1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「日本人は土地を手放してはいけない」中国マネーに蹂躙された香港の末路

プレジデントオンライン / 2021年4月26日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fazon1

なぜ香港で反中国デモが激化したのか。背景の1つに、中国人による不動産投資の結果、家を買えない香港人の急増がある。フリージャーナリストの姫田小夏氏は「地価が高騰し、地元民が街を追われるという事態が起きている。日本人はこの事実を教訓にするべきだ」と指摘する――。

※本稿は、姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観 覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)の一部を再編集したものです。

■香港デモ激化の背景に「中国マネー」

中国人は無類の不動産好きだ。日本においても2000年代後半以降、彼らによるさまざまな不動産取引が盛んに行われてきた。中国企業による億単位のホテル投資やオフィスビル投資、個人投資家によるワンルームマンションや民泊物件、極めつけはリゾート地や山林・水脈地にいたるまで、ありとあらゆる不動産が彼らのターゲットとなった。

2020年に入ってもその投資意欲は旺盛で、筆者にも何人かの中国の友人から「日本で不動産を買いたいのだけど」と相談が持ち掛けられた。

人口減少を最大の課題とする日本では、不動産業者が新たに住宅を分譲しても「即日完売」の札が下がるケースは実に少なくなった。中古市場でも値段を落とさなければ買い手がつかなくなる中で、一部の業界が購入意欲満々の中国からの投資に期待を寄せるのは無理からぬことだった。

しかし、ことはそんなに単純ではない。香港に目を向ければ、中国からの不動産投資が行き過ぎて高騰し、地元の庶民が住めなくなったという悲劇が起こっている。抗議デモがあれほど過激に発展したのは、中国マネーの流入が遠因だ。ここではその過程を振り返ってみたい。

■リーマンショックの下落が「買い」だった

話は2000年代にさかのぼる。1997年7月の香港返還以降、中国では空前の「香港不動産投資ブーム」が到来し、芸能人や有名企業の経営者などが香港の不動産をこぞって買い求めた。しかし2009年、中国ではリーマンショックの影響を受け景気が落ち込んだ。政府はすぐさま4兆元(当時のレートで約64兆円)の財政出動を行ったのだが、このときのだぶついた一部の資金も香港の不動産投資に向かったといわれている。

香港不動産もリーマンショックの影響で下落したのだが、「このときがまさに“買い”でした」と、投資家の友人は語る。

「中国共産党幹部が香港に豪邸を構えている」――というまことしやかな噂も立った。かの香港紙「蘋果日報」(アップルデイリー)によれば、習近平国家主席も浅水湾(レパルスベイ)に6億4000万香港ドル、日本円にして約90億円相当の物件を所有しているという話だ。

しかし、資金源はいずれも極めて不透明だ。額に汗して稼げる金額ではない。共産党幹部にせよ政府官僚にせよ、利権を金に換え、膨大な資金をため込んだ疑念は払拭できない。

一方、持てる者からすれば、「中国本土に桁外れの資産を置いておくのは危険だ」という認識がある。これまで職権を乱用し“口利き料”を受け取ってきた高級官僚にとっては、政権交代や派閥闘争の結果如何で、いつ何時どんな罪名で牢にぶち込まれ、資産のすべてを没収されるかわからないからだ。中国では地位が高い者ほど、想定外のリスクに常時怯えている。

「取られる前に海外に資産を移す、隠す」――香港はこうした“曰く付きのマネー”の格好の投資先となった。

中国のお金。公式通貨。
写真=iStock.com/Natalia Garidueva
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natalia Garidueva

■規制をかいくぐる香港のカラクリ

2014年、中国は外貨準備高が4兆ドルに達する一方で、海外への資金流出に歯止めがかからなくなってしまった。もとより、中国政府は海外への外貨持ち出しを厳しく制限してきたが、2016年に外貨準備高が3兆ドルの水準にまで落ち込むと、さらに資金流出に神経をとがらせるようになった。

