすごくきれいな体の子はいる。でも、家に帰って自分の体を見て、がっかりするんじゃなくて、これもこれでいいよなと思えるようなステージでありたいと思っています」

新井さんの言葉を聞いて、あぁ、そうかと感じた。ストリップ劇場に行くと、なぜだか全てを赦される気がする。ずっと、前からそんな感覚を感じていた。それはなんでなんだろうと。しかし、それは踊り子さんを通じて、地続きの自分と向き合うこと、そして、コンプレックスまみれの自分自身の体そのものが赦される体験なのかもしれない。

■コロナを乗り越えることで、新たな絆ができそうな気もする

こうした体験ができるストリップ劇場は、残念ながら減少の一途をたどっている。2017年にはTSミュージック、そして2019年には、DX歌舞伎町が相次いで閉館。しかし、新たな潮流も生まれつつある。

近年では、かつての新井さんや私のように、ストリップの魅力に目覚める女性客の数も増えているのだ。女性客を呼び込もうと女性価格を設けるなどして、門戸を広げている劇場もある。

新型コロナの影響はストリップも直撃した。一時期は客足が落ち込んだり、劇場も閉めることを余儀なくされたが、今は徐々にではあるが、客足は回復しつつあるという。一部の劇場では「かぶり」と呼ばれる最前列の観客には、フェイスシールドを貸し出した時期もあった。また、現在でも公演のたびに換気したり、公演回数を減らすなどして、劇場側も感染症対策を行っている。

「フェイスシールドをつけると曇ってステージがなかなか見えなくて大変なのに、そこまでして観てくださる方もいた。それは本当にありがたいことだけど、心苦しくもあって。でも、コロナを乗り越えることで、新たな絆が踊り子とお客さんと劇場でできそうな気もするんです」

新井さんはそう言って私の目をしっかりと見つめた。

■新井さんが、言葉ではなく身をもって教えてくれたこと

平日昼間のストリップ劇場、シアター上野。ほぼ満席に客席が埋まる中、新井さんのステージの時間がやってきた。新井さんが披露したのは、一周年を記念して制作した作品だ。固唾(かたず)をのんで見守る男性客に囲まれて、新井さんは大音響の中、目も眩むような光を全身に浴びている。そして肉体のすべてを余すところなくさらけ出して、悠々とステージを横断してゆく。その距離はあまりに近く、私の目と鼻の先だ。まるで手が届きそうな距離に新井さんの体があって、とてつもなく心地よく幸せそうに舞っている。

ロボットの恋がテーマの「周年作」。衣装はお姐さんから譲り受けた。
ロボットの恋がテーマの「周年作」。衣装はお姐さんから譲り受けた。(撮影=高鍬真之)
ストリップ劇場で踊る新井さん
撮影=高鍬真之
ストリップ劇場で踊る新井さん
撮影=高鍬真之

――いつかを待つことはなく、なりたいと思える人間には今すぐなるということ――。

それは、私に新井さんが、言葉ではなく今目の前にあるその体で身をもって教えてくれたことだ。ステージ上の新井さんと目が合って、一瞬私に笑いかけた気がしてドキッとする。これもストリップの醍醐味の一つだ。

新井さんは小さなステージを変幻自在に飛び回り、観客の視線を浴びて、どこまでも自由に飛躍している。

そんな力強い姿を目に焼き付けながら、思わずこう問いかけている自分がいた。新井さんのように気持ちにまっすぐな生き方ができているだろうかと。いや、きっと、ストリップの魅力に圧倒され、そのパワーに直接触れること自体にすでに変化の兆しがあるのだ。それによって何かが解放されることで、自分自身に正直になれる。新井さんのほほ笑みがそう語りかけているような気がした。

※新井さんの直近の出演予定:3/21〜3/31大和ミュージック、4/1〜4/10シアター上野

書店で働く新井さん。「レジに立っているときがすごく楽しい。お客さんが大事なお金を払って本を買う瞬間を見られるから」
 
書店で働く新井さん。「レジに立っているときがすごく楽しい。お客さんが大事なお金を払って本を買う瞬間を見られるから」 -  

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菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。

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(ノンフィクション作家 菅野 久美子)

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