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「論文ランク1位は中国」ノーベル賞常連の日本が貧乏研究者ばかりになってしまった根本原因

プレジデントオンライン / 2021年9月20日 11時15分

総合科学技術・イノベーション会議で発言する菅義偉首相(左)=2021年8月26日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

政府は、今年度中に10兆円規模の大学ファンドの運用を始める。その目的は、研究費や人材育成の資金捻出で、大学側にはさらなる組織改革を求めていくという。ジャーナリストの知野恵子さんは「背景には、金持ち研究室と貧乏研究室の深刻な格差がある。このままでは研究者の海外流出は防げそうにない」という――。

■10兆円規模の「大学ファンド」が始まる

「稼げる大学」という言葉が、8月末にネットを飛び交った。政府の総合科学技術・イノベーション会議(議長・菅義偉首相)が、10兆円規模の大学基金(ファンド)創設、大学の経営力強化などを通じて、大学の自己収入を増やす方策を提案したからだ。知の探究や次世代育成の場である大学が、なぜ今「稼ぐ」ことを求められるのか。

ネットでは反発する声も目立ったが、大学が「稼ぐ」こと自体は悪いことではない。特に国立大学は、国から配分されるお金が減少する中、産業界との共同研究や、学外から研究費を獲得する「外部資金」などによって自己収入を拡大してきた。

だが今回の「稼げる大学」は、そうしたものとは「質」が異なる。10兆円規模の巨額の大学ファンドを創設し、その運用益を、研究費や人材育成に充てるという、これまでにない方法をとるからだ。投資文化が根付かない日本では、思い切った政策だ。

ファンドが支援する対象は、国公私立を問わず、トップクラスの研究大学で、政府が「特定研究大学」(仮称)に指定する。指定にあたって政府は、経営強化と組織改革を大学に求める。

■ノーベル賞常連の日本がまさかの10位に転落

背景には、日本の科学研究力の低下がある。文部科学省科学技術・学術政策研究所が8月に発表したデータは、「科学技術立国」を標榜してきた日本にとってショッキングなものだった。世界で注目される質の高い論文数のランキングで、中国が初めて米国を抜いて1位になる一方、1990年代後半には米英独に続いて4位だった日本は、昨年よりさらに1位落ち、インドより下の10位になった。

2000年以降、日本人のノーベル賞受賞が続いたため、「日本の研究レベルは高い」と思われてきた。だが2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典・東京工業大栄誉教授は、受賞決定直後の祝賀ブームの中、「研究費が絶対的に不足している」「若い人が次から次に出てこないと日本の科学は空洞化する」と、先行きを危ぶんだ。改めてそれがデータで裏付けられた形だ。

■すぐに役立つか分からない基礎研究には冷たい

政府は1995年から「科学技術立国」を掲げ、さまざまな政策を進めてきた。資源の乏しい日本は、科学技術の研究と成果で発展する、という考えからだ。にもかかわらず、なぜ逆の結果になってしまったのか。

大きな原因はお金だ。文科省科学技術・学術政策研究所の調査によると、2019年の日本の研究開発費の総額は18兆円。米国と中国に続くが、米国68兆円、中国55兆円と規模が違う。対前年伸び率も、日本0.2%に対し、米国8.2%、中国12.8%。勢いが異なる。

ことに切実なのは国立大学だ。2004年の法人化後、国から大学へ配られる「運営費交付金」は減少を続け、この16年間で総額1兆2400億円から1兆800億円へ減少した。これまで運営費交付金は、結果が出るまで時間がかかる基礎研究にも使われていたが、回せるお金が少なくなった。それがボディーブローのようにきいてきている。

国からのお金が減った分、研究者は外部の研究資金に応募・審査を受け、研究費を獲得しないと研究を続けることができない。だが、外部資金の最大のスポンサーである政府は「選択と集中」政策を進め、産業や暮らしにすぐに役立ちそうな研究や、世界が競い合うような旬のテーマにお金を投じる。

