「無差別襲撃が相次ぐのはメディアの責任である」犯人にわざわざ手口を教えるマスコミの罪
プレジデントオンライン / 2022年1月28日 19時15分
■「日本で最も有名な17歳」にメディアが大騒ぎ
東大前の路上で17歳の少年が、受験生の高校生ら3人を次々と刺した事件を受けて、「少年A」の人となりに迫るような報道が相次いだ。
東大刺傷事件 逮捕の17歳少年が「勉強」と題しつづった卒業文集と意外な家庭環境(日刊ゲンダイ 1月18日)
東大志望、揺れた進路 受験生刺傷の高2、医学部から文系転向を相談(中日新聞 1月20日)
東大前刺傷事件 勉強の場に自らを置き続けた逮捕少年と「同級生の死」(NEWSポストセブン 1月20日)
これを受け、瞬間風速的ではあるが、少年Aは「日本で最も有名な17歳」になった。もちろん、少年法があるので顔や名前は知られていないが、普段はどんな生徒で、どんな考えを周囲に語っていたのか事細かに紹介され、その人物像が国民の頭に刷り込まれたからだ。
■犯人を有名人にする報道が「模倣犯」を生む
さらに、ワイドショーでは専門家やらコメンテーターの皆さんが、どんなことに悩み、コロナ禍のなかで孤独を感じていたのではないか、などと好き勝手な憶測をしたことが知名度をさらに上げている。メディアの議論に触発された人々の間で「俺の考える少年A」が語られているのだ。皆さんも家庭、職場、そして友人との間で、こんな会話をした覚えはないか。
「東大以外でも医者になれるだろ。勉強できるのに、そういうところが頭が悪いよなあ」
「ニュースでやってたけど、教師に文系転向を相談したって話じゃん。医師にならなきゃって何かに追いつめられてたんじゃない?」
もはや「祭り」と言っていいほどの過熱ぶりだが、実はこのような状況はかなりまずい。メディアは煽った側なので、言いづらい部分があるが、無差別テロや大量殺傷事件が発生した場合、今回の事件のように、実犯人の素顔や思考を事細かに報じて「有名人」にしてしまうと、「模倣犯」を次々と生むことがわかってきているのだ。
そのため海外では、この手の事件が起きた際、「事件を報じても、犯人を有名にしない」という呼びかけも起きている。しかし、日本のメディアは逆張りだと言わんばかりに、京王線刺傷事件、大阪ビル放火事件、そして今回の事件まで一貫として「凶悪犯の素顔と人となりを全国のお茶の間にお届け」というスタンスを継続している。見方によっては、日本のメディアは、続発している無差別襲撃事件の「幇助」をしているようなものだ。
■連続殺人犯がスター扱いされやすいアメリカ
という話をすると、決まってメディアは「われわれには国民の知る権利に応える義務がある」とか、「どんな少年か、事件の背景に何があるのか、ということを明らかにすることで同様の事件を防げる」なんて反論をするが、もはやそういう建前的な話では済まされないほど事態は深刻になっている。
それはアメリカを見ればよくわかる。
ご存じの方も多いだろうが、アメリカでこの手の事件が起きた際、報道は日本と桁違いに「自由」を謳歌する。犯人が少年であっても顔写真はバンバン流されるし、自宅前で生中継をして家族や友人も平気で追いかけ回すので、どんな人柄かなども詳しく報じられる。裁判にもカメラが入るくらいなので、犯人自身の姿もバンバン露出する。被告や受刑者になっても、テレビのインタビューに応じたりもする。
つまり、日本と比べてはるかに、無差別大量殺人の犯人が「有名人」になりやすい環境なのだ。実際、テッド・バンディ、リチャード・ラミレスなど全米を震撼(しんかん)させた連続殺人犯は、逮捕されてからメディアの過熱報道によってスターのような扱いになってしまい、刑務所に多くのファンレターが寄せられた。
■アメリカで運乱射事件が年々増えているワケ
さて、そんな「犯人が有名になりがちな国」で近年、右肩上がりで増えているのが銃乱射事件である。19年は全米で417件、20年には611件と急増しており当時は「トランプがヘイトを煽って社会の分断を招いたからだ」とかなんだと言われていたが、バイデン政権になっても状況はさらに悪化して、昨年は693件にまで増えている。
では、なぜ銃乱射事件は増えているのか。「米社会は格差や人種差別が深刻だから」「やっぱりコロナで孤立している人が多いのでは」など、日本の無差別襲撃事件などのように、その原因を「社会」に結びつける人も多いが、専門家たちは「犯人が有名になる」という現象が「連鎖」を招いていると指摘している。
■銃乱射犯の87%が「有名になりたい」「注目されたい」
21年4月17日、米メディア・INSIDERで、ヴァンダービルト大学のCenter for Medicine, Health, and Societyのダイレクター、ジョナサン・M・メツェル博士は「注目を浴びる銃乱射事件があると、強い模倣現象が起こることが歴史的に分かっています」として、こう述べている。
