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「1回5000円だけど行き先は選べない」ピーチが航空券ガチャを発売した本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年1月18日 20時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Meiyi524

■お得感を前面に押し出さないピーチの「旅くじ」

格安航空会社(LCC)ピーチ・アビエーションの「旅くじ」が好評だ。大阪心斎橋に初めて「旅くじ」のガチャガチャを設置したのは2021年8月。SNSで話題になり、10月には東京、11月には名古屋、12月には福岡と全国4か所に設置された。現在までに約1万5000個が販売されたという。

ガチャガチャは1回5000円。ハズレはなく、行き先指定の航空券が買えるピーチポイント6000円分または1万円分が当たる。カプセルの中にパスワードが書かれた紙が入っており、サイトにそれらを打ち込むとポイントが付与される仕組みだ。

カプセルには行き先と一緒に「ミッション」が封入されている。「一番ハンサムな石垣牛を探してきて」(石垣)、「大宰府天満宮に行って、その後ずっとかしこいフリをして」(福岡)などのほか、「仙台ナンバーの車を1000台数えてきて」(仙台)というダジャレも。まるでテレビ番組のような非日常感がある。

ただし、カプセルの中身の多くは6000円分で、5000円払って6000円分の航空券を買うのでは、1000円しか安くならない。ピーチがこれまでに行ってきた定期的なセールと比べると、割引額だけを見るとインパクトは小さい。「旅くじ」を企画したブランドマネジャーの小笹俊太郎氏は、「お得感よりワクワク感を狙いました」と話す。

「旅くじのコンセプトは『福袋』です。福袋には、安くて服がたくさん入っているお得感重視のものと、お得感はそこそこで、自分で選んでない服との偶然の出合いを楽しむワクワク感重視のものがあります。『旅くじ』は後者のバランスを大きく取って設計しました」(小笹氏)

カプセルの中に入っている紙。この購入者は石垣便でのみ使用できるポイントが当たった。
写真=プレジデントオンライン編集部撮影
カプセルの中に入っている紙。この購入者は石垣便でのみ使用できるポイントが当たった。 - 写真=プレジデントオンライン編集部撮影

■旅くじの購入者の半数以上が新規顧客

経営企画部長の福島志幸氏は、「そもそもLCCですから」と、最初から格安であることを強調する。ピーチの航空券料金は空席連動型で、需要の少ない便を選べば東京(成田)―沖縄(那覇)が片道4000円台。また、月2回のセールのタイミングを選べば片道2000円台の航空券もあって、6000円分で往復できてしまう。

「実は『旅くじ』の利用者の半数以上が新規のお客様です。今回初めてピーチをご利用になったお客様は、1000円の割引以上に、『LCCってこんなに安いのか』とそもそもの安さに驚かれる。『旅くじ』をきっかけにLCCの魅力に気づいてもらえれば、旅行需要をもっと喚起できると考えています」(福島氏)

職員が手作業でこしらえたカプセル。購入者は行き先を運試しで決められる。
写真=プレジデントオンライン編集部撮影
職員が手作業でこしらえたカプセル。購入者は行き先を運試しで決められる。 - 写真=プレジデントオンライン編集部撮影

つまり、緊急事態宣言の解除で激減した旅行需要が徐々に回復することを見越し、既存の利用者だけでなく、これまでLCCを利用してこなかったり、そもそも航空機を使った旅行をしてこなかった層を新たに取り込もうというのがピーチの狙いなのだ。

ちなみに「旅くじ」で付与されるピーチポイントは期間限定だ。引いた時期によって期限は異なるが、数カ月から最大半年に設定されている。オミクロン株の感染拡大が気になるところだが、すぐに出発しなくてもいいのはありがたい。

■座席を居心地よくする企画は「ピーチとは合わない」

航空版ミステリーツアーと言ってもいいユニークな企画が、なぜ生まれたのか。

背景にあるのは新型コロナウイルスだ。コロナ禍による移動自粛で航空業界は壊滅的な打撃を受けたが、それはピーチも同じだ。2021年3月期(単独)は、旅客数が前期比7割減の約208万人に。営業収入は前期比69%減の219億円、最終損益は295億円の赤字で過去最大となった。