例えば、健康・医療、ICT(情報通信技術)、AI(人工知能)、自動運転、量子技術、省エネ、防災、環境などの分野には積極的にお金を投じる。しかし、すぐに何に利用できるか分からないような基礎研究には冷たい。

■「金持ち研究室」と「貧乏研究室」の格差が深刻に

その結果、「局所バブル」が起きた。同じ大学でも、予算をたくさん獲得した「金持ち研究室」と、予算不足を嘆く「貧乏研究室」が存在する。金持ち研究室の中には予算が余り過ぎて使い道に困り、高価な外国製の実験装置を購入するところもある。一方、「選択と集中」の対象にならなかった研究者は、基礎研究にも配分される科学研究費補助金(科研費)を頼り、応募する。しかし、科研費の競争率は高く、新規採択の割合は3割を切る狭き門となっている。

さらに、政府が「科学技術立国」政策の柱として、若手研究者に対して、定年までひとつの組織で働くのではなく、さまざまな研究の場を渡り歩いて武者修行をすることを求めたことが、若手の不安定な身分を生んだ。高齢の研究者は定年まで身分が安定しているのに、若手は3~5年の任期付きで採用されることが多く、世代間の「格差」が生まれている。

ノーベル賞受賞のきっかけとなった研究は、30代の成果であることが多いが、その時期を不安定なまま過ごしている様子を見聞きすれば、若い人々の間で研究者になろうという意欲も減るだろう。研究力低下へもつながる。

■ハーバードを上回る規模で約4%の運用益を目指す

こうした中、昨年12月、政府は10兆円規模の大学ファンド創設を決めた。お手本にしたのは、海外の大学だ。欧米のトップクラスの研究大学は寄付金や産学連携収入などの自己資金を元に、独自のファンドを作り、運用益を研究費や若手人材育成に充てている。それが大学の成長の要となっている。

ファンドの規模も大きく、米ハーバード大4兆5000億円、イェール大3兆3000億円、といった具合だ。日本でも東大などが独自のファンドを持つが、東大でも150億円で、遠く及ばない。内閣府によると、2018年度にハーバード大は2004億円の運用益を生み出したが、東大は2億円余り。海外との差は開く一方だ。そこで政府は一気にファンドの規模を大きくし、年3%の運用益を生む方針を打ち出した。

ハーバード大学のキャンパスの中心に位置するハーバード・ヤードでは、学生や観光客が芝生の椅子で休憩している
写真=iStock.com/travelview
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/travelview

文科省所管の研究開発法人・科学技術振興機構(JST)に大学ファンドを置き、今年度中にスタートする。政府出資5000億円、財政融資4兆円の計4兆5000億円から始め、株65%、債券35%で構成する。運用は外部に委託する。

ファンドの支援を受ける大学や、民間企業からも出資を募り、早期に10兆円規模の運用元本を作るという。物価上昇分も勘案し、約4%の運用益を目標にし、その中から年3000億円を、大学支援に使う計画だ。ゆくゆくは大学が自分たちの資金で、自らファンドを運用する仕組みを目指す。

■「10兆円」ありきで参加数も選考基準も決まっていない

大学ファンドで支援する大学の数、選考基準、支援期間などの具体的な内容はまだ決まっていない。もし5つの大学を「特定研究大学」として支援するなら、1校あたり600億円が配られる計算になる。10大学なら300億円だ。国立大学の運営費交付金(2019年度)は、一番多い東大でも820億円、2番目の京大560億円、3番目の東北大460億円ということを考えると、かなり巨額だ。大学へのインパクトは大きい。

担当する内閣府と文部科学省は、12月には具体的内容について結論を出すというが、今年度中に運用を開始するスケジュールから見れば、かなりギリギリだ。本来なら、まず支援制度を設計して必要な金額を算出するべきだが、10兆円という数字が先に走り出している。

大学の研究者の間では「できるだけ多くの大学に配分してほしい」「10兆円を金融市場に流さずに、大学や研究者に直接お金が届くようにしてほしい」といった意見が強い。

しかし、政府は「特定研究大学」の数を増やしたくない。多くの大学に薄く配分すれば「第二の運営費交付金」のようになり、大学改革につながらない、と考えるからだ。

■欧米のように「プロの学長」も作る?