「ニュースで1つの事件が報じられると、たくさんの模倣事件が誘発される傾向があるので、人々は波及効果を感じます。1つの事件がもう1つの事件を引き起こし、またそれが次の事件を引き起こすのです」(ビジネスインサイダー 21年4月21日)
銃乱射事件が発生してメディアが犯人の素顔を深堀りして、テッド・バンディやリチャード・ラミレスのように「有名人」になってしまうことで、そこに影響を受けた人々、触発された人々が模倣犯になっているというのだ。
実際、米LAタイムズ紙によれば、銃乱射事件の犯人の87%が「有名になりたい」「注目されたい」という欲求を持っているという研究結果がある。また、多くの犯人が、過去の銃乱射事件の犯人を「ロールモデル」や「憧れの存在」と見ていたことがわかったというデータもあるという。
■過去の事件に刺激され、学習していく犯人たち
実はこれは日本にもそのまま当てはまる。アメリカの銃乱射事件にあたる、市街地や小学校などで刃物を振り回す無差別襲撃事件の犯人のほとんどは、過去の無差別襲撃事件の犯人を「ロールモデル」に見ている。
例えば、1999年9月に池袋で死者2名、負傷者6名の通り魔事件が起きた。その約3週間後、下関駅の構内に自動車に突っ込んで、利用者を次々と跳ねた後、刃物で切りつけて死者5人、負傷者10人が出た通り魔事件が起きた。犯人は公判の中で池袋の事件を意識したことを認めて、このように述べた。
「池袋の事件のようにナイフを使ったのでは大量に殺せないので車を使った」
池袋の事件後、メディアは連日のようにこの事件を報じた。筆者も当時は新米記者だったのでよく覚えているが、今とは比べ物にならないほど報道は過熱しており、犯人の素顔、人柄、周囲にどのようなことを語っていたかということを競い合うように大きく報じていた。それに下関の事件の犯人はインスパイアされ、学習して、犯行に及んでいたのである。
そんな「池袋事件の模倣犯」が大きく報道されて有名人にまつり上げられれば、新たな模倣犯を呼ぶのは明らかだ。2001年6月に大阪教育大学附属池田小学校に侵入して児童や教師を次々と刃物で刺し、死者8名、負傷者15名を出した犯人だ。実際にこの男は公判で、下関の事件の模倣犯になりたかったと述べている。
■「模倣犯」がほしい情報をテレビが垂れ流し
このように例は他にも枚挙にいとまがない。例えば、昨年から続く小田急線刺傷事件、京王線刺傷事件、大阪ビル火災なども同様だ。メディアが事件を大きく取り上げて、スタジオのコメンテーターたちが「なぜ模倣の連鎖が続くのでしょう?」と議論して大騒ぎをすればするほど、前の犯行をコピペしたような模倣犯が次々と生まれている。
冷静に考えれば、当然だ。現場に大挙して押し寄せて、中継をしながらどういうふうに凶行が繰り広げられたかを事細かにリポートするなど、「模倣犯」にとっては喉から手が出るほどほしい情報を朝から晩まで垂れ流している。
おまけに、犯人の顔写真を繰り返し放映して、スタジオでは立派な肩書の専門家やタレントが、「社会への不満が爆発したのではないでしょうか」とか「コロナ禍で孤立が深まっていて、このような人が増えているのでは」なんて感じで“悲劇の主人公”のように持ち上げている。
「なるほどね、オレもああやれば、こんなに世間は注目して大騒ぎになるのか。よし、どうせ死ぬんだから思いっきり目立ってやるか」
そのように勘違いをして、米銃乱射件事件の犯人や、通り魔事件を起こした人間のように、同じアクションに走るというのは容易に想像できよう。実際、大阪ビル放火事件の死亡した容疑者は、犯行前にスマホで「史上最悪の事件」を検索していたという。
■アメリカでは「悪名を広めるな」という団体が発足
筆者も凄惨(せいさん)な事件を起こした犯人や、複数の人を殺めた犯人などに実際に会って話を聞いた経験があるが、彼らの多くは、過剰なほど自己顕示欲がある印象だ。「いつ死んでもいい」などと自暴自棄的なことを言う一方で、自分の人間性や、犯行の手口などを間違って報道されたりすると常軌を逸した怒り方をする。
矛盾をしているが、自己破滅的な事件を起こしておきながら、自分が世の中からどう見られるかということを異常なまでに気にするのだ。
2012年7月20日、アメリカで起きたオーロラ銃乱射事件の遺族は、報道が模倣犯側に及ぼす悪影響を防ぐため、「No Notoriety(悪名を広めるな)」という団体を発足している。その名の通り、事件を起こした人間にフォーカスせず、有名人にしない事件報道をメディアに求めている。
日本のメディアでは、これまで「報道の自由」の名の下に、事件を起こした人間が望むままに持ち上げて、「有名人」に仕立て上げてしまっていた。それが社会と、「模倣犯」にどんな悪影響を及ぼすのかをそろそろ真剣に考えなくてはいけないのではないか。
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ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)
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