この苦境を乗り越えるため、消費者にコロナ禍でも旅行を楽しんでもらうためのアイデアを社内で出し合った。このとき福島氏が強調したのは、LCCの要とも言える「運賃」を大前提にしたうえでの「企画の面白さ」だった。

「例えば、コロナ禍で180席ある機体が90席しか埋まらなかったとき、スペースを有効活用して居心地を良くする企画があったとしても、『それはピーチがやることじゃない』と私は考えます。我々はLCCですから、運賃の魅力は死守しなければならない。そのうえでピーチらしい新しさや面白さのある企画をやろうと話しました」(福島氏)

■社内の多くが非航空業界の出身

数々のアイデアの中で最初に形になったのは、2021年6月の「0泊弾丸旅」だ。宿泊しなければ人との接触が減り、感染リスクも抑えられる。そうしたニーズに応えて日帰り往復運賃に特別料金を適用した。もともと2012年から期間限定で販売していた人気企画だったが、コロナ禍で約8年ぶりに復活させた。6月の販売開始以降0泊弾丸運賃は約5000席が売れた。非常に好評で、現在、2022年1月の平日を対象にした第2弾が追加販売中だ。

その他、21年10月には、ワーケーションや地方との二拠点生活に便利な国内線定額乗り放題「ホーダイパス」を販売。150枚の限定だったが、即日完売した。それを受けて12月には新たに「九州ホーダイパス」も販売している。

安全な運航が至上命題である航空業界は、保守的な考え方が支配的になりがちだ。にもかかわらず、なぜピーチは社内から斬新な企画が次々と出てくるのか。

「運航に関わるオペレーション側は、我々も航空業界出身の人でほぼ占められています。しかし、マーケティングや営業など事業側は、むしろ他業界出身者が多数です。社内に多様な視点があることが、業界らしからぬ企画につながっているのかもしれません」(福島氏)

■最初は「1日1個売れたらいいと思っていた」

「旅くじ」の発案者である小笹氏も、前職は沖縄県石垣市役所勤務の公務員で、他業界の出身だ。実は「旅くじ」はそれ単独ではなく、大阪心斎橋のコワーキングスペース利用の副産物として生まれたアイデアだった。

「コロナ禍で、みなさんの気持ちの中から旅行が消えてしまいました。旅することをもう一度思い出してもらうために、21年8月に心斎橋PARCOのコワーキングスペースの一角を借りて、他業界やお客様と触れ合うスペースをつくりました。そこでは私たちがオフィスとして使う他、デジタルライブをやったりギャラリーを併設して、おでかけする気持ちをくすぐる活動をしています。開設に当たって、お客様と話すときにネタになるようなものが何かほしかった。それで考えたのが『旅くじ』でした」(小笹氏)

思いついたのはコワーキングスペース入居の1カ月前。社内からおもしろいミッションを募って、カプセルも既製品を組み合わせて突貫でつくった。カプセル詰め作業は全て社員の手作業だ。もともと小笹氏は大きな期待はかけておらず、「1日1個、年間300個売れれば十分」と考えていた。しかし、ふたを開けてみると、会話のネタになる以上のインパクトがあった。

「女満別と出たら、『女満別ってどこ?』『何をすればいいの?』と、カプセルを買った時点からわくわく感が増幅されていく。実際に旅に出なくても、もう旅が始まっているようなものです。それがウケて、こちらが思っている以上に売れました」

■SNS映えを意識する若者と旅の融合

東京・渋谷の商業施設内に設置されたピーチの「旅くじ」
東京・渋谷の商業施設内に設置されたピーチの「旅くじ」(写真=プレジデントオンライン編集部撮影)

「旅くじ」のターゲットは、20~30代の若い層だった。実際にいち早く反応したのも20代だったが、話題になった後はシニア層やZ世代にも広く利用されているという。カプセルを開けるまで行き先のわからないドキドキ感がヒットの最大の要因だが、企画の面白さの他にもヒットの条件は整っていた。