ではどんな大学改革を考えているのか。政府はファンドで支援する大学に、「経営体」になることを求めている。大学を「運営」から「経営」へ転換し、稼ぐ大学に変身してほしいというのだ。

そのために「特定研究大学」に、新たな最高意思決定機関として「合議体」の設置を求める。国立大の場合、現在は学長が重要事項の決定、業務統括の権限を持つ。だが、合議体は大学の執行部から独立し、学長の選考や意思決定などを監督する。合議体のメンバーには、産業界、学術界、行政、地域などの外部人材を充てることが検討されている。

内閣府の有識者会議では、「大学学長経験者の人材プール」を作ることも提案されている。大学内部からだけでなく、国内外から大学経営のプロを学長として選ぶためだ。企業を渡り歩く「プロの経営者」がいるように、大学も「プロの学長」を作るべきだというのだ。これも欧米がお手本だが、実現すれば、日本の大学は大きく変貌する。

■「結局は東大や京大だけ」と冷めた見方も

大学や研究者たちは、不確定要素が多いことや、さらなる「選択と集中」につながらないかと不安を抱く。金融市場の動向で、運用益は変わるので、安定的に資金を得られるかどうかは見通せない。ファンドで支援を受ける大学は、ファンドへの資金供出を求められるため、大学が使えるお金が減ったり、運営費交付金が削減されたりすることも心配のタネだ。

研究室で実験中
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

内閣府によると、海外の大学ファンド運用者の報酬は成果主義で、億円単位の高額の人もいるという。運用益を出しても、報酬が負担になれば、本末転倒になる。大学の中には「結局は東大や京大などにお金が回るだけで、ウチは関係ない」と冷めた見方も広がる。

一方、国民の側から見ると、財政規律の問題も気にかかる。欧米の大学が寄付金などの自己収入によって大学ファンドを形成しているのに対し、日本は税金頼りでスタートする。説明責任や透明性の確保が欠かせない。

だが、政府の総合科学技術・イノベーション会議が8月末に公表した大学改革やファンドの中間報告は「ステークホルダー」「プロボスト」「コモンズ」など、カタカナ語が多用され、分かりにくい。海外の大学をお手本にしたとはいえ、そのまま英語を使うのではなく、国民にもっと分かりやすく、きちんと説明する必要がある。

■ノーベル賞候補者の“海外流出”も起きている

研究力低下の原因は、研究者が安心して研究できる環境を政府がつくってこなかったことにもある。若手研究者のポスト不足など、先の見通しが立たない不安が、研究に専念できない状況を生み出している。研究者の安心感につながるような政策も必要だ。

大学や研究者にも意識変革が求められる。少子高齢化が進み、経済・国際情勢も激変する中、座して待っていても、かつてのように国から研究費は入ってこない。寄付、授業料、産学連携などさまざまな工夫を重ねて、収入を増やす必要がある。

9月初め、光触媒の研究で、毎年ノーベル賞候補に名前が挙がる藤嶋昭・東大特別栄誉教授が研究チームごと中国の大学へ移籍した、と報じられた。衆院議員の甘利明氏はツイッターで「研究者は純粋な探究心が行動原理でより良い研究環境を求めます。半分は国家の責任です。だから私が運用益を研究費に充てる10兆円の大学研究支援基金の創設を提唱したんです」と発信。

井上信治・科学技術担当相も記者会見で「国内の優秀な研究者が日本で研究を継続したいと思うような研究環境を整備したい」と語った。政府には研究現場とも議論を重ね、研究環境や研究力の立て直しに取り組むことが求められる。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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