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「早慶よりお金がかかり、進学実績は未知数」それでも"河合塾の中高一貫"に生徒が集まるワケ

プレジデントオンライン / 2021年10月27日 10時15分

東京都調布市にあるドルトン東京学園 - 筆者撮影

東京都調布市にあるドルトン東京学園は、河合塾が経営する中高一貫校だ。2019年に開校した。初年度納付金は148万円で東京都の私立中学校の平均を上回るのにもかかわらず、偏差値は難関校の粋に達している。どんな教育をしているのか。子育て・教育ナビゲーターの中曽根陽子さんが取材した――。

■詰め込み型教育への問題意識から生まれた教育メソッド

ドルトン東京学園は、2019年に東京都調布市に開校した新設校です。初年度から注目を集め、2021年度の予想偏差値は男子54~64、女子55~64(首都圏模試調べ)に達しています。

同校は文字通り、ドルトンプランを取り入れた国内唯一の中高一貫校です。

ドルトンプランは、今からおよそ100年前に、米国の教育家ヘレン・パーカーストによって提唱された、学習者中心の教育メソッドです。画一的で型にはめようとする教育のスタイルから、子供の関心や感動を中心に、より自由で生き生きとした教育体験の創造を目指そうとする自由教育として、当時ブームとなりました。しかし、いわゆる目に見える学力が身につかないという批判や軍国主義に傾く世論に押されて、その思想が根付くことはありませんでした。

それが100年たった今、ドルトン東京学園が開校したことで、再び注目されています。しかも、経営母体は河合塾です。河合塾と言えば、大学受験の大手予備校として、これまでの教育システムを支えてきた側のはず。なぜ今、学習者主体のドルトンプランを取り入れた学校を作ったのでしょうか。

そこで2020年から校長を務める荒木貴之さんに、21世紀にドルトンプランを取り入れた学校が作られた理由やこの学校が目指す教育、この学校で何を実現していきたいのかを聞きました。

■「学びに没頭している子供の環境を重視する」という共通点

なぜ、河合塾が最先端に振り切った教育へチャレンジしているドルトン東京学園を作ったのでしょうか。それは、5年後・10年後が予測できない変化の時代だからです。

荒木校長はこう話します。

「学校教育は、時代の最先端を意識しなければなりません。本校で学ぶ生徒たちが社会に出るとき、テクノロジーは今よりずっと発展していることでしょう。中学・高校という成長が著しい時期に、固定化された教育メソッドではなく、新しい手法やツールを積極的に取り入れた、個別最適化された学びを体験している必要があります」

河合塾とドルトンプランのつながりは、幼児教育から始まっています。河合塾は1970年に、2才から12才までの幼児・児童の知能開発を目的として、ドルトン教育を実践する英才教育研究所を開設しました。その後アメリカのドルトンスクールと提携し、名古屋と東京で、幼児教育の教室と小学生のアフタースクール事業を展開しています。中高の開設は、先代理事長の夢だったとか。

「ドルトンプランは、学びに没頭している子供の環境を整えることを大事にしているのですが、その辺りの考え方は、河合塾と一致しているところかもしれません」(荒木校長)

■授業で使うPCはあえて一括購入しない

ドルトンプランが作られた100年前は、1クラス70人という大教室で授業が行われていたので、とても学習者主体の教育などできませんでした。それが現在1クラスの人数が半分になり、教育にICTが取り入れられるようになったことで、ようやく、ドルトンプランの「自由と協働」という理念が実現できる下地ができたと言えるのかもしれません。

実際、ドルトン学園の1クラスの人数は25人。これくらいのサイズであれば、教員はすべての生徒の様子を把握することができそうです。それに加えて、生徒は一人一台のPCを持ち、それを活用した授業が行われていました。

PCは家庭で自由に購入したものを使う、BYOD(Bring Your Own Device)方式を採っています。授業で扱いやすいからと学校で一括購入するケースが多いのですが、ドルトン学園があえて同じものを与えていない理由は、PCは文房具のレベルになっているから。自前のものを使い勝手の良い文房具として活用したほうが学びやすいという考え方です。

図書館の机に置かれたノートパソコンと書籍
写真=iStock.com/Nutthaseth Vanchaichana
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nutthaseth Vanchaichana

■教師と生徒の契約によって作られる学習プラン

新型コロナウイルスの影響によって公立小中学校でも、学校教育にICTが取り入れられようとしているなか、私立ではだいぶICT活用も進んでいます。では、ドルトン東京学園の教育は、どこが他と違うのでしょう。

ドルトンプランは、「アサイメント・ラボ・ハウス」という3つの柱によって組み立てられています。大きな特徴は、定期テストがなく、生徒と教師の契約によって、カリキュラムが組み立てられていることです。そして、異年齢集団による学び、好きなテーマについて探究を行う時間があります。1つずつ説明しましょう。

【アサインメント】

これは、学びの羅針盤とでもいうようなものです。ドルトン東京学園には、定期テストがありません。先生と生徒が契約をして、4〜8週間単位で学びを進めていきます。その際、いつまでに何をし、何ができるようになるかを把握できるようにしたものがアサインメント。学習内容ごとに用意されており、学習の目的や到達目標、方法、手順などが示されています。進捗も含めて、生徒の情報はすべてクラウド上で管理され、保護者にも公開されます。

■まるでハリーポッターの世界、「ハウス」の役割

【ラボラトリー】

自由に学ぶマインドやスキルを身につけ、研究室で学ぶかのように自分の探究を行うことができる時間です。通常の時間割の中にラボラトリーの時間が組み込まれており、生徒は自分の学びたいことや必要な科目を選んで、事前にネットで予約したラボに参加します。

中学生は、全員が同じテーマについてグループ学習をする「基礎ラボ」と、先生が各自の得意分野から設定する「探究ラボ」があります。例えば、「英語で数学を教えるラボ」というようなものがあります。荒木校長も、自分が気象予報士の資格を取りたいとずっと思っていたので、この際生徒と一緒にチャレンジしようと「気象予報士になろう」というラボを立ち上げたそうです。

また、来年から高等部ができるので、通常の大学受験にも対応できるラボも立ち上げる予定だそうです。これには、河合塾のリソースを活用できるというメリットがあります。最先端の教育を行いながらも、既存の教育にも対応しているところが、人気の理由の一つかもしません。高校で予備校いらずになれば、保護者にとっては安心材料の一つでしょう。

青い空に浮かぶ雲
写真=iStock.com/xxmmxx
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xxmmxx
【ハウス】

異学年の生徒で構成される、自治的な生徒コミュニティのことです。ドルトンプランの理念である「自由」と「協働」を体験的に学ぶ目的があります。すべての生徒が、縦割りの4つのハウスに所属し、朝のミーティングや行事をハウス主体で行います。

「ハリーポッターの世界を想像していただければわかりやすいでしょう。中高は、思春期の子供たちを預かります。思春期の成長には有能な他者が傍らにいることが大事なのですが、この時期の子供たちは、先生や保護者への信頼が下がる時期でもあります。反対に信頼できるのは友達や先輩です。この時期は、年齢が近い集団で育ち合うことが大切で、それを可能にするのがハウスというシステムなのです」(荒木校長)

■学びや交流が生まれる仕掛けのある校舎

開校して3年の真新しい校舎。入り口すぐの階段を上がった先には、3階まで吹き抜けになった広いホールが広がっていて、開放感が溢れていました。ガラス張りの図書室の前には、カラフルな椅子とテーブルが置かれたラーニングコモンズ。反対側には畳敷のスペースが。また3階に続く宝塚ばりの大階段は、プレゼンテーションの舞台にもなるなど、生徒たちが思い思いの場所で過ごしながら多様な学びや交流が生まれる仕掛けが随所にあります。

生徒たちが思い思いの場所で過ごせるラーニングコモンズ
筆者撮影
生徒たちが思い思いの場所で過ごせるラーニングコモンズ - 筆者撮影
プレゼンテーションの舞台にもなる大階段
筆者撮影
プレゼンテーションの舞台にもなる大階段 - 筆者撮影

生徒たちは、学習指導要領の範囲を超えて、自由に学んでいますが、そのフィールドは、学校の中だけでは完結しません。まだ中学校しかありませんが、教員によって組織されたキャリア教育部から呼びかけて、東大金曜特別講座を受講したり、ビオトープを作るラボに国立環境研究所から科研費をもらって研究を進めたり、企業からのオファーをもらって、VRやARの実証研究を行ったり、さまざまな活動が行われています。

「実験的な学校なので、成長にいい影響があると判断したら躊躇せず取り組んでいきたいですね」と荒木校長。

■親に求められる「子供を信じて見守る覚悟」

また、現在STEAM(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)専用の校舎も建設中です。今も実験室やラーニングコモンズなど、生徒が自由に学べる施設はありますが、さらにこれを充実させて、生徒がサイエンスやアートなどの学びに集中できる環境を整えるのだとか。

授業でもプロジェクト学習がたくさん行われています。当然、生徒は失敗をしますが、教員は、それをどれだけ容認できるかが問われます。

実際、生徒の一人が、「この学校は安心して失敗させてくれるから、思い切っていろいろなことにチャレンジできる。学校が楽しくて仕方ない」と目を輝かせて話してくれた様子が印象的でした。こんな学校なら、自分のやりたいことを思う存分探究できそうです。

一方、子供を通わせているある保護者は、「先生は『もう少し、じっくり見守りましょう』と言ってくださるけれど、やる気が見えない息子を、親としてはどこまで見守っていればいいのか、ハラハラすることもある」とその胸のうちを語ってくれました。

子供の意欲をどうやって引き出すのか。学習者主体で自主性を尊重する教育ならではのジレンマでしょう。子供を信じて見守る覚悟が、親にも必要です。

「生徒たちが自ら考え、協働していくためには、生徒たちの考えを否定しないこと。誘導ではなく考えを引き出す関わり方をして、生徒の自由な発想を応援していきたいと思っています。中高は、子供たちが社会に接続をしていく大切な期間です。ある時に集中した経験は、他にも応用できます。できるだけ生徒の手にまかせていきたい」と荒木校長は熱く語ります。

「知的好奇心やチャレンジ精神に溢れた子供たちを歓迎している」ということですが、その学校に入るためには、厳しい受験勉強をしなくてはならないのが現実。

中学受験においても、知的好奇心やチャレンジ精神も含めて多面的に評価してもらえるように、入試の多様化が進むことを願います。

■保護者の金銭的負担は重いが、今必要とされる教育の形

まだ高等部ができていないので、進学実績はありませんが、留学や海外大学への進学を希望する生徒も多いといいます。これまでの東大を頂点とする偏差値主義の教育とは一線を画す、多様な進路に進む生徒が出ることが期待されます。

それにしても、東京都の私立中学における令和3年度初年度納付金の平均が97万176円(入学金25万9706円、授業料48万2162円、施設費3万7881円、その他19万421円)なのに対して、ドルトン東京学園の初年度の納付金は148万円(入学金40万円、授業料93万円、施設維持費9万円、教育充実費6万円)。東京都の私立中学校で3番目に高い金額です(東京都「令和3年度 都内私立中学校の学費の状況」より)。保護者の負担は重いのが事実です。

でも、これだけの施設と、少人数制によるきめ細かい教育を受けられるというメリットもあります。

東京都内私立中学校における「初年度納付金(総額)」が高い学校5校と低い学校5校
東京都内私立中学校における「初年度納付金(総額)」が高い学校5校と低い学校5校(画像=東京都「令和3年度 都内私立中学校の学費の状況」より)

現時点では、こうした教育が受けられるのが一部の人に限られてしまうのが残念ですが、正解のない時代においては、生徒一人ひとりの中から湧き出る学びへの意欲を喚起する教育が必要とされています。「学習者中心主義」で、生徒一人ひとりが自分の立てた目標に向かって学習を進めていく教育は、今、求められているはずです。

100年前からある教育が、ICTという新しい道具を手に入れることで成功することで、日本の標準教育システムとして広がってほしいと思いました。

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中曽根 陽子(なかそね・ようこ)
子育て教育探究ナビゲーター
マザークエスト代表。出版社勤務後、女性のネットワークを活かして取材・編集を行う、編集企画会社を発足、代表に。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに、数多くの書籍をプロデュースした。その後、教育ジャーナリストとして、紙媒体からWEB連載まで幅広く執筆する傍ら、海外の教育視察も行う。ポジティブ心理学コンサルタントも取得し、最近は子育て教育探究ナビゲーターとして、親に寄り添った発信をしている。最新刊『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの探究力の育て方』(青春出版社)他著書多数。

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(子育て教育探究ナビゲーター 中曽根 陽子)

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