一時は、銀聯カード(中国の銀行が発行するデビットカード)などを複数枚使いながら、国外のATMで中国の預金口座から繰り返し資金を引き出すという資金移転のやり方で、海外に億円単位の豪邸を買うなどの荒業も散見されたが、こうした攻略法も使いにくくなった。

外貨持ち出し制限が厳しくなる中、今なお香港で分譲物件を購入できるのはどういうわけなのだろう。筆者の中国人の友人も、2016年に日本円にして4億円超の戸建てを香港で購入している。そのあたりの抜け道について、ある中国人実業家に訊ねたところ、こう返ってきた。

「中国の高級幹部ならば、地下銀行を使って何百、何千億円単位の人民元を香港に送金することができる。中国の一般市民の場合は、深圳と香港の間を往復するブローカーに現金を運ばせるケースが多い。あるいは、海外に法人口座を持つ中国人に物件を購入してもらい、それに相当する対価を人民元で返すなど、友人同士のネットワークを利用するケースもある」

■送金の抜け道はいくらでもある

「上に政策あれば下に対策あり」とはこのことだ。帳簿に載せられないカネを、無数に張り巡らされた“闇ルート”で中国から香港に運び出す、ひとたび香港に資金移転することができれば、香港の法治の下で、その資産は安全に維持管理することができるというわけだ。

表向きは「法治」、水面下には「無数の闇ルート」を備えた香港は、共産主義国家から資本主義国家への橋渡しするグレーなエリアであり、金持ち向けに実に都合よく設計された土地である。

ちなみに香港の不動産企業の管理職によると、2019年、香港の大手不動産仲介業者が取り扱った中古住宅の最高価格は、実に12億香港ドル(約168億円、1000平米の物件)だったという。東京でさえも聞かないとんでもない金額だが、「こうした巨額投資のほとんどが大陸からのものだ」(同)という。

前出の中国人実業家は、「不動産物件が高額になればなるほど、中国人にとって中国内地の資金を持ち出すのに好都合だ」という。香港ではこうした一国二制度の差を悪用したロンダリングや錬金行為が日常的に行われているのだ。まさしく、香港の闇の部分である。

■香港の人間が家を買えない

“竹林のようにそびえる高層住宅”が香港の象徴であるように、香港の土地は有限だ。わずか1100万平方キロメートルと札幌市と変わらぬ面積に730万人超の人口がひしめく。香港は世界でも指折りの“住宅難都市”である。

過去20年の統計を見ると、香港で地価の高騰は2003年を底に急上昇を始めたことがわかる。2018年の住宅価格は2003年からの15年間で4倍に高騰した。「バブルだ、バブルだ」と騒がれた上海の住宅価格は2010年に東京の水準を超えたが、香港は上海の倍の水準である。日本では「住宅は世帯年収の5倍が適正価格」といわれているが、香港の平均住宅価格はもはや世帯収入の14倍だといわれている。

香港ではここ数年、一般市民向けの住宅が投資の対象になっている。住宅ローンの利率が大陸よりも低いことから、大陸の中間層が香港で住宅を求めるケースが増えたのだ。また、大陸では住宅の購入規制が導入され、自己居住以外の物件(賃貸事業用不動産)が取得しづらくなっている点がある。近年は、大陸の住宅価格が香港並みに上昇したため、香港の住宅は相対的に安く手に入れることができるようになった。

香港でこのように急激に住宅価格が上昇したのは、大陸からのチャイナマネー流入による高騰にほかならず、結果として、香港の住宅バブルは香港社会に深い断絶をもたらした。すでに持ち家に居住している人は資産価値が「億円単位」に跳ね上がるというバブルの恩恵に浴したが、これから住宅購入を検討しようという人にとっては絶望しか残されていない。若い学生たちがデモに参加して激しい怒りをぶちまけたのは、このような住宅事情にも由来する。