まず一つは、SNSとの親和性の高さだ。カプセルが入ったガチャガチャは、ピーチのコーポレートカラーであるピンクで塗装されて、ひときわ目立つ。小笹氏も、「色やカプセルの見え方など、カメラに撮りながらやりたくなることを意識してデザインした」という。

旅先でのミッションの様子も、SNSに多数投稿されている。北海道には河童伝説で有名な定山渓温泉がある。最寄りである新千歳空港行きのミッションの一つは、「きゅうり持参で河童とツーショット写真を撮ってきて」。これを引いた利用者は、機内にきゅうりを持ち込んだ様子や河童像の写真を投稿した。映えのネタを探していてる人には、格好の企画だった。

 

■「グループなのに行き先がバラバラ」という新しい旅行スタイル

もう一つ、旅行スタイルの変化にマッチしていたことも大きい。かつては旅といえば、観光や旅館でのくつろぎなど、何かしらの目的があって行くものだった。しかし、LCCの登場でコスト面のハードルが下がり、必ずしも特別な目的を必要としなくなった。

「旅には目的が必要とされていた時代なら、北海道の女満別は旅行先の候補にあがりにくかったでしょう。しかし、今は行き先での目的より、旅にいく手段やプロセス自体を楽しむ人が増えてきた。旅ができればいいので、女満別も『5000円台で行けるなら』と候補に入ってくる。行き先を問わず旅そのものを楽しむスタイルに、『旅くじ』はぴったりだった」(福島氏)

旅行は何かの目的を果たすための手段ではなく、旅に出ること自体が目的に――。このトレンドを象徴するような「旅くじ」の使い方もあった。

「グループでくじを一人ひとり引いて、別々の場所に行き、夜にネットでつないで報告し合うという若いお客様がいました。これから卒業旅行のシーズン。そのような利用法はもっと広がるかもしれません」(小笹氏)

グループ旅行は、みんなで同じ体験を共有することに醍醐味があったはずだ。しかし、もはやみんなで同じ思い出をつくることすら必須の目的ではなくなった。こうしたスタイルをグループ旅行と呼んでいいのか微妙なところだが、これまでにない旅の楽しみ方が生まれて、その動きを「旅くじ」が後押ししていることは確かだろう。

■「プロセスを楽しむ」旅の新トレンドを広められるか

21年10月に緊急事態宣言が全面解除となり、旅行は正常化に向かいつつある。航空業界では搭乗率60~70%が損益分岐の目安になるが、ピーチは10月以降、搭乗率は70%台に回復。年末年始も83.9%と高水準だ。直近ではオミクロン株が懸念材料だが、中長期的には元に戻りつつある。旅のきっかけを提供してくれた「旅くじ」は、今後どうなるのか。

「当初は期間限定のつもりでした。というか、期間をどうするかを議論していなかったくらいに期待していなかったんです。しかし、これだけ反響をいただいたので、少なくとも大阪心斎橋については常設でやります。実は今、さまざまな企業からコラボのお誘いをいただいています。具体的にはまだ明かせませんが、ある分野に特化したバージョンを出すことも検討しています」(小笹氏)

「国内線は、連日数万人規模で感染者が出ていた頃と比べると減便本数は減りましたが、国際線の再開はこれからです。再開したら、インバウンドのお客様に『旅くじ』を販売してもおもしろい。ピーチはコロナ禍でも道東や九州、石垣など路線を増やしました。リピーターのお客様に東京や大阪以外のところにいくきっかけを提供して、日本の魅力を知っていただければなと」(福島氏)

ユニークさで話題になった「旅くじ」だが、ピーチは一時的なブームで終わらせるつもりはなく、定番化を狙っている。行き先にこだわらずに旅のプロセスを楽しむ近年のトレンドを踏まえると、定着する可能性は十分にありそうだ。

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村上 敬(むらかみ・けい)
ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。

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(ジャーナリスト 村上 敬)

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