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「在庫8000万枚で保管費用6億円」アベノマスクの廃棄を言い出せなかった安倍政治の異常性

プレジデントオンライン / 2021年12月29日 15時15分

新型コロナウイルスの感染拡大防止に向け、政府が全世帯へ配布した布マスク。総額466億円に上る税金が投入される(東京都) - 写真=時事通信フォト

岸田政権が誕生してから、国会では与党が不祥事を認めて謝罪し、野党の追及にも真摯に応じる場面が増えた。ジャーナリストの尾中香尚里さんは「2021年は野党が選挙で猛追を見せた年だった。自民党が2022年の参院選に危機感を持っている証左だ」という――。

■臨時国会で見えた安倍・菅政治の終わりの始まり

2021年が終わろうとしている。この1年の政治を振り返る時、私たちはどうしても、10月31日の衆院選の結果に目を奪われがちだ。「自民党は安泰、立憲民主党は惨敗、日本維新の会が大躍進」という、あれである。そして、いったん作られたこのフレームに合わせてあらゆる論考が用意され、結果としてこうした認識が増幅されていく。

筆者は12月2日の記事<本当に「旧民主党の負の遺産」を克服できたのか…立憲民主党が参院選までにやるべきこと>において、こうした認識に若干の異を唱えた。立憲民主党の獲得議席や比例代表の得票数が、野党第1党の獲得議席としては民主党が下野した2012年以降で最も多かったこと。立憲民主党と野党第2党(今回は日本維新の会)の議席差が最も大きくなったこと。

これらを踏まえて、民主党下野以来長く続いた「野党多弱」の状態にようやく変化が生まれ「立憲民主党が頭一つ抜け出し、野党の中核として定着し始めた」との見方を示したのだ。先の衆院選の結果について「公示前議席からの増減」だけに着目していると、状況を見誤る可能性があるのではないか、ということは、再度指摘しておきたい。

さて、その選挙結果を受けて、岸田政権として初の本格的な論戦といってもよい臨時国会が、12月6日から21日までの日程で開かれた。わずか16日間ではあったが、筆者はこの臨時国会にこそ、今年の政治の「総括」がはっきり表れたと感じた。

端的に言えば「10年近く続いた安倍・菅(義偉)政治の終わりの始まり」である。そして、こういう状況を作り上げた最も大きな存在は、誰もが今「惨敗」と口を極めて罵っている、立憲民主党をはじめとする共闘野党だった、ということだ。

■国会を軽視する議員が消滅

臨時国会で大きく変わったのは、野党側ではない。明らかに政権与党のほうだった。

予算委員会の答弁席には、安倍晋三元首相も、菅義偉前首相も、麻生太郎前財務相の姿もない。野党の質問に激しくかみついたり、無駄な答弁を延々と垂れ流したりする姿も、質問者の言葉を聞いていない、原稿にさえ目を通していないような覇気のない、それでいて自身の「実績」は延々と語る姿も、偽悪趣味で質問者を侮蔑するかのような答弁を振りかざして悦に入る姿も、国会から姿を消した。

ああいう存在がいないというだけで、国会中継を見る苦痛がどれだけ軽減されるのかということを、心の底から実感した。

「野党は批判ばかり」。衆院選における立憲民主党「敗北」の総括でよく聞かれる言葉だ。しかし、この評価は少しおかしい。批判とは野党の「役割」であり、どの党が野党であろうとも、当然に行われるべきものである(実際、民主党政権下で野党に転じていた自民党が、激烈に民主党政権を批判していた)。問題だったのは、政権を担っていた安倍・菅両政権が、政権にあれば当然に受け止めるべき批判に耐えることができず、野党の批判を封じたいが故に「批判ばかり」と世論をあおっていたことのほうだ。

もちろん後任の岸田政権が安倍、菅政権の宿痾から完全に脱却できる力を持ち得るかどうかは、現時点では判断しづらい。安倍氏は首相の重責を2度も投げ出しておきながら、なおも自民党最大派閥の領袖(りょうしゅう)に収まり、岸田文雄首相を牽制する位置につけている。安倍氏の動向には、年が明けても注意深い観察が必要だろう。

■国交省のデータ改竄問題もあっさり陳謝

しかし、少なくとも国会における岸田政権の姿勢は、安倍・菅政権から変わってきたとは思う。驚いたのは15日の衆院予算委員会だ。この日の朝日新聞で、国土交通省が政府の基幹統計「建設工事受注動態統計」で、建設業者の受注実績データを改竄していた問題が報じられた。立憲民主党の階猛氏が事実関係を確認したところ、斉藤鉄夫国土交通相はあっさり事実を認めて陳謝。階氏が真相解明のための第三者委員会の設置を求めたのに対し、岸田首相は「至急検討したい」と早々に前向きな姿勢を示した。

これが安倍、菅両政権だったらどうなっていただろう。事実関係を認めるまでに、安倍氏がどれだけ無駄な答弁を繰り返すか。時に野党攻撃まで行うか。そうした姿勢をただすために野党側の時間がそがれ、やがて見ている側がうんざりして、国会や政治そのものから遠ざかってしまったかもしれない。

岸田政権の対応は、政府としては極めて「当たり前」の姿勢である。だが、そんな「当たり前」を国会で見られるようになっただけでも、筆者はある種の安堵を感じた。

■安倍元首相がこだわったアベノマスクの損切り

もう一つ興味深かったのが、大量の在庫が問題となっている、いわゆる「アベノマスク」問題だ。約8000万枚の在庫があり、去年8月から今年3月までに約6億円の保管料がかかっていた。だが、野党側の批判を受けて、岸田政権はあっさり「廃棄」を決定。鈴木俊一財務相は24日の記者会見で、廃棄について「俗な言葉で言えば『損切り』」と述べた。

安倍氏があれほどまでにこだわったあのマスクについて、閣僚から「損切り」などという言葉が出てくるのは、かなり新鮮だった。少なくともこの政権の、安倍氏へのどことなく冷ややかな視線を感じさせる場面ではあった。

他者からの批判にまともに耐えられない宰相が、コロナ禍で責任逃れのような言葉を繰り返す「見るに堪えない国会」が、衆院選を経てわずかながらでも「正常化」に向かったとは言えると思う。

では、自民党のこうした変化は、何によってもたらされたと言うべきなのか。

まさに自民党が、先の衆院選で惨敗するかもしれない、最悪の場合下野を覚悟しなければならない、というところまで追い詰められたからにほかならない。もし自民党が「衆院選は難なく勝てる」とはなから考えていたのなら、前回の2017年衆院選から4年の間に、2人も首相が代わるわけもない。

そして、そういう状況を作ったのは、今前後左右から「惨敗」の石つぶてを投げつけられている、立憲民主党を中心とした野党勢だったのではないか。

■戦後最弱の野党第1党が見せた追及

わずか4年前の2017年の衆院選で、立憲民主党は結党からわずか20日で、55議席という「戦後最小の野党第1党」となった。かつて自民党から政権の座を奪ったこともある民主党、後の民進党は、この選挙を通じて粉々に砕かれ、立憲民主党は民主党、民進党時代の党組織や財政をほとんど引き継げなかった。議席数以上に脆弱(ぜいじゃく)な野党第1党であった。

自民党も「これでしばらくは政権交代の心配をしなくてすむ」と思ったのではないか。実際、立憲民主党の枝野幸男代表(当時)自身、当時は「政権を担える政党になるには10年はかかる」との見通しを語っていたものだ。

ところが、その弱小野党第1党がその後、「安倍1強」と言われた巨大与党に、まさかの「まっとうな」戦いを見せた。小さな野党の追及が政府・与党を追い詰める場面が目立ち始めた。メディアは野党について、何かにつけて「だらしない」の一言で片付けるが、野党が共同して安倍政権を追及し、政府・与党を動かしたケースは、実はかなりある。

結党翌年の2018年通常国会で、政府が最重要法案と位置づけていた働き方改革関連法案に盛り込まれていた「裁量労働制の対象拡大」をめぐり、労働時間の不適切データ問題が発覚。野党の追及を受け、安倍政権は裁量労働制の対象拡大を法案から全面削除せざるを得なくなった。法案の根幹部分の変更を余儀なくされたことで、安倍政権は大きな打撃を受けた。

19年の参院選で立憲民主党は議席を倍増させた。参院選後の臨時国会では、20年度開始が予定されていた大学入学共通テストにおいて、英語民間試験、国語と数学の記述式問題などの導入を延期させた。同党をはじめとした野党勢力が結束して「家庭の経済状況によって受験の機会などに格差が生じる」と追及した結果だ。首相主催の「桜を見る会」をめぐる問題は共産党が発掘して大きな注目を集めた。この問題にも野党が結束して臨んだ。

■「野党は批判ばかり」は的外れ

翌2020年、世界は新型コロナウイルスの感染拡大という大きな危機にさらされた。この問題で野党側は対案提示に大きな力を注いだ。民主党政権時代の2012年に成立した新型インフルエンザ等対策特別措置法をコロナ禍で使えるようにすることも、1人10万円の特別定額給付金も、野党の提案だ。

特別定額給付金をめぐっては、政府・与党は当初「収入激減世帯に30万円給付」という案を2020年度第1次補正予算に盛り込んでいたが、野党の提案を受けて与党からも「10万円給付」を求める声が強まり、政府は補正予算の「出し直し」という異例の事態に追い込まれた。コロナ禍での政府対応に批判が集まるなか、安倍氏は8月、持病を理由に首相辞任を表明した。

あの「コロナ国会」を思い返すだけでも十分だろう。「野党は批判ばかり」がいかに的外れであるか、もっと理解されるべきだと思う。

■野党は衆院選前に臨む政治状況を勝ち取った

野党が国会で政権与党を追い詰めていったことは、野党各党の候補者一本化という選挙戦術と並び、今年に入ってはっきりと選挙結果に表れ始めた。

菅首相となって初の国政選挙だとなった4月の衆参3選挙(衆院北海道2区、参院長野選挙区両補欠選挙と参院広島選挙区の再選挙)では、野党が3戦全勝。特に参院広島選挙区再選挙での野党勝利は政界を驚かせた。8月に菅首相の地元で行われた横浜市長選は、立憲民主党が推薦する山中竹春氏が、菅氏が公然と推した前国家公安委員長の小此木八郎氏らを大差で破り初当選した。

このまま野党の勢いが続けば、衆院選で思いがけない結果が出るのではないか。そうした自民党内の「怯え」が、衆院選直前の事実上の「菅降ろし」と岸田政権の発足につながった。このことを疑う声は、さすがに政界にもほとんどないはずだ。

政治の流れとは国会の議席の数の移り変わりだけで表現されるものではないだろう、と著者は考えている。衆院選は結果として、権力を私物化して「人治主義」の政治に走り、立憲主義をないがしろにした安倍政権と、まるで安倍政権の居抜きのような菅政権による計9年にわたる政治を、ともかくも後景に退かせた。

まだどこで前面に出てくるか分からない不穏さはあるが、政治の歯車は確かに一つ回った。立憲民主党などの共闘野党は、選挙結果を「先取り」した、つまり選挙を戦う前に、望む政治状況を勝ち取ってしまったのかもしれない。

■「戦後最小の野党第1党」に政権を任せる不安

もちろん、だからといって「野党は良い結果を出した」と安易に言うことはできない。世間的には選挙は結局、獲得議席によって評価されるものだからだ。

立憲民主党が最後の最後で失速したのは、衆院選1週間前の参院静岡補選でも勝利し、政権交代の可能性が本当に視野に入り始めたことで、これまで「自民党にお灸を据える」感覚で野党に投票していた有権者の中に「政権を任せても大丈夫か」という不安が、急速に広まったこともあったのではないかとみている。

確かに「戦後最小の野党第1党」が、次の選挙でいきなり政権政党になるというのは、実際に身の丈を超えていたのかもしれない。枝野氏は、結党当時の理念を可能な限り保つ形で国民民主党など他野党との「合流」を果たして党の規模を拡大し、さらに共産党などとの連携によって、政権選択の「構え」を作ることには成功した。

しかし、例えば地方議員の数や支部の態勢を含め「最後の1票」を積み上げる組織としての地力、チーム力が、老舗の自民党に比べ圧倒的に足りなかったことは、選挙結果を分析する以前の問題として認識されるべきだろう。

夏の国会議事堂
写真=iStock.com/Boomachine
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Boomachine

■「安倍政治と戦う」旗印を失う野党の立ち回り方

前述してきたように、立憲民主党は選挙結果について過度に「惨敗」感を持つ必要はないと思う。だが、選挙結果が示した党の課題には、真摯(しんし)に向き合う必要があると考えている。少なくともそれは「野党共闘の是非」といった、責任を他者に求めるべきものではない。最大の敗因も今後の課題も、党そのもの、つまり「地力の不足」にあることから目をそらしてはいけないと思う。

さて、来たる2022年は、こうした前提の下に、これまでとは違う状況の中で政治が動いていくことになる。岸田政権は立憲政治を破壊した「安倍政治」を、きちんと後始末し、夏の参院選に臨むことができるのか。執行部が交代した立憲民主党はじめ共闘野党は「安倍政治と戦う」旗印を失うかもしれない状況で、新たにどのように自民党と対峙(たいじ)していくのか。興味深く見守りたい。

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尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト
福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)。

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(ジャーナリスト 尾中 香尚里)

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