■産業も「中国人好み」に舵を切り…

2003年、香港経済はSARSの蔓延により大打撃を受けた。その救済策となったのが、中国の一部の都市からの個人旅行解禁だった。その後、香港は中国人観光客を中心としたインバウンド産業が大いに発展したが、結果として香港の街は「中国人客好み」にガラリと変化してしまった。

現在の香港の街を象徴するのは、ビクトリアピークでも女人街でもない。今やどこに行ってもドラッグストアと宝飾品チェーン店ばかりが視界に飛び込んでくる。この光景こそが、中国人観光客にのめり込んでしまった香港の姿である。中国人観光客が欲しがる商品と店づくりを追い求めた結果、香港の街はドラッグ・コスメチェーンの「莎莎」「卓悦」、宝飾品チェーンの「周生生」「周大福」の商業看板に埋め尽くされてしまった。

中国人観光客がスーツケースを転がしながら徘徊し、買った商品を詰め込むシーンは「爆買い」に沸いた数年前の日本とまったく同じ光景だ。

香港のストリート
写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

■中国依存を続けてきた末路

旺角(モンコック)在住の香港人は、「ラーメン屋が立ち退かされ、入ってきたのは中国人客目当てのドラッグストアだ。家の周辺にはすでにドラッグストアが10軒以上もある。こんなに何店舗も必要ないよ」と呆れて言い放った。香港経済が中国人客目当てのインバウンドに傾斜して生活環境が大きく変わったことも、地元民の大きな不満になっていた。

そして2019年、大規模な抗議デモが反中色を帯びると、大陸からの観光客は激減した。2018年の香港には日本の6倍にのぼる5100万人の中国人観光客が訪れていたが、2019年は4377万人と、前年比で14%も減少した。

市民の反感を買いながらも店舗を増やしたドラッグストアだが、これにより化粧品や薬の販売も大幅に落ち込んだ。2020年には追い打ちをかけるように、コロナ禍が香港を直撃した。観光客の8割を中国大陸に依存し続けてきた香港は「中国一極依存のリスク」に直面し、香港のインバウンド事業者は「観光客ゼロ、収入ゼロ」に頭を抱えた。

■中国マネーの本当の恐ろしさ

香港への不動産投資とインバウンド客の増大、そして香港への移民流入は、香港返還後に徐々に進んだ変化だった。しかし、その変化に気づいたときには、香港市民は自分の生存空間をすっかり失ってしまっていた。

香港だけではない。オーストラリアでも中国マネーが集中した都市では、地元民が住宅を買えないという本末転倒な事態が起こった。早晩、日本でも地元民が生まれ育った地元を離れなければならない事態が起こる可能性がある。

東京や大阪などの大都市での不動産売買が大きな影響をもたらすことはないだろうが、宮古島など小さい島は不動産相場が都市部よりも安価であるため、あっという間に投機の対象にされてしまう。コロナによって人の往来にストップがかからなければ、“日本の地方都市の中国化”は確実に進んでいただろう。

■気づいたときには手遅れ

姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観‐覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)
姫田小夏『ポストコロナと中国の世界観 覇道を行く中国に揺れる世界と日本』(集広舎)

日本全体がすぐに中国に飲み込まれるとは言えないが、大きな時流の中で、それは間違いなく進んでいくと筆者は考えている。それぐらい前代未聞の事態を引き起こす可能性があるのが、中国という大国の影響力の怖さである。

そのきっかけになるのは、不動産投資と人の移動だ。日本政府は2020年に入ってようやく外国人や外国資本による土地取得を制限する検討を始めた。とはいえ、それは米軍や自衛隊などの施設、あるいは原子力発電所周辺など安全保障上の懸念のある地域が対象であり、住民保護の視点はない。

気づいたときには手遅れ――というのが香港の示唆でもある。14億人という世界最大の人口を抱える世界第2位の経済大国を隣国とする以上、日本は土地取引と人の移動については慎重に対応すべきだろう。

----------

姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。

----------

